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あなたに首ったけ顛末記<その19・ 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください >【前編】

ご来店ありがとうございます。コチラは『異能もの現代ファンタジーラブコメ』女子向けライトノベルなお話の<その19>です。お口に合いそうでしたら、ひと口だけでもいかがでしょうか?

最初のお話:
<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です
前回のお話:
<その18> トラブルには頭から突っ込まないほうがいい

マガジン・小説『あなたに首ったけ顛末記』
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(ブラウザでの閲覧時のみ有効。noteアプリの場合は該当記事表示まで、サブタイトルには飛ばないです…。作者の備忘録的役割があるとかないとか。)

+++
 2024年、遅ればせながら年明け初投稿でございます。
 今年も足を運んでくださって、ありがとうございます!

 <その19>を書き上げてみたら、いつも以上にクッソ長くなってしまいまして。悩んだのですが今回は、前後編で記事分けすることにしてみました。

 ここまでずっと付き合ってくださってる、やさしいアナタ様へ。
 アナタ様の2024年に幸多からんことを、感謝と共にお祈り申し上げます。

 ではでは。
 ごゆっくりどうぞ~。


あなたに首ったけ顛末記<その19>

◇◇ 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください 【前編】◇◇

(6300字+5400字)

御崎十緒子みさきとおこ:絵を描くのが好き、幽体離脱で生き霊になりがちな、首フェチ27歳会社員女子。黒髪ロングふっくら頬の和顔。十匹の実体のないヘビを従者にしている。
水野春臣みずのはるおみ:十緒子にナイスバディと認められた体の持ち主、顔立ち濃い目、口が悪く霊感体質の27歳会社員男子。十緒子と付き合っている。
御崎玄みさきげん:十緒子の父。ひょろひょろした体型・長い前髪の見た目40代な50代。旧姓は安達。ヘビたちの封印と共にその存在を隠されていた。なぜか大量のオーブを引き連れている。
御崎華緒子みさきかおこ:十緒子の姉(血縁上はハトコ)。明るい色の巻き髪ロング、おっとり系甘め美人、32歳。金色のヘビ、ハナを従者に持つ。高い所が好き。
岡田冬芽おかだふゆめ:春臣の上司、主任。ショートカットのオトナ美人、29歳。十緒子の部屋で生き霊になってしまったが元に戻った。

十三匹のヘビ:人語を話す、手のひらサイズの実体のないヘビたち。それぞれ違う色の体を持つ。自身を蛇神に捧げた巫女(とみ)の選ばれた子孫の前に現れ、その子孫の”従者”となる。それぞれで様々な特殊能力を持っている。

・以下の十匹十色は十緒子の従者となっている。幼少時の十緒子がそれぞれの色に合わせて名付けた。登場順:白(しーちゃん)/紫(むーちゃん)/青(あおちゃん)/赤(べにちゃん)/灰(はーちゃん)/茶色(ちゃーちゃん)/桃(もーちゃん)/緑(みーちゃん)/黄色(きーちゃん)/橙(だいちゃん

・金色ヘビ:華緒子の従者でハナと名付けられている。
・銀色ヘビ:高緒の従者。
・黒のヘビ:真緒子の従者(詳しくは→ 『闇呼ぶ声のするほうへ』)。

<1>御崎十緒子は総菜を食す

(6300字)

 ちゃぶ台の上に並ぶ、スーパーのお総菜のパック。レタスとサニーレタスを千切って無造作に盛っただけの、シンプルなサラダ。飲みかけの缶ビール。
 そんなのを視界に入れたまま私、御崎十緒子みさきとおこは、ちゃぶ台のあるリビングから動けなくて、呆然としていて。
 玄関からバン、カチャンと立て続けに聞こえてくる音を、現実味のない、どこか遠くの音のように聞いていた。

 アパートの部屋全体がしん、と静まりかえって……さっきまで耳にしていた、私を責める口調がなくなってしまったのが、嘘のようで。

『っ、だから、そうじゃねぇんだよ!』
『あの幽霊に、もう関わるんじゃねぇ』
『暴走しねぇ、って言いきれんのかよ』

 彼、水野春臣みずのはるおみの声、が……。
 ……出てっちゃった。
 帰っちゃった、の?

