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あなたに首ったけ顛末記<その1・はじめまして、首フェチの生き霊です>【小説】

ご来店ありがとうございます! コチラの小説は『異能もの現代ファンタジーラブコメ』でございます。女子向けライトノベル、かと。

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あなたに首ったけ顛末記<その1>

◇◇はじめまして、首フェチの生き霊です◇◇

(5200字)

 彼の首に、触れたかった。

 ネクタイがほどよく締まったワイシャツのカラーの上の、彼の肌が見える部分。のどぼとけ。あごや耳へつながるライン。うなじの、髪の生え際のところ。

 電車で毎朝出会う彼。少し離れた場所から彼の姿をこっそり見るのが、喪女な私のささやかな楽しみだった。理想の体型。マスクで隠れていない目と眉の造作、髪の質感、ヨシ。あとでスケッチに起こすため、彼の姿を目に焼き付ける。私に背を向けているときも……くそー、なんだあの、けしからん背中の曲線は! と、つい文句を言ってしまいそうになるくらい、結局全方向に抜かりがない。

 そんな日々を過ごす私にある日、突然のご褒美が与えられた。彼が、いつものドアじゃなく、私がいるほうのドアに乗ってきたのだ。

 彼はいつもドアの脇に立ったままで、座席には座らない。同じドアの反対側の脇にいた私と彼の、かつてない距離の近さ。自分の長くて重たい黒髪で上手く視線を隠しながら、ここぞとばかりに、脳内シャッターをいろんな個所にフォーカスしてバシャバシャと切っていたのだけど。

 とりわけ、彼のその首筋に。
 私は意識を奪われてしまった。

 その後、大半は遠目に鑑賞することが多かったけれど、ご褒美、近距離鑑賞の機会もたまに訪れて。
 その鑑賞の時間を持つためだけに、出勤には少し早い時間の電車に乗る。あの首を、体を見るために、毎日頑張って起きた。それほどに私は、彼の美しい首に魅せられていたのだ。

 そして……ちょっと触ってみたいかも、と思ってしまうほどに。


 そんな私がいま、その彼の首に手を伸ばしている。マスクをしていない、ラフな格好をした彼。彼はベッドで眠っているようで……私の浅はかな夢よ、どうせならスーツ姿でお願いしたかった。でもいいです、それでは、いただきます……!

 と、伸ばした両手を、なにかにパチンと弾かれた。
 彼の首に手が、どうしても届かない。

「触るな」

 感情を含まない低い声が、私に静かに命令した。
 彼はうっすらと目を開けて、顔をまっすぐこちらに向けていた。目が合って、彼が私をにらんでいるとわかる。

「触るんじゃねぇ。この場から去れ。本来の体へ帰れ。さあ!」

 そこで、私は目が覚めた。

 くうう、やっぱり夢だ、食べようとするところで目が覚める、お決まりのパターン!
 チェッ、とふて寝の二度寝をして、寝過ごした。慌てて仕度を済ませ、いつもの電車に間に合うように、走った。


◇◇◇

「で、またおまえか」

 私はまた、同じ夢を見ているようなのだけど……セリフが違うし、よく見ると、彼の着ているTシャツも前と違う。
 ベッドにいる彼に伸ばした手はパチンと弾かれ、やっぱり届かなかった。

「なんか、バリアみたい」
「結界、ともいう。だから、無駄だ。おまえは俺に触れることはできない」

 結界とは、すごい単語が夢に出てきたもんだ。
 ぽかんとしていると、彼が言った。

「おまえ、自分が生き霊になってる、って……まあ、気付けねぇか。大体、なんで見ず知らずの俺のところに来るんだ。……いや、知り合いか? だとしたらタチわりぃし、面倒くせぇし、どうするか……」

 ぶつぶつ言いながらも、彼は私から視線をそらさなかった。
 ……え、いきりょう、って?

