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あなたに首ったけ顛末記<その13・イインダヨ? これでいいのだ!>【小説】

ご来店ありがとうございます。コチラは『異能もの現代ファンタジーラブコメ』女子向けライトノベルなお話の<その13>です。お口に合いそうでしたら、ひと口だけでもいかがでしょうか?

最初のお話:
<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です
前回のお話:
<その12> ”〇〇”はゴールではない、人生は続く

マガジン・小説『あなたに首ったけ顛末記』
 :第一話から順に並んでます。
#あなたに首ったけ顛末記
 :”新着”タブで最新話順になります。
・全記事へのリンクが、この記事の最後にもあります。


なんと、13本めです。
ご来店、誠にありがとうございます!
少しでもお口に合うところがあればいいなと願いつつ。

それでは、ごゆっくりどうぞ~。



あなたに首ったけ顛末記<その13>

◇◇ イインダヨ? これでいいのだ! ◇◇

(15800字)

御崎十緒子みさきとおこ:絵を描くのが好き、幽体離脱で生き霊になりがちな、首フェチ26歳会社員女子。黒髪ロングふっくら頬の和顔。八匹の実体のないヘビを”従者”にしている。
水野春臣みずのはるおみ:十緒子にナイスバディと認められた体の持ち主、顔立ち濃い目、口が悪く霊感体質の26歳会社員男子。十緒子と付き合っている。

【十緒子のヘビたち:八匹】
人語を話す手のひらサイズの実体のないヘビたち。十緒子の”従者”で様々な能力を持っているらしい。それぞれの色に合わせて十緒子によって名付けられている。
白(しーちゃん)/紫(むーちゃん)/青(あおちゃん)/赤(べにちゃん)/灰(はーちゃん)/茶(ちゃーちゃん)/桃(もーちゃん)/緑(みーちゃん
【華緒子のヘビ:金色】
名前はハナ。十緒子のヘビたちと同じものらしい。

とみ:十緒子の相談相手?

<1>ある巫女の昔話・とをまりみっつの蛇

(4100字)

 昔々、あるところに。
 人と人との争い事から遠く離れた、穏やかな地があった。

 山々に囲まれた起伏の多いその地は、田畑のため開墾するには難儀な土地ではあったが、山と森の恵みが、その集落に住む者たちの暮らしを緩やかなものにしていた。

 その地でひと際高く美しい山、その中腹には、こぢんまりとした鳥居と社があって、それらがいつ誰に建立されたのかはわからない。その社の奥にあるという泉に、この土地を守る蛇神が棲んでいる、集落の者たちはそう信じていた。

 それというのも、いつの頃からかその集落には、代々『神巳かみの巫女』と呼ばれる女がいたからだ。

 巫女はその幼少時、突然その能力を発現する。

 ある日幼い少女が「もうすぐ、おおきなあらしがくる。おやまにいる子を、はやくつれかえれ」「そのけものは、けがされている。たべてはいけない」「あのおくに、まだかれていない、かくれたみずばがある」などと、大人たちの手を引く。そうして少女が集落の者たちに喚起するとき、その傍らにはかならず、小さな蛇がいた。
 少女の告げる様々な事柄はすべて、やがて現実となる。どうしてそんなことがわかるのか尋ねると「へびさまが、おしえてくれた」と彼女は言う。

 巫女は、その代にひとりずつしか現れなかった。
 前代の巫女が死んでしばらくすると、また蛇と心を通わせる少女が現れる。

 そうして集落の者たちは、蛇神の棲む山と泉、森を守り、巫女から降ろされる蛇神の予言・金言を拠り所に、平和に暮らしていたのだ。

 だが、そんな土地にもついに、争いの火の粉が届くようになる。

 集落の者たちであしらえるような、盗賊の類であればよかった。
 それは、そんな小物とは比べ物にならない、己をも含むすべての人々の、昨日と今日、明日を否定する狂気。
 人が人を焼く、その暴虐を前に、ただ日々を助け合いながら暮らしていた人々には、為す術がなかった。

 当代の巫女はすでに成人し、夫との間に3人の子を成していた。
 せめて子だけでも守りたかった彼女は、蛇神に懇願した。

「蛇様どうぞ、お智恵を、お力をお授けください。わたくしに出来ることならなんでもいたします。あなたの民が、我が子が。生き延びる道はもう、どこにもないのでしょうか」

 すると蛇神が言った。

『人の世の理に、この手が干渉することはない。だが愛し愛された民のため、汝のため。汝を祝福することは出来ようぞ』

 そうして、巫女は蛇神の祝福を受け入れた。

 それにより、生き残った集落の民全員が難を逃れ、彼らは散り散りに別の土地へ移り住み、ある者は争い事が鎮火してしばらくして、その蛇神の土地へ戻った。

 だがその地に、もう巫女が現れることはなく、そこも他の土地と同じように、人の治める一部となった。

+++

 最後の巫女、彼女が受けた蛇神の祝福。

 てっぺん山の奥の奥、神巳かみの社の奥の奥。
 そこだけぽっかりと樹々が、泉を囲むようにして柔らかな下草の繁茂するを許す場所。

 その草地に、白装束を纏いひとり横たわった彼女はやがて、不思議と美しい音を耳にする。
 奏でられるものか誰ぞの歌か、彼女にはわからない。
 その短い生を通して聴き覚えのない、華やかで楽しく、切なくて恐ろしい心地のする旋律が、彼女の耳から入って全身を浸す。