 え……なにが、起こった、の?
 だって今日は連休明けで、久しぶりに、ちゃんと顔が見れて。
 仕事終わりにウチに来てもらって、短い時間だけど、一緒にいられるんだな、って思って……。

 ゴールデンウィーク。前半は、おとーさんと華緒ちゃんと三人でのお食事会&華緒ちゃんとのお買い物、と私のほうの予定が詰まっていて、出勤日も私が他部署のヘルプで外仕事だったからすれ違い、後半は春臣が里香さんのお店を手伝いに行って、だから、ずっと会えなくって。

 出てく直前、キスされたけど。
 でも、怒ってた……私に。

 怒らせちゃった、ってこと、だよね?
 あれ? なんで、どうして?
 ……わかんない。
 でも、春臣は怒ってた。
 私がやったことと、やろうとしてること、に。

「幽霊さんに、関わるな……?」

 さっき耳にしたことばを、思わずつぶやく。
 なんだろう、私。
 春臣がそう言ったことが、ショック、だ。
 だって……そう、反対されるなんて、思ってなかった、から。

 なんでも、認めてくれるはずだ、って。
 無意識に思ってたそれは、すっかり思い込みでしかなかった。

 そして、それとは別に。
 脳内にいる私が、彼に言われたことを再生しながら、さっきすぐに返せなかった反論を、プンプンと言いつのってる。

 ……あおちゃんともーちゃんを責めるのは違う、だって私がお願いしたんだよ? 『もう関わるな』って、そんな一方的に言わなくたっていいよね? 私だっていろいろ考えてるのに、そういえばずっと眉間にシワ寄せて私の話聞いてたけど、それって、はじめっから反対するつもりだったんだよね? 確かに今日だって、あおちゃんの力を借りちゃったから、おなかすかせちゃったけどさ? 暴走しない、って、そんなの言い切れない、だって私、前科持ちだし、さ?

 むう……私の眉間に、シワが寄ってる。
 なにこれ、まるでいつもの春臣じゃん。

 なんだかな、と思いつつ、残っていた缶ビールをきゅうっと流し込んでやろうとして、私は自分が口を尖らせていたことに気付いた。
 きゅっと飲み干して、思い立って立ち上がった私は玄関までドスドスと歩き、そこに彼の靴がないこと、鍵がかかっていることを確認する。
 そしてキッチンに移動し冷蔵庫から新しい缶を取り出して開け、ちゃぶ台までドスドスと戻りながら、グビグビと飲んだ。

「ぷはーっ」

 さっきのビールぬるくなってた、やっぱ冷たいの、おいしいっ。
 靴、やっぱりなかった……ほんとに、帰っちゃったんだ。
 ふーん、そっかー。うん、わかった。
 えっと、それで、ですよ?
 このちゃぶ台の上、買ってきたお惣菜並べたとこなんですけど?
 もおっ、どうするの、これ?
 どうするの、って……食べ物なんだから、食べるしかないし?
 余っても、冷蔵庫に取っておけば、いいんだし?
 ま、このくらいの量なんか、私ひとりでも余裕、ぜーんぶ食べれる、け・ど・も!
 でもね! このレタスのサラダ!
 春臣がシャツの袖まくって、ゴツくてけしからん手首見せて、ササッと手際よく洗って千切って水切りして、パパっと盛り付けたヤツ!
 これは、なんか、ムカつく!

 私はレタスの皿を持ってキッチンに行き、ラップして冷蔵庫に放り込み、またドスドス歩いてちゃぶ台に戻る。お惣菜のプラ容器のフタを開けまくり、手を合わせた。

「いただき、ます!」

 まずは『衣自慢☆やみつき骨付きフライドチキン』に手を伸ばし、かぶりつく。今日はあんまり時間ないからお惣菜にしよう、ということになって、だったらプチ贅沢しちゃうぞ、とばかりに私は、目についたものをポンポンカゴに入れていた。『とろける☆コーンクリームコロッケ』『ビールによく合う☆ガーリックシュリンプ』『ボリューム満点☆ゴロゴロ酢豚』。

 それを見ながら春臣がカゴにいれたのは、『ごぼうとれんこんの30品目よくばり根菜サラダ』、丸のレタスにサニーレタス、それに冷凍うどん。

『野菜がねぇし。全部味濃いんだよ、バランスってもんがあんだろ?』

 とか、言ってたっけ?

