いてくれるだけで、エネルギーはもらえる
ここ数日は仕事がとても忙しかった。
睡眠時間も短め。
ようやく昨日落ち着いたのだけど、
その昨日はヘトヘトで晩ご飯どうするか悩んだ。
ここ数日、外食続き。
外食で済ませてしまいたい、、。
夫は自炊を喜ぶけど、
共働きなのでしんどいときは外食でも出来合いでも快諾してくれる。
でも、わたしの家の近所はファミリーレストランか、マクドナルド、スーパーくらいしかないところ。別にファミレスでもスーパーの総菜でもいいけど、そそられなかった。
なんでしょうね、この、普段特段丁寧な暮らしとかしてないのに、
ヘトヘトに疲れ切った時こそ、あったかくて、味付けがそんなに濃すぎないもので、添加物をあまり気にしない食事を欲する感じ。
元気なときは、出来合いだろうが、添加物もりもりだろうが、そんなに気にせず食べるんですが。
あと、この日は夫も夜遅かったので、
わたしが今日作らなければ彼もカップ麺とかで済ませるだろうな~というのもあった。
そして、よっしゃ簡単なものつくるか!ということで、タサン志麻さんレシピのタコライスのワンプレートをつくることに。
材料も少ないし、まあいい感じにできたんですが
いざ、一人で食べようと思うと、だんだん食べるのが疲れてきた。
そう、もはや仕事を一生懸命やってたのに、さらに自炊したもんだから、残された体力がものすごく減ってた。エネルギーが欲しくて食べてるのに、その食べるという動作をおこすエネルギーがない。
あーひとり暮らしの時結構こんな感じだったよな~と思った。
一生懸命働いて、家帰って夜ご飯を食べるときの、もう体力戻ってない感じ。
この感じ久しぶり久しぶり~!
なんて思って、よし、残りはラップして明日の朝たべよ…と考えていると、夫が帰ってきた。
わたしと反して元気な夫は「ごはん〜!!」と言いながらるんるんで手を洗い、
冷蔵庫を開け、
「タコライス!」と喜びながらテーブルに持ってきた。
そして、残ったタコライスを眺める私に
「なんで残してるの?」と聞いてくるもんだから
「食べる体力が残ってねぇんだよ」という地獄のような一言をわたしは発したのだが
夫は気にせず
わしゃわしゃとタコライスを食べながら
わたしと最近みてるネットフリックスのドラマを設定し始めた。
ドラマをみながら、
今日あった話しもそこそこに、
タコライスをわしゃわしゃ食べる人と、その隣にいるわたし。
なんだか、その空間に人が一人増えたことだけで、その空間にエネルギーが満ちあふれた気がした。
体力をうしなってタコライスを残していたわたしだが、
その圧倒的にまだエネルギーが残ってわしゃわしゃ食べる人を見ていると
「なんか食べれるかも」
と思いはじめ、事実、その後夫と喋りながら残りのタコライスをたいらげた。
いや~~~ひとりの人間のエネルギーたるや…!
この日ほど、空間に存在する人というエネルギーを感じたことはないかもしれない。
わたしはタコライスという物的エネルギーと、夫という人間からエネルギーをもらい、
結局風呂掃除をして身支度をし、眠りについた。
人ってほんと、エネルギーあるんだなあ。
そして、別に言葉をかけてもらうとかの行動だけじゃなく、
人が存在しているだけで、エネルギーをもらえることってあるよなと思ったのでした。
わたしは推しはいないけど、推しがいるってのもそういうことなのかも。
わたしがこの日、ただただ生活しているだけの夫からエネルギーをもらったように
わたしも夫が疲れ切っている時は、
1人の人間として存在することでエネルギーをあげられたらなぁと思う。
そして、そのためにも今日はしっかり食べて、しっかり寝よう。
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