 人の身が、神の祝福を受ける顛末。
 これから、己が身に起こることを。
 彼女は教わることなく、解していた。

 蛇神の言挙げがはじまり、巫女はそれに、ただまっすぐに応える。


『一つ。祝福を受けし巫女に、脊椎は不要である』
「それでは、蛇様に捧げます」

 彼女から脊椎が消え、横たわる彼女は二度と立ち上がることはなかった。
 泉が、赤い光を放つ。
 流れる旋律の音色が変化し、いちばん低い音がひとつ消えた。


『二つ。祝福を受けし巫女に、手足は不要である』
「それでは、蛇様に捧げます」

 彼女から二本の腕と二本の足が消え、彼女は地を這う者の姿となった。
 泉が、茶色の光を放つ。
 流れる旋律の音色が変化し、次に低い音がまたひとつ消えた。


『三つ。祝福を受けし巫女に、はらは不要である』
「それでは、蛇様に捧げます」

 彼女から腰ごと胎が消え、彼女は創るみなもとを失った。
 泉が、橙の光を放つ。
 音がまたひとつ消えたが、旋律は続いている。


『四つ。祝福を受けし巫女に、日の射す未来さきは不要である』
「それでは、蛇様に捧げます」

 彼女の未来さきへ至る道が暗くなり、彼女の時が止まった。
 泉が、金の光を放つ。
 音がまたひとつ消え、旋律はわずかに重みを失くす。


『五つ。祝福を受けし巫女に、丹は不要である』
「それでは、蛇様に捧げます」

 彼女の体から腹ごと丹が消え、全身の気が失せる。
 泉が、黄色の光を放つ。
 音がまたひとつ消えたが、旋律は止まない。


『六つ。祝福を受けし巫女に、心の臓は不要である』
「それでは、蛇様に捧げます」

 彼女から心の臓が消え、彼女は人の理から外れる者となった。
 泉が、緑の光を放つ。
 音がまたひとつ消え、旋律が低く落ちることはなくなった。


『七つ。祝福を受けし巫女に、胸のうつわは不要である』
「それでは、蛇様に捧げます」

 彼女から胸の器が消え、彼女は自愛するすべを失った。
 泉が、桃色の光を放つ。
 音がまたひとつ消え、旋律は高くを繰り返す。


『八つ。祝福を受けし巫女に、声音は不要である』
「それでは、蛇様に捧げます」

 それが、彼女の最後の言葉となった。
 泉が、青の光を放つ。
 音がまたひとつ消え、それは彼女の声音に似ていた。


『九つ。祝福を受けし巫女に、呼気吸気は不要である』
(それでは、蛇様に捧げます)

 彼女は祈りで応えた。

 彼女から肺が消え、そして胸と喉が消え、風が止んだ。
 泉が、灰色の光を放つ。
 音がまたひとつ消え、かろうじて三つの音が旋律を奏でていた。


『十(とを)。祝福を受けし巫女に、見る聞くは不要である』
(それでは、蛇様に捧げます)

 彼女が祈ると、彼女から見る目と聞く耳が消えた。
 泉が、紫色の光を放つ。それが彼女の最後に見たものだった。
 音がまたひとつ消え、彼女が最後に耳にしたのは、高く鳴り響くふたつの高い音であった。


『十一(とをまりひとつ)。祝福を受けし巫女に、月の射すうしみちは不要である』
(それでは、蛇様に捧げます)

 蛇神の言挙げを受け、彼女は祈りで応えた。

 彼女は過去を失ったが、それにはもう気付かなかった。
 泉が、銀色の光を放つが、彼女には見えない。
 音がまたひとつ消え、いちばん高い音だけが鳴り響いているが、彼女には聞こえない。


『十二(とをまりふたつ)。祝福を受けし巫女に、頭は不要である』
(それでは、蛇神様に捧げます)

 祈りで応えた彼女の、残されていた最後の肉が消えた。
 泉が、白色の光を放つ。
 最後の音が消えて、七つと五つの音階が鳴ることはない。
 着けていた装束も消え、そこには彼女の不在と無音が残った。


『十三(とをまりみっつ)。祝福を受けし巫女に、無は不要である』

 蛇神の言挙げに応える者はない。

 遠くで、巫女の遺した髪束を手に首を傾げていた彼女の子らは、それが消え去ったことにも気付かなかった。
 泉は存在の消えた闇を、無音を喰らう。
 その草地にはくうが残ったが、それを認識する者はない。


 そうして。
 かつて彼女であったとおの肉、二つの時、そして無。
 その十三の捧げ物、蛇神はそれらを、彼女への祝福と成した。

 泉から、十と三つの蛇が産まれるのを、蛇神が見届ける。

『与えられし祝福を己が力とし、助けの術と為せ。
 肉を持たず、時と無から放たれた者よ、汝に名を与える。

 
 汝の名は、とみ。

 十の緒と三つの緒、これは汝の、子孫を慈しむための手。
 汝に与えたこの慈悲の、この先に及ぶ末をすべて許そう』


+++

『と、いうわけで。神様っぽいモノになったとみは、十三匹のヘビたちとともに、争い事からみんなを逃すことができました。そして蛇神様の慈悲の元、ヘビたちはたまに、とみの子孫の前に現れ力を貸しているのです。めでたし、めでたし。……って。私の記憶、十緒子にはやっぱり、まだ早かったよねえ。怖くなかった?』

 和服を着た少女、とみは、十緒子の幽体の手を取り、十緒子に言った。
 
 どこまでも永遠に広がってゆきそうな、その空間。
 そこにはいま、ふたりの幼い子供しか存在しない。
 同じ背の高さ、同じ長さの髪。
 ふたりがそこで、両手を繋ぎ向かい合っている。

 十緒子はニコニコと笑って、とみに答えた。

「こわくなかったよ、ヘビのみんながいたの!」

 手を握り返した十緒子が、嬉しそうに続ける。

「あのねえ、とみちゃんがかみさまに、とみちゃんをあげたの! かみさま、おなかすいてたの、おなかいっぱいになって、そしたらヘビのみんながでてきて、よかったの! はーひふーへほーって、いっぱいきたけど、みんながパーンチってしたから、ばいばいきーんに、なったよね!」