 私は! 久々に一緒にいられるの、すっごく、すっごくうれしかったのに!
 だからプチ贅沢しちゃえ、って思ったんじゃん!
 なのになんで、なんで帰っちゃうかなあ、ねぇ!
 でさ? こんなときに限って、またここにピザがあるんだけど?

 ちょっと足りないんじゃないかなー、と、レジに向かう手前でカゴにそっと入れた、『店長イチ押し☆牛カルビの甘辛プルコギ風ピザ』。
 フンだ。食べ切れなかったら、冷凍すればいいもんね?
 ええ私、学習しましたから!
 ほかならぬ、春臣に教えてもらったんだよねぇ?

(ただいま。あら、春臣はいないのね)

 ポンッ、という音のあとに、音のない声が聞こえて。
 ちゃぶ台から顔を上げるとそこに、灰色で透明に光るヘビの体、はーちゃんがいて、宙に浮きながら、首をかしげていた。

ふぁーたんはーちゃんほはへりおかえり

 私はお行儀悪くピザを頬張りながら、はーちゃんに返事をする。と、今度は、私の体内で精力を補ってくれていた赤色ヘビ・べにちゃん、茶色ヘビ・ちゃーちゃんが、ポンポンッという音と一緒に、姿を現した。

「十緒子ちゃん、春臣、いないの?」
「春臣っちは♪ いまいずこ♪」

 私がそれに返事をしないでモグモグと口を動かしていると、ずっとそこにいた青ヘビ・あおちゃん、桃色ヘビ・もーちゃんが、そうっと、といったていで、はーちゃんたちの近くに寄っていった。

(実はよぉー、ひそひそ、十緒子と春臣がなー)
(春臣ちゃんねっ、ひそひそ、帰っちゃったのっ。すんごいキッスしてたんだけどねっ、ひそひそ、でもケンカしちゃってたのっ、ひそひそ)
(あらあら。キスしてから、ケンカになったのかしら。ひそひそ)
(ケンカするほど、なんとやら♪ っひそひそ♪)
(なんとやらって、どういうこと? ボクにも教えて、ひそひそ)

 …………。
 あの、さ。
 小声でないしょ話のつもり、なのかな。
 くっきりはっきり、聞こえてるよ?
 でも、私はツッコまない。むしろ、聞こえてないってことで、いい。
 にしても、なんでみんな、春臣のこと気にするかな……。
 っ、あー、それにしても、このピザ!
 すっごく、すっごくおいしいなっ。

 キスしてから、ケンカになった?
 そうだっけ? いーや、違うよね。
 春臣がお説教モードになって、それに反論出来ないでいたら、なんでか口を塞がれた、みたいな。

 ……キス、したの。
 久しぶり、だったのにな……。

 っ、じゃ、なくて!
 あれって、ケンカ、なの?
 一部始終を見てたあおちゃんともーちゃんには、そう見えた、ってことだよね。

 っていうか。
 また、ヘビのみんながいるときに、キス……。
 いたたまれないっていうか、集中出来ないっていうか……。

 っ、もおっ、そうじゃなくって、ケンカ! ケンカのこと!
 私……春臣と、ケンカしちゃった?
 え、嘘。だって私が、あの春臣サマと、だよ?
 でも私、全然反論出来なかった、だからいま、プンプンモードで……あっ。
 プンプンモード、つまり私はいま、春臣に怒ってるんだよね?
 なら確かに……ケンカ、なのかも?

『頭、冷やす。おまえも、もう少し考えとけ』

 ふわん、と。
 彼の去り際のことばと口調を、思い出す。
 彼がそう言ったのはたぶん、引いてくれた、からで。
 その前の、彼が『……わりい』と低い声でつぶやいたときの表情かおも。
 あれは、ほんとに悪かったって思ってる、ちょっとつらそうな表情、で……。

 うん。
 ケンカなんか、したくないよ。
 したくない、したくないんだけど、でも。
 胸の中でくすぶってる、もやもやっとした、この気持ち。
 ……どうして。
 どうして私のこと、わかってくれないのかな……?