「いきりょう、って、生き霊? だってこれ、私の夢だよね?」
「夢じゃない、現実。幽体離脱、のほうがわかりやすいか? 慣れてない奴がやると、戻れなくなるぞ?」
「戻れない?」
「死ぬってこと。おまえ、名前、言えるか?」
「はい……? ミサキ、トオコ、です。あ、名字がミサキで名前がトオコです」
「年齢」
「26……歳、かな」
「俺とタメか。職業は」
「えっと……絵を描くのが好きなんですが……あれ?」
「住所」
「住所? えっとえっと、上京……してきて、学校、は卒業して……引っ越した、ような?」

 彼は、大きくため息をついた。

「記憶があやふやになってるな。戻れ、と命令しても、無理か。……ああ、やっぱり。コードが、細くなってる」
「?」
「これ、おまえから伸びてる、このヒモみたいなの。これが切れそう」

 彼は体を起こして、言った。

「つまり。これが切れる前に体に戻らないと、おまえは死ぬんだ」


 彼はさっと身支度を整えて、車のキーを手に部屋を出た。車内時計の表示は22時。私は、なぜか彼のかたわらに、バルーンのようにふわふわと浮かんでいる。ヒモをたどって、私の体を探してくれる、と言う彼に私は、毎朝電車で彼の姿を鑑賞していたことを、打ち明けざるをえなかった。……記憶が混乱している割に、そこはしっかり覚えていた自分が恨めしい。

「へぇ、それはまた……油断してたな。電車は、死んでるほうのヤツは、かなり気をつけてたんだが。じゃあ、この沿線ってことか。思ったより近くてよかったな。間に合うかもしれない」 
「あの、鑑賞とか、その。引いたり、しないんですか?」
「めちゃくちゃ引いてるわ! けど、目の前で死なれたら寝覚めわりぃし、死んで憑りつかれんのも勘弁だし、それどころじゃねぇ」

 私から伸びているキラキラしたヒモ、コードをたどって、どうにか私の部屋に着いた。なんと部屋のカギが掛かっておらず、彼がドアを開けるとそこには、カギを片手にうつ伏せになって倒れている、私の姿があった。
 ……そう、定時にプラス1時間くらいで上がれたんだけど、もうぐったりしてて、とにかく癒されたくて……なんだっけ、記憶が曖昧だ。

「おい、起きろ!」

 彼は、私の体を揺さぶった。仰向けにし、呼吸と心臓の音を確かめ、それから浮かんでいる私のほうを見た。

「生きてはいるけど、起きねぇってのはマズいな」

 私は戻ろうとして、自分の体に突っ込んでいった。だけど、何度やってもすり抜けてしまう。マンガみたい、と思ったけれど、私と私をつなぐコードがさっきより細くなっているのを見て、私は焦り出す。

「ど、どうしたら」
「そうだな。……なんかエロいこと、考えろ」
「エロ……って、この状況で?!」
「生きることへの執念は、エロで増幅される。そう教わったし、俺の経験からもまあまあ確実だ。それにいまは、ほかの方法を試す余裕なんかねぇだろ」

 そう言って彼は、私のブラウスのボタンを、ひとつひとつ外しはじめた。

「っ、ちょっ、なにを、」
「あー、めちゃくちゃやりたくないけど、協力してやる。おまえ、俺のこと好きなんだろ? なにしてほしい?」
「す、好きじゃない! 私は、カラダが! あなたのカラダの、カタチが好きなだけで!」
「…………は?」
「絵を描いてて、モデルにしてたから! スーツ姿が良くて!」