 とみは、思わず噴き出した。

『ブハッ、あー……私って。あの祝福は、「ボクの顔をあげるよ!」ってことだったのか? 神様はおなかがすいてて、武士たちはカタキ役のあのコ? 十緒子なりにいっぱい考えたんだろうけど、ハハハッ、もう、十緒子にはかなわないや。
 十緒子、これはね。力を遣う者の、戒めのために伝えてるんだよ』

 十緒子は首を傾けて、口を尖らせる。

「とみちゃん、むずかしくて、よくわかんないよ」
『だよねえ。十緒子、大きくなったらまた、お話ししよう。覚えていられたら、覚えていて』
「わかった!」

 とみが片手を離し、十緒子をそっと撫でると、十緒子がまた嬉しそうに、とみに笑顔を向ける。

『かわいい十緒子。これからあなたに起こることに、私の手が干渉することはない。
 だからきっと、悲しませてしまうね。
 でも、私はここにいるからね』

 とみがその手を離し、十緒子の幽体がそこから消える間際に言ったことばも、確かに十緒子の中に届いたのだが。
 それはその後、いくつかの紙片のように散り散りになり、長い間意味を成すことはなかった。



<2>御崎十緒子は報告する(1)

(4100字)

『人はみんな、怖がってる。誰かに『いいんだよ』って言ってほしい。だけど、誰かに言われた『いいんだよ』では足りない。もっともっと、って思う。好きな人に好きだ、って言ってもらったのに、どうして足りないって思っちゃうんだろうね?』

 眠る前のぼんやりとした思考の中で、私は。
 あのときのとみちゃんのことばを思い出していて、突然ひらめいてしまったのだ。

 そっか、わかった!
 じゃなくて、思い出した、なのかな?

「もしもしっ、とみちゃん? 十緒子だよ、聞こえる?」
『……十緒子、思い出してくれたのはうれしいんだけどさ、ここにアクセスするのに「もしもし」って……あーでも、通話みたいなものか? いや違うよね、まあいいけど』
「よかった、あってた! この前は寝落ちしちゃって、ごめんね!」
『寝落ちじゃないし、毎回適当に切れるものだから、謝らなくていいよ。それより、あれからどうなった? 緑のが呼ばれていったし、十緒子は素直になれたの?』
「え、あ、うん、まあ、」
『ふうん。フフッ、フフフフフ。よしよし、じゃあ、聞くから。洗いざらい、話そうか?』
「と、とみちゃん、あの?」
『いやでも、まだきっとソコまでは……ああ、ごめんごめん。で?』
「で……? ええっとね、私。金曜日に生き霊になって、水野さんのトコ行っちゃって、」
『っ、いきなりカラダ置いてった……がっかり。でも、なんでまたそんなことに、』

 そうして。とみちゃんとの、女子トークが開始され。
 私は水野さんとのことを、怖いくらいしゃべりすぎてしまった。
 とみちゃんが聞き上手なのか、私がチョロいのか……。


◇◇◇

 あの金曜日。
 スーパーに水野さんとふたりで寄って、でも水野さんは帰ってしまって。
 私は、自分でも笑ってしまうくらい、落ち込んでしまった。

 ごはんを食べたりお風呂に入ったりをなんとか済ませ、お化け捜索に出掛けるみんなを、見張り番の、べにちゃん、みーちゃんと見送った。
 えーい眠ってしまえ、と思って、でも眠れなくて。ベッドの上で抱えた膝に、掛け布団越しに頭を埋める。

 ふと気配を感じて頭を上げると、ぴょこん、と小さな緑色のヘビ、みーちゃんが掛け布団の上に乗ってきた。
 赤色のヘビ、べにちゃんは少し前に、「みんなでお出掛けして、十緒子ちゃん疲れちゃうといけないから」と、私の中に入ってくれた。いまだに仕組みがよくわからないけれど、おなかがすきすぎて困ってしまうのがなくなるので、なにも言わずお願いする。

 私はみーちゃんの、エメラルドに光る体を撫でながら、「ごめんね」と言った。

「みーちゃんのこと、結局水野さんに紹介しそびれちゃった」
(なに、かまわぬ。またの楽しみにするだけだ)
「ふふっ、楽しみ?」

 水野さんはちょとイヤそうな顔をするかもしれない、とぼんやり想像する。

 と、いまさらだけど。
 水野さんはどうして、私に好きだと言ってくれたのだろう。

 正体のよくわからないヘビのみんなと一緒にいる、得体の知れない女子、御崎十緒子に。
 私にとってみんなといるのは、当たり前で自然なことなのだけど……こう言ってはアレだけど、やっぱり普通じゃない、異常なことだ、たぶん。

 しかも、生き霊になりがちって。そんな女子、カノジョとして、どうなの。

 それでも。
 そんな私でも、好きだと言ってくれた、ってこと、たぶん、でも。

「自信、ないなあ……」

 思わずつぶやくと、みーちゃんがピカピカ点滅した。

(十緒子。そんなときはどうするんだったかな? 覚えておらぬか?)
「……え?」
(幼き頃、母に置いていかれ自分は役に立てないと泣く十緒子に、我がなんと言ったか? 胸に手を当て、思い出すのだ)

 胸に手を当て、思い出す?
 言われたまま、右手を胸に当ててみる。何事も思い出せなくて、左手で押し付けたり、喉元に向けてさすったりしてみる。
 胸、そうだよ私って、おっぱいもそんなに大きくないし、いいのかな……。
 って、余計なこと考えてるよね、せっかくみーちゃんがなにか教えてくれようとしてるのに、私ってば!
 ん。おっぱい……。


『みーちゃん、ここ、おっぱい!』
『(うむ、そのように手を当て、もう一方の手でその手首に触れてみるのだ。そう、ちょうど窪みがある、そこへ指を……そうだ)』
『ゆびに、ぴくぴくってするね……』
『(胸、おっぱいに当てた手からも、同じ音、同じ声が聴こえるであろう? なんと言っているのか、わかるか、十緒子?)』


 ぎった記憶に、胸から手を離して手を見る。
 右手首を、手の甲側から左手で支えるように持ち、指の腹で脈に触れる。時計の秒針よりも早いペースのそれを感じ、そうやって左手を離さないまま、右手の平を胸に当てる。右手に伝わってくる脈動、それをより感じてみようと、私は目を閉じる。
 私の体が発している音。血液が流れてくための音。

(思い出したようだな、さすが十緒子だ。それで、その声は十緒子に、なんと言っているのだったかな?)