 ……ダメ、だ。
 確かに頭、冷やしたほうがいい。
 そうすることで彼の提案通りになってしまう、それはちょっとくやしいな、なんて思っちゃうんだけれど。
 私は缶ビールをおでこに当て、その冷たさを感じながら目を閉じる。
 春臣は、どうしてあんなふうに、出て行っちゃったのかな。
 私のこと、置き去りにして……。


◇◇◇

「っ、あああっ! ……嘘っ、もうっ……なんで私、」

 私が思わず奇声を発したのは食後、お風呂場で、頭を逆さにしてシャワーのお湯に当て、トリートメントを流している真っ最中で。
 それまで悶々と春臣とのことを考え続けていた私は、そこでやっと気がついた。

 なんで、なんで私、もっと早く気付けなかったの?

 ポンッ、と音がして。それから、はーちゃんの声が聞こえる。

(十緒子? 叫んでいたけれど、大丈夫かしら?)
「……だい、じょぶ。はーちゃん、ありがと」

 だいじょぶじゃないけどそんな返事をうわのそらで返し、髪をすすいで体の泡を流して……そこからなにをどうしたのか思い出せないまま、いつの間にか私は、ベッドのふちに腰掛けていた。
 髪、乾いてる。歯磨きもしてる。あとは、寝るだけ?
 ぼーっとした頭でふとんの中に入り、電気を消し。

 ……バカ。
 私は、バカだ。

 だって春臣は子供のときからずっと、自分の霊能力に苦労させられたって、話してたのに。
 怪異を引き寄せる陰の気を溜めないよう、体を鍛えて。
 護符を肌身離さず身に着けてる、って聞いてたのに。

 そんなヒトに、『幽霊さんに付き合う』なんて言うのって、それって。
 デリカシー、なさすぎじゃない?

 たまらず寝返りを打った私は、耳に触れる違和感に、無意識で手を伸ばす。
 まだ慣れない……連休中に開けた、ピアス。穴を開けたばっかりなので、しばらくは付けっぱなしにしなくちゃいけなくて、だから外してない。
 今日、髪で隠れてるとはいえ、気付いてくれなかったなー、なんて。
 彼を責めるようなことを、私、平気で考えてた。
 でも実は、私こそが気付けてない、鈍感にもほどがあるよね、な状態で。
 ぅあぁあ、あぁうぁぅぅ…………もう、もうもうっ、もうもうもうもうっ。

 ……だからって。
 あのお掃除の制服着た幽霊さんと関わるのを、スパンとやめる?
 それは、どうだろう。なにか違う気がする。
 でも……私が彼にイヤな思いをさせてしまったことは、間違いないのだから。
 ごめん、ってちゃんと、言わなくちゃ。
 幽霊さんのことは、そのあと考えることにする!

 で。
 芋づるな感じで気付いて、息が止まりそうになったことが、もうひとつ、あって……。

 『幽霊さんに付き合う』がダメなら。
 『生き霊になりがち女子と付き合う』ってのも、ダメだよね?

 うわぁ……。
 っ、でもでも。彼は、ヘビのみんなと一緒にいる『こんな普通じゃない女子』でもいいんだ、と言ってくれた
 けどあれはたぶん、ヘビのみんなが一緒にいること、に関してOKってことで……私が生き霊になっちゃうこと、ほんとはどう思ってるんだろ?
 ずっと怪異を避けて生きてきた人が、生き霊をよく思っているはずなんかない、いや、生き霊を好ましく思う人なんて、いる訳ないよね?
 なのに私ってば、癇癪起こして生き霊になるわ、告白っぽく引きとめちゃった、あのときもそうだし……。
 待って、それどころじゃない、そもそも生き霊で彼の家に乗り込んでしまって、それが最初、じゃん? それ繰り返しちゃってたあの頃、何度もため息つかれたし、明らかにイヤがってたよね?

 ってことは、つまり……?

 え、なんで春臣は、私と付き合ってくれてるの?
 彼から見て私、いっこも好かれる要素、ないよね?

 でも……ちゃんと、『好きだ』ってゆってくれたし。

 あ、まさか。
 私が『行っちゃやだ』って言ったから、それに合わせてくれてるだけ、だったり?

 でもでも、キスとか……その、それ以上、とかでも……なんていうか、その、『好きだ』って、言ってくれてる、みたいな気がする、し……。

 けど、さっきの春臣は、すっごく怒ってて。
 私を置いて、帰っちゃって。

 だから、ほんとは。
 私のこと、そんなに好きじゃない……?
 の、かも……。

 ………………どうしよう。
 どうしたらいいのか、わかんない。
 そんなの怖い、それに。
 そんなの、ひどい。ズルいよ。

 ……え、なにこれ、私。
 ひどいこと言ったのは私なのに、春臣に怒ってるの、私?