 彼は自身の格好を見た。ジーンズを穿いて、上は寝ていたときのTシャツのまま。

「着替えに戻る時間、ねぇぞ」
「いえっそのままでも、じゅうぶん、ごちそうさまです。はっ、いえあの、」
「よし、じゃあ脱げばいいんだな、脱げば」

 諦めたように投げやりに言った彼が、その場でがばっとTシャツを脱いだ。

「っ、わああああっ」
「ふざけんな、俺が叫びたいわ!」
「脱がなくて、いいです! 私はあなたの首がっ、首筋が好きなんですうううっ!」

 ピタリ、と彼が動きを止めた。

「……首?」

 視覚から入る刺激が強すぎて、彼から目をそらしたまま、でもチラ見を何回かしながら。
 私は、もう引っ込められなくなった自分の性癖を、もう一度繰り返した。

「あなたの、首が。首に触りたいって、思っちゃったんです」
「首、フェチ? そういうこと、か?」
「わ、わかりません! ほかの人のは、あまり興味がないので!」

 彼は、脱いだTシャツを着直した。それから私の手、仰向けに横たわっている、実体のほうの手を取った。

 チラリと生き霊の私を見、それから実体の私の左手を、ゆっくりと……彼の首筋に、導いていく。

「……、……っ!」

 私は、そこから目が離せない。私の右手も持ち上げた彼は、それぞれの指先を、つんつん、と自分の首に押し付ける。

「これで、いいか?」
「っ、ちっがーう! もっと、こう、首筋に逆らわず撫でたいんですっ。あとエラとの境と、うなじもお願いします!」

 その絶叫は、私の実体から発せられて、私の耳に届いた。「もっと、こう」のところで彼の首を、前もうなじも両手でしつこく撫でまわしながら……。

 私は彼の目を、おそるおそる見上げた。

「よう、ヘンタイ。戻れて、よかったな」

 私の腕の長さの距離にいる、私のせいでマスクが外れてしまった彼が、ニヤリと笑った。


◇◇◇

 それぞれの勤める会社のオフィスが、同じ駅の、同じ大きなビルの中にあることがわかり。そのビルの共同社員食堂で私たちは、改めて話をすることになった。

 その社食はお互いのオフィスから遠く、人目をあまり気にしなくてよかった。私と一緒にいるところなんて、見られたくなんかないだろうし……という喪女なりの気遣いだったのだけど、彼は「べつに、どうでもいい。ただの生存確認だし」と言った。

 彼は私の名刺を受け取って見、すぐにスーツの内ポケットにしまうと、はあっ、と大きなため息をついた。向かい合って座る彼の、くっきりとした眉と眉の間に、深いシワが刻まれている。
 私は内心泣きながら、視線をテーブル上の、彼から頂戴した名刺に落とした。水野春臣。アルファベットの表記で、読み方も確認する。みずの、はるおみ、さん。

 私が黙ったまま固まっていると、「それで?」と彼の声がして、私は顔を上げた。

「……あれから体、体調は問題ねぇのか」
「っ、はい、なんともないです。……えーとあの、その節は大変ご迷惑をおかけして、」
「ちゃんと部屋、掃除してるか?」
「しました! クサいとか汚いとかさんざん言われたので、あのあとすぐに!」
「生き霊のおまえなんかよりよっぽど、あの部屋の汚さのほうがホラーだったからな」

 人ってのは話してみないとわからないもので、いつもスマートに見せていた彼は、かなり毒舌だった。そんな妄想、いや想像などしてなかった私は、いたたまれなくなってまたうつむき、でもちらりと彼をうかがうと、目力強くにらみつけてくる彼と、ばっちり目が合う。

「俺の首、見てただろ。ヘンタイ」
「っ、違っ……って、いませんすいません」

 性癖という弱みを握られている私は、もうすっかり嘘がつけない。一周回って逆に緊張がほぐれてきた私は思い切って、生き霊の私が彼に近づけなかったあのときのことを、彼に質問した。
 
 彼は、生き霊の私がバリア、じゃなくて結界で弾かれたのは、彼がいつも身に着けている護符のおかげなのだと教えてくれた。霊感体質の彼はほかにも、死霊や生き霊を呼び寄せがちになるいんの気、というものを溜めないように、体を鍛えたりもしているのだそうで。

「チッ。まさか、鍛えたおかげで、生き霊を呼び寄せるなんてな」

 舌打ちからの嫌味という、流れるような往復ビンタ的セリフのあと。「まぁ、なにも問題ねぇなら、それでよかった」と、そこだけやわらかい声音で、彼は言った。

「じゃあ、これで。おまえ、もう俺に関わってくるんじゃねぇぞ」
「え、あの、お礼とかその、」
「いらねぇ、そんなの」


 その後、彼は。電車の時間も乗る場所も、変えることはなかった。私の、いつもの朝の風景。そして私も、彼の見る車内の風景のひとつに戻った。

 だけど、一度でも触れてしまうと、人間と言うのは欲が出てしまうもので。
 ……私はふたたび、バルーンのようにふわふわ浮かぶ生き霊となって、彼の部屋のベッドで、彼の首に向かって両手を伸ばしていた。