 目を開けてみーちゃんを見ると、みーちゃんの緑の体が、濃淡を変えながら光る。そのきれいな光をまぶたに残しながら、私はふたたび目を閉じた。

 子供の声の私はたぶん、口を尖らせ、首をかしげてる。


『みーちゃん、とおこ、わかんない』
『(それはだな、その存在を肯定する、と言っておるのだ。生きとし生けるものはすべて、この声を聞く)』
『みーちゃん、むずかしくて、よくわかんないよ』
『(つまり、十緒子はこれでよいのだ、と、それは言っている。これなら、わかるか?)』
『とおこは、これでいいのだ?』


 記憶をどこからか引き上げた私は目を開けて、みーちゃんに言った。

「……これでいいのだ、って、みーちゃんが」
(そうだ。うれしいぞ、十緒子)

 これで、いいのだ。
 ……いいんだよ。

 そんなこと、言ってるのかな?
 生きとし生けるもの、すべてに?
 小さい子をなぐさめるのに、なんだか壮大だなあ。
 だからって、いまの私がわかるかっていうと……。

「みーちゃん。やっぱり、むずかしくて、よくわかんないや。でもありがと、なんか落ち着いた」
(それでよい。たまに聴いてやれ)
「そっか、うん、やってみるね」

 私はそのまま、全身に響く鼓動を聴いていた。
 そしてまた、水野さんのことを考えている、自分に気付く。

 ……とにかく。
 おっぱいは小さくてもしょうがない、いいのだ、これで。

 あれ、そんな話じゃなくて。
 そう、例えば。

 自信なんかない、わかんないことばっかりだけど。
 それでも。水野さんが、私を好きだと言ってくれた。
 まずは、それでいいんだ。

 だけど、さみしいな。
 じゃあ……さみしいって思っちゃうのも、それもアリかな?
 それも、いいんだよ、でいい?

 胸から手を離した私は、みーちゃんをそっと持ち上げ、頬ずりをした。
 こうやって、ヘビのみんながいてくれるのに。
 さみしい、って思ってしまう、私がいる。

「……ありがと、みーちゃん」

 布団の上に下ろされたみーちゃんはなにも言わず、こうして私に寄り添ってくれてるのに。

 ねえ、水野さんは。
 私がさみしい、って言ったら、いいんだよ、って言ってくれる?

 ……会いたい。
 一緒に、いたいよ。


 急に、抑えられないような衝動がどこからか湧いてきて。
 パキン、パチンという音とともに、私はそれに身を任せてしまう。

 一度なにかに弾かれ、でもそれは些細なことで、私は簡単に目的を達成してしまった。

「っ、十緒子?!」
「……わ、ほんとに来ちゃった」

 水野さんの姿、声。
 彼の部屋のベッドの上で起き上がって、生き霊姿の私を見る、彼を見て。
 私はすごくほっとして、うれしくなる。

「……なん、だよ」

 彼が言い、その目は私をにらんでいて。
 なんだよって、そんなの。
 決まってる、会いたかったから。
 会いたかったのに。会えたのに。

「……なんで、にらむんですか。やっぱりお邪魔でしたよね」
「は? にらんでねぇけど、」
「そんなに眉間にシワ寄せてるのに、そんな……」

 言われて水野さんは、眉間に手を当てシワを確かめている。

「ごめんなさい、お邪魔しました、帰りますね」
「おい待て、なんなら送って、」
「ひとりで、帰れるし。っ、ひとりでも、平気だもん、いいです! おやすみなさい!」
「なに怒ってんだよ、それに結界破っただろ、平気じゃねぇ、」

 怒ってない、怒りたくない、こんなふうに言いたくない、なのに。
 ダメ、私、なに言ってるの、でも止められない。

「……怒ってないです」
「いや、その言い方、」
「怒ってない、怒ってないけど、でも、」

 ゆっちゃダメ、だけど、止まらない。

「私だって……水野さんに触りたいのにズルいっ、ひとりにしないでほしい、さみしい!」

◇◇◇

 ……結局、ゆっちゃたし。

 そして。
 こんな捨てゼリフを吐いて姿を消した私のために、水野さんは車を出してウチまで来てくれた。
 なのに私は、掛け布団をかぶったまま、そこから出られない。
 合鍵を使って、ドアの開く音がした。

 それから少し間があって、みーちゃんの(赤の、出てこい。十緒子、我らはしばらく姿を消す)という声が聞こえ、ポンッとべにちゃんが出ていった音がして、気配が消える。

 そして水野さんが来て、布団の中の私にやさしく声をかけて、なのに。

『なあ。なに怒ってんだよ。今日ここでメシ食ってかなかったから、キレたのか?』

 私ときたら「キレた」ということばに反応して、じゃあキレるもん、とばかりに尖った口で答えて、でもそんな自分がイヤで。

 だけど話していくうちに、水野さんが言ってくれたのだ。

『あのな。俺はイジワルとか……おまえに、嫌われるようなコトは、したくねぇから。だから、俺のこと、も……嫌うな、それだけだ』

 顔を真っ赤にして、それだけでもびっくりなのに。
 私に嫌われちゃうって、水野さんでも思うの?
 そんなこと、考えもしなかった。
 だから、思ってたことが素直に、ポロポロと口からこぼれていって。

 それから。
 そう、水野さんが。
 あんな顔して、笑うから。

 いっつも眉根にシワ寄せっちゃってる男性ヒトがふいに見せた、少年のようなスマイル、とか。
 それズルい、もう……私のこと、どうする気ですか……。



<3>御崎十緒子は報告する(2)

(2500字)

『そっかー、じゃあちゃんと、思ってること素直に言えたんだね、よかったね! ……って、十緒子? もしもーし』

 とみちゃんがそう呼びかけてるのは、私がちょっと黙ってしまったからで。

 このあとの、水野さんとの、いろいろは。
 とみちゃんに話すには、ちょっと、その……。

 水野さんの破顔に瞬殺され、『……好きなことしろよ。この体は、もうおまえのモンなんだから。俺は手を出さねぇようにするから』って言われたりしてそんなの、鼻血こそ出さずに済んだものの。

 そんなの……正気でいられるわけ、ないじゃないかあああああっっっ。
 無理ムリむり無理ィィィィィ……。

 だから、あのときのアレはっ、正気じゃなかったんです、錯乱してました、ごめんなさいっ。
 水野さんの笑顔をもう一回見たい私と、『好きなこと』に過剰反応した私が、それぞれにやりたい放題、でも、しょうがなかったんだもん、あれは健康なお年頃女子の、いたって正常な衝動なんだもん、たぶんだけど。

 にしても、なんであんなことしちゃったんだか、自分でもよくわからない。
 その、ちょっと、首を……食べてみたくなっちゃった、とか……。

 よし、ここんとこは、トークせずにカットで。

「……もしもし、とみちゃん、ごめん」
『電波じゃないはずなんだけどね、これ。それからどした』
「それから?」
『彼がウチに来て、十緒子が素直になって、仲直りして……そ、の、あ、と!』
「っっ、ええっとその、一緒にいてくれた、よ?」
『もっと、具体的に! 臨場感!』
「とみちゃん……?」


◇◇◇

 そのあと、なんだかんだで添い寝してくれることになって、実はすっごくうれしかった。

 酔っぱらって、寝落ちして迎えたあの朝のように、ほかの誰でもない自分が、彼の腕の中にいる。
 あったかくて、安心して、でもすごくドキドキして、でもあったかくて安心する。
 そんなループの中で、私は彼の胸に顔をすり寄せ、その心音に耳を澄ませる。

 いいんだよ。
 これで、いいのだ。

 そうか、この音は確かに、そう言ってるかもしれない。

 身を寄せていると、自分の脈と彼の脈がからんで、どちらの音かわからなくなって。
 自分ではない、別の生き物が。
 ここに生きているのだと、お互いに主張し合っている。

「よくわかんないけど……そういうことなのかな?」
「なにが?」
「あっ、そうだ、みーちゃんを紹介、」
「さっき自己紹介された。あと2匹か」
「あの……イヤとか、怖かったり、しませんか?」
「いまさら……そうだ、おまえ。怒ってヘビどもをけしかけたりしねぇだろうな」
「っ、しません、たぶん。暴走とか、しなければ」
「たぶん? 暴走? なんだよその、不穏な単語は」

 彼の、私を囲む腕が、ゆるく締まった。

「まあでも。怒らせなきゃいいのか、ん? 難しいな、こいつ最近よく口尖らせてるし……でも、なんとかなんだろ」

 彼は今度は少しだけ身を離し、いまは尖ってない口に手を滑らせ、それからキスをした。

 なに、これ……どうしよう、これ。
 なんかすんごく、甘いんですけど?
 どうしようと思いながらも、されるがままにされて、私は目を閉じる。

 キスされたとたん無意識に目を閉じてしまうのは、眠るためなんかじゃなく。

 ……そうか、感覚を絞ってるんだ。

 私の体がキスに集中しようとして、だから、目を反射的に閉じてしまう。
 おいしいものを味わうときと、おんなじなんだ。

 ………………。

 同じなんだ、って。
 さらっと、なにをゆっちゃってんの、私?!
 どうしよう。
 ほんと、正気じゃやってらんないよ、これ?

 よくわからない心配をしつつ、それから黙って身を寄せ合って。
 こんなの絶対眠れない、と思っていたのに、いつの間にか眠ってしまっていた。


◇◇◇

『添い寝、それでおしまい、と。そう、ふうん……まあ、ね、そうなるよね』

 とみちゃんが納得したように、でもなぜかちょっと不満げに言った。

『ただ食べたかったわけじゃなくて、愛されてたわけだね。よかったね、十緒子』
「でも、食べたいって感覚があるの、なんとなくわかった気がする」
『ん、どゆこと?』
「っ、あわわ、その、なんとなく?」
『ふうん。ま、続報に期待してるからね。それで、十緒子。そろそろ目を開けてみてよ』

 とみちゃんが言い、私はその意味がわからなかった。

「目を、開ける?」
『いま。十緒子は目を閉じたまんま、ここにアクセスしてるでしょ? 幽体になって、私と話すために感覚を集中させたかったんだろうけど、本来そんなことしなくてもだいじょぶなはずだよ?』