 無意識で幽体離脱したくせに、今度は記憶の混乱もなく、現状把握もしっかりしていて、でも自力で体に戻れない……つまり、前回と同じ方法を取るしかない。
 生き霊の私を伴って、彼はまた私のアパートへ来たのだけれど、今度はカギが開いているという幸運がなく、そのときウチのベランダの窓を割る羽目になった彼は、事情聴取で自分のことを、私の『友人』だと説明した。

 そして私の『友人』になった彼は、なんだかんだで私と定期的にランチを一緒にすることになり、保険で私の部屋の合鍵を持つことになってしまい……。

「めちゃくちゃ不本意だが、たまに鑑賞とやらをさせてやれば、生き霊にならねぇだろ……いや、俺の尊厳とは? っ、おい、御崎十緒子ミサキトオコ! そういやまた部屋が汚かったぞ! あと俺と食事するなら、もうちょっとマシな格好して……え、それでメイクしてるだと? ふざけてんのか?」


 これが。私と彼の、運命的な? 出会いの顛末。
 そしてこの顛末は、すべてのはじまりとなってしまったわけで。

 首フェチで生き霊になりがちな喪女、御崎十緒子と。
 ナイスバディで霊感体質な青年、水野春臣。

 それからふたりはよき友人として、それぞれ幸せにくらしましたとさ、めでたしめでたし。

 ……の、その先があるなんてことを。
 このときの私は、想像も、もちろん妄想すら、してなんかいなかったのだ。



つづく →<その2>はこちら

あなたに首ったけ顛末記<その1>
はじめまして、首フェチの生き霊です・了

(この物語は作者の妄想によるフィクションです。登場する人物・団体・名称・事象等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。)


【2022.9.9.】up.(短編小説として)
【2022.10.23.】加筆・レイアウト変更、続きをup
【2022.11.11.】サブタイトル追加
【2023.07.01.】600字加筆、セリフ等修正
【2023.08.24.】微修正
【2023.12.06.】修正


あなたに首ったけ顛末記☆各話リンク

<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です

【生き霊ストーカー・編】
<その2> 鑑賞は生に限るが生き霊はイタダけない
<その3> 水野春臣の懊悩と金曜日が終わらない件
<その4> 御崎十緒子のゴカイ☆フェスティバル
<その5> 手は口ほどに物を言うし言われたがってる
<その6> 日曜日には現実のいくつかを夢オチにしたっていい

【ヘビたちの帰還・編】
<その7> 吾唯足知:われはただ「足りない」ばかり知っている
<その8> 天国には酒も二度寝もないらしい
<その9> どうしようもないわたしたちが落ちながら歩いている
<その10>「逃げちゃダメだ」と云わないで
<その11> アテ馬は意外と馬に蹴られない
<その12> ”〇〇”はゴールではない、人生は続く
<その13> イインダヨ? これでいいのだ!

【御崎十緒子の脱皮・編】
<その14> 耳目は貪欲に見聞し勝手に塞ぎこむ
<その15> 人生と誕生日は楽しんだもん勝ち
<その16> 隠者のランプは己を照らす
<その17> 闇で目を凝らすから星は輝く
<その18> トラブルには頭から突っ込まないほうがいい
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【前編】
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【後編】

【(タイトル未定)・編】
<その20> 招かれざる客は丁重にもてなせ


マガジン・小説『あなたに首ったけ顛末記』 
 ↑ 第一話から順番に並んでます。
#あなたに首ったけ顛末記
 
↑ ”新着”タブで最新話順になります。

マガジン・小説『闇呼ぶ声のするほうへ』(スピンオフ・完結)
 
↑ <その14>のあとに書いたのでその辺でお読みいただくと楽しいかも? 


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