 感覚を、集中させたかった。
 だから、目を閉じた。

 そう、それは。
 私のクセ、なのかもしれない。

『幽体が目を開けるとか閉じるとか、イメージでしかないんだけど。でもそれを、十緒子自身がやってるんだもの、そう言うしかないんだよね』

 ああ、そうか。
 目を閉じた理由は……もうひとつ、ある。

 とみちゃんのことばを聞きながら、わかった。
 私が無意識に、目をつむってしまった理由。

『それとも、十緒子。私が、怖い?』

 私は黙って、首を振る。
 怖いのは、とみちゃんじゃ、ない。

『じゃあ、ここにアクセスする、私に触れるのが怖い。ってこと、だね?』

 うなずきそうになって、でも少し違う、と思う。

「とみちゃん、あのね。たぶん……私は、私が怖いんだと、思う」

 ことばにしてみたら、それはひどくしっくりきて、それが怖かった。

「ごめんね、とみちゃん」
『無理ないよ、いろいろあったもんね。急かしちゃった、こっちこそごめんね』

 ふたりともがしばらく口をつぐみ、でもその沈黙は怖くなかった。

『そうだなあ、』

 とみちゃんが、言った。

『怖い、うん、十緒子らしいし、その感覚は大事だと思うし。それでいい、と思うよ。だからこそ、ヘビ様たちは十緒子を選んだのだから』

 とみちゃんの、やさしい声が。私を撫でるように続く。

『目を開けてもいい、閉じててもいい、それは十緒子が選ぶこと。それでいいんだ、十緒子はそれでいいんだよ。よし、じゃあ……私はいつでもここにいるから、もしも~し、って、また電話して? ほんとは電話じゃないけどね』

 フフフッ、と笑う声がして。
 それから私は、実体の体の上で浮く幽体の姿で、目を覚ました。



<4>水野春臣が辿り着いた場所で

(5100字)

 俺が俺でいること、俺は俺でいいのだ、と確信を持つこと。
 それが出来なきゃ俺はとっくの昔に、体を乗っ取られるかなにかしていただろう。
 幽霊、怪異、人外などと呼ばれる奴らに。

 霊感が発現し、歳を重ねるごとにそれが強くなり、俺に気付く霊が増え。
 そいつらにナメられないようにするには、とにかく俺自身が強くなる必要があった。

 奴らに主導権を渡さないために、例えば、口にすることばに力を持たせる方法を、試行錯誤する。
 『僕』では奴らは退かなかった、だったら、『俺』なら蹴散らせるのか?
 いまの口調のままでは、そしてチカのような口調をマネても、俺のことばは奴らに刺さらない、ならどうする?

 考え、実践し失敗し、また考え。チカに助けられてばかりの俺でいるのに耐えられなかった俺は、そうやって『俺』を作り上げてきたのだ。

 が、俺がこの『俺』の口調でいると、今度は人間社会で生きていけなかった。

 本音と建て前を使い分けろ? 波風立てない建て前を選んで本音が伝わらないようにして……んだよ、人間こっちのほうが面倒って、なんだ、これ。

 そんな面倒は、いらない。

 友人、と呼べる人間が俺にいないのは、これまでの俺が、人間も人外もひっくるめて遠ざけてきた結果だ。
 カノジョ、なんてものが出来てもそれは、ただの口実みたいなものだった。
 あれはカノジョなんてモンではなかったと、いまなら思う。

 とにかく俺は、俺でいることを優先してきた。
 怪異に、人間にナメられないために。
 俺は俺でいいし、むしろ。
 これが俺、水野春臣なんだが、なんか文句あんのか? と、場合によってはケンカの売り買いを厭わず、俺は俺を肯定する。
 これが、俺だった。

 それもこれも第一に、奴らを遠ざけるため。

 なのに。

 俺はなんだって、生き霊にオトサレて、そいつの本体に惚れてしまったのか。
 しかも正体不明の、もしかしたら神使なんじゃねぇかっていうヘビ8匹(いまのところ)という、オプション付き。
 気がついてみたら、いままで避けてきた方向に向かって舵切ってた、とか。

 どうかしてる。
 本当、マジでイカれてる。

 これまでの『俺』を、俺自身が否定するようなもんだろ、これ。


◇◇◇

「みんなは、全部で十三匹いるんです、じゃなくて、いるんだ」

 十緒子があわてて語尾を直す。俺は十緒子のやわらかい頬を、わざとつまんでやる。

「いひゃいでふ」
「痛くねぇだろ。それにまた言ったな、です、はいらねぇ、痛い、だけでいいだろ」
「ひょっか、ひょうでふね……はっ」

 また金曜日が来て、夜、いつもの十緒子の部屋で。

 一向に直らない十緒子の敬語にしびれを切らした俺はこの部屋に来るなり、「なんでタメで、しかも付き合ってんのに敬語なんだよ。今夜中に直せ」と十緒子に無茶振りをしてやった。
 飲むためのツマミを適当に揃えてちゃぶ台に並べ乾杯したところで、十緒子の口数が少ないことに気付いた俺は、「そろそろヘビどものことを説明しろ」と十緒子に迫ったのだ。

「ペナルティ、必要か?」
「ペナルティって、えええ……」
「ああ、おまえ。耳、弱いだろ。この前わかった」
「っ、み、耳?」
「じゃ、試しに、」

 そう言って、隣に座る十緒子の長い髪を右耳を出すようにかき上げ、それから顔を近づけようとしたところで、十緒子が両手で自分の耳をガードした。

「なにするんで、な、なにする気、」
「ツマミ。酒の」
「たっ、食べる?!」
「おまえもこの前食べただろ、俺のこと? わかった、じゃあ、いまからってことでいいや。敬語使ったらおまえの耳、酒のツマミにするからな」
「ず、ズルい、なんか一方的じゃないで……ごほん、」
「ん? いまの、」
「ち、違うもん、言ってない、セーフ!」
「……っ、ふはっ」

 耐えきれなかった。顔を真っ赤にして困り顔な十緒子に、俺はつい吹き出してしまう。
 と、十緒子が口を開けたまま、俺を見つめていた。

「なんだよ?」
「だってまた突然のさわやかスマイル……あれ、水野さんもしかして、いつもは。そうやって笑わないように、してる?」

 思ってもなかったことを、言われた。

「は?」
「にらんでるときって、実は、もしかして。素で笑っちゃいけないって思って、こらえてるっぽい、ような」
「……」
「あ、それ。その、ここにシワ寄せてるの、……そっか、にらんでるんじゃないときも、あるんだ。いまのは、考え込んでました、って感じだった、のかな」

 心当たりは、ある。
 俺は意図的に、目付きの悪い、眼光鋭い人間でいようとしていた時期がある。
 奴らに、ナメられないために。
 それを無意識に続けていた、そういうことだ。

「……おまえは、こんな目付きの男といて、いままで平気だったのかよ」
「え? ええと確かに、詰め寄られるとちょっと怖いとか、この前なんか、にらまなくてもいいじゃんって思ったりも……でも、いまわかったので、もう怖くないです」

 ふわり、と十緒子が笑った。

「眼ヂカラが強いって、わかってたはずなのに。にらんでないのに、にらんでるって言ったの、私の誤解ですよね……ごめんなさい」

 少し動揺したが、俺はそれを隠したかった。なんとか無表情でいるため顔の筋肉を……と、俺はそこで十緒子のミスに気付き、逆に口角を上げる。

「あれ、そのニヤリとした邪悪な微笑み、こっちはよく存じ上げておりますけど……?」
「邪悪ってひでぇな、まあいいか。で? 『怖くないです』、『誤解ですよね』、追加で『存じ上げております』か。はい、耳出して」
「っ、ああっ! そんな、」

 十緒子の顔を両手でホールドし、それから両耳を出すように髪を耳にかけてやる。十緒子も両手で、俺のそれぞれの手首を押さえにかかった。

「ま、待って、やっぱりズルい、急かさないって言ってたのに、」
「俺が急かしてんのは、おまえのしゃべり方のほうだろ」
「でもっ、なんかっ」
「そっちは、まあ……急かすわけじゃねぇけど、練習? 慣れ? は必要なんじゃねぇの、ついでに」
「れ、練習? ついで?!」

 俺が顔を近づけていくと、十緒子がとろりとした、ちょっと泣きそうな表情を見せる。
 俺はそれを、じっと見つめた。
 一応、訊いてみる。

「イヤ、か?」
「……その眼ヂカラもズルいし、そんなふうに訊くのもズルい」
「へぇ?」

 イヤじゃないならまあいいか、とりあえずキスしとけ、と考え、俺のが十緒子の唇に軽く触れたところで、部屋の明かりが突然消えた。

 ああ……忘れてたわ、奴がいたな。どうせこれは奴の仕業、ならべつに放っておいても問題ねぇし、このまま深いヤツ……。

「あれっ、停電?」

 十緒子が、まだ目を閉じていなかった。チッ。
 暗い部屋の中、天井ではない場所に、白い光がぼうっと浮かんでいた。

(ワタクシ、タイミングを間違えたようです。気を利かせたつもりでしたが、申し訳ないことをしました)

 白く光る体を持つ小さなヘビ、白が、宙に浮いたまましゃべる。
 俺の腕から抜け出した十緒子が、白に顔を向けた。

「しーちゃんが電気消したの?」
(はい、ムードづくりに協力しようかと。失敗してしまいましたが)
「いや、わざとだよな、おまえ」
(小僧の分際で、十緒子様に所望しておきながらその話の腰を折るなど、せめてヘタレを卒業してからにしてほしいですね。ああ失礼、小僧はヘタレを返上出来なかったのでした。ワタクシとしたことが、無理を申し上げてしまいました)
「つまり、わざとなんだな」
「あっ、そうだよね、みんなの話しようとしてたんだった。私がしーちゃんに、ここにいてってお願いしたのにね、ごご、ごめん、」

 明かりの消えた室内は、すぐ外にある街灯のせいで、それほど暗さを感じない。
 十緒子が白に手を伸ばすと白ヘビがその手の上に乗り、その小さな体でため息をついてみせた。

(ハアッ。それにしても。ことば遣いごときで、小さい男ですね)
「なんでおまえに言われるとこんなにムカつくんだろうな」
(図星を指される、ご存じでしょうか? それだけのことです)

 ふっ、と一瞬。思考が脳内をかける。
 こいつがなんで、いつも俺を怒らせにかかるのか、その理由が見えたような気がした。

 だから俺は、俺と白のやり取りにおろおろしている十緒子を引き寄せ背中から抱え込んで、言ってやることにする。

「まあそれでも。白、おまえがなにを言っても、これは俺のモンだから。こいつといる覚悟とか、そういうの? おまえがなに心配してんのか知らねぇけど、いくらでも受けて立ってやるよ」

 十緒子が腕をぱたん、と落として脱力し、白ヘビが宙に浮いて俺をじっ、と見る。
 が、その視線がそれ、急に右往左往しはじめた。

(十緒子様、何故なにゆえ、お気をしっかり、)

 十緒子を抱えていた手の甲に感じた、パタリと落ちた水滴の感覚。
 体の向きを変え横抱きにしてやると、十緒子が涙目で俺を見上げた。

「っ、なんで、」
「……っ、私、思ってたより気にしてたみたいで、っ、こんな普通じゃない女子でいいのかなって、いろいろ怖くって、っ、だから、……うれしく、なっちゃったっ、すみませっ、」

 泣きじゃっくりが次第に強くなり、十緒子を抱く俺の腕の力も、それに合わせて強くなる。
 子供のように、泣きながら必死に涙をぬぐう十緒子を、俺は呆然と見つめる。

 おまえでいいのか、どうか?

 そんなこと、気にしてたのかよ。
 俺はちゃんと、好きだと告げたし、それなりの態度も示してるはずだろ?
 なんでそんなに信用ねぇんだよ。

 ……いや、こいつは。自分に自信がない、のか?
 俺に敬語で話すのも、そのせいだったのかもしれない。
 まあ、俺の態度のせいもあるのだろうが。
 ったく。
 しょうがねぇな。

 暗い部屋でしばらく、俺は十緒子を抱えていた。
 宙に浮いた白ヘビの光る体が、その光が時折強弱をつけ、ゆらゆらと揺れるのを見る。
 十緒子も、俺も白も口を利かないで、しばらくそのままでいた。

「安心する声、だ」

 と。
 泣き止んだ十緒子が、俺の首に額を、俺の胸に片耳をすり寄せ、言った。

「声?」
「ドクンドクンって、音」
「……こうしてると、安心すんのか?」

 十緒子は俺の胸をこするようにうなずき、俺の背に両手を回して、力を込めてくる。それから、ゆっくりと身を離して座り直した。

「水野さん、ありがとう。しーちゃんも、心配してくれて、ありがと。なんかね、だいじょぶな気がしてきた。だから……まず、みんなに揃ってほしい、そこからだよね」

 手を胸に当て目を閉じ、息を大きく吸ってから吐き、もう一度吸って。
 十緒子が、呼んだ。

「だいちゃん! きーちゃん!」

 ポンポンッ、とふたつの音が重なり、光を放つ物体が、十緒子の前に飛び出してきた。
 闇の中に浮かんだふたつの、黄色とオレンジの光が、ヘビの形を取って揺れている。
 十緒子が両手を差し出すと、そのそれぞれの手のひらの上に乗った。

 同時にポンッ、ポンポンポンッと音がし、ヘビたちが部屋のあちこちに現れる。
 赤、青、紫、灰色、茶色、緑、ピンク、それから白。
 十緒子を囲むように円になって浮かんだヘビどもが、それぞれの色で体を光らせていた。

 黄色に光るヘビがあたりを見回し、音のない声で言う。

だいだいの、アタシらが最後のようだ)
(有終の美……)
「待たせちゃってごめんね。きーちゃん、だいちゃん、また私と、一緒にいてくれる?」
(もちろん! 楽しませておくれよ?)
(…………)

 橙と呼ばれたヘビがコックリとうなずくのを見守った十緒子が、ゆっくりと両手を上げた。二匹が、他の八匹の輪に加わる。

 ったく、こんなの十匹も従えておいて、十緒子のヤツ、自信がねぇだと?
 なに言ってんだ、勘弁しろよ……。

 ふと、輪の中の白が、チラリとこちらを見た。
 っせぇな、ほんと信用ねぇ。
 まるきりビビッてねぇ、ってのは嘘になるけど、こんなの。
 生き霊にひと目惚れした俺が、こんなモンで退くわけねぇだろ、ばーか。

 そうだ。
 これまでの『俺』を、俺自身が否定する?
 否定もクソもねぇ、俺だからこそ、ここに辿たどり着いた、そうだろ?
 散々呪って否定したかった俺の霊感体質が、俺をここに連れてきた。
 十緒子のいる、この場所に。

 だから。
 これでいいんだ。

「水野さん、そんなわけで! これでみんなが揃いました! 水野さんのおかげです!」

 十緒子が、心底うれしそうに笑っている。
 ……クソかわいい。
 つられてたぶん俺も、ゆるんだ顔して笑ってる。
 あーあ。

 俺は手を伸ばし、十緒子の髪に触れた。
 小さい男が、場に水を差すように、十緒子にささやく。

「『揃いました』、『おかげです』、って? ペナルティで、いいよな?」



つづく →<その14>はこちら

あなたに首ったけ顛末記<その13>
◇◇ イインダヨ? これでいいのだ! ◇◇・了

(この物語は作者の妄想によるフィクションです。登場する人物・団体・名称・事象等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。)


【2023.04.01.】up.
【2023.08.27.】加筆修正
【2024.02.11.】▼リンク貼付


☆あなたに首ったけ顛末記・各話リンク☆

<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です

【生き霊ストーカー・編】
<その2> 鑑賞は生に限るが生き霊はイタダけない
<その3> 水野春臣の懊悩と金曜日が終わらない件
<その4> 御崎十緒子のゴカイ☆フェスティバル
<その5> 手は口ほどに物を言うし言われたがってる
<その6> 日曜日には現実のいくつかを夢オチにしたっていい

【ヘビたちの帰還・編】
<その7> 吾唯足知:われはただ「足りない」ばかり知っている
<その8> 天国には酒も二度寝もないらしい
<その9> どうしようもないわたしたちが落ちながら歩いている
<その10>「逃げちゃダメだ」と云わないで
<その11> アテ馬は意外と馬に蹴られない
<その12> ”〇〇”はゴールではない、人生は続く
<その13> イインダヨ? これでいいのだ!

【御崎十緒子の脱皮・編】
<その14> 耳目は貪欲に見聞し勝手に塞ぎこむ
<その15> 人生と誕生日は楽しんだもん勝ち
<その16> 隠者のランプは己を照らす
<その17> 闇で目を凝らすから星は輝く
<その18> トラブルには頭から突っ込まないほうがいい
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【前編】
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【後編】

【(タイトル未定)・編】
<その20> 招かれざる客は丁重にもてなせ

マガジン・小説『あなたに首ったけ顛末記』
 ↑ 第一話から順番に並んでます。
#あなたに首ったけ顛末記
 
↑ ”新着”タブで最新話順になります。

マガジン・小説『闇呼ぶ声のするほうへ』(スピンオフ・完結)
 
↑ <その14>のあとに書いたので、その辺でお読みいただくと後々楽しいかもです。


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#イインダヨグリーンダヨ志村さんCM
#これでいいのだ元祖と平成で育ちました嘉門達夫さんOP曲ED曲が好き
#あの方の中身はつぶあんらしいっす最近は顔をあげなくなったって本当ですか

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眠れない夜に

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