 もおぉぉっ、やだやだっ。
 ぐちゃぐちゃで、わけわかんないよ。

 ……わかんないけど、だとしても。
 まず、とにかく。
 『幽霊さんに付き合う』発言でイヤな思いさせちゃったことは、あやまらなくっちゃ……。


 翌朝。いつものように電車に乗り込んできた春臣と、小さな声で「おはよ」「おう」とあいさつを交わし、それから職場の駅に着くまで、黙ったままだった。駅から出、駅前のだだっ広い広場で、春臣がメガネを外しながら立ち止まり、私はその顔を見上げた。

「昨日、は。いきなり帰って、悪かった」

 そう言った彼が私の手をつかみ、ゆっくりと歩き出す。他の人が使う、動く歩道がある陸橋を避け、運河沿いのルートを歩いて職場のビルに向かうのはいつもと同じ、人ごみを避けてのことだったのだけれど。

 私はとっさに「うん」としか答えられなくて、そこからなんと言っていいのかわからず、ただ彼の手を握り返し、彼についていった。
 ふたりとも黙ったまんま、しばらく歩いたところで。
 彼の手に軽く力が込められてやっと、私は、言わなくちゃいけなかったことを思い出す。

「っ、あの、ね、私、」
「俺、今日の昼、そっちに行けないんだが。その、適当に詰めてきたから、食え」

 ことばが見事にカブってしまった私は一瞬、春臣になにを言われたのかわからなくて、彼を見上げ口を開けたまま固まってしまい。
 目の前に小ぶりな紙袋を差し出され、それを受け取って中をのぞき、ようやくそれを理解する。

 これは、お弁当?

「帰りも、わかんねぇな。あとでまた連絡する」
「え、あ、待っ……」

 いつの間にか着いていた、職場のビルのいつもの、それぞれの職場に向かって別れる場所で私は、彼の背中を見送っていて。彼は上着のポケットからメガネケースを取り出し、またメガネをかけて、角を曲がって見えなくなった。

 いろんなことを考えすぎて混乱した頭で、ふと感じた、違和感。
 私はそれをことばにして、口に出していた。

「春臣って……メガネ、そういえば、どうして」

 メガネ姿は春臣の大サービス、私への誕生日プレゼントだって思い込んでたけど。
 思えば、あれからずっとかけてる。ただのファッションじゃ、なかったとしたら……?

(春臣さー、霊力強くなったよなー)

 バッグのストラップと化していた、あおちゃんが言った。

(いつかの十緒子のマネだもんなー)

 ……ああ、もう。
 ずっと、近くにいたのに。
 なんにも見えてなかった、ってこと。
 私ってヤツはどんだけ、自分のことばっかりだったのかな。



<2>御崎十緒子は詫び弁当を食す

(5400字)

「うっわぁ、運動部男子のお弁当?」

 頭上から、そんな声がして。
 振り向くと、ゆるふわボブカットにまん丸メガネの戸田さんが、ほわほわと微笑んでいた。

 ここはお昼休みの、弊社オフィスと同じフロアにある多目的スペース。
 普段午後休憩やそれ以外の息抜きに利用しているその場所で、そのときの私は、春臣から持たされたお弁当のフタを開け中を見、放心状態になっていた。

 目の前に、A5サイズのタッパーが、ふたつ。
 ドーン、とか、ババーン、なんて擬音と、キラキラなキラメキ多数を背景にしちゃってるそれらは、ひと言で言うなら、豪華のり弁だった。

 正確には、タッパーのひとつがのり弁……幅太めの刻みのりとおかかがのっかったごはん、きんぴらごぼう、ちくわの青のり炒め、焼き鮭のチーズのせ、で。もうひとつのタッパーにはおかずがぎっしり……春臣特製の味玉、ほうれん草の胡麻和え、プチトマト、ポテトサラダ、茄子と鶏もも肉の照り焼き、なんていう豪華ラインナップ。

 ……なに、これ。
 ええ、だってこんな……絶対、朝からタイヘンだったよね? 『適当に詰めてきた』って、嘘でしょ?
 春臣は私に怒ってたはずで、私は結局、謝れてなくって、なんで、どうして……。

 けど、そこに降ってきた、『運動部男子』というワードのおかげで。
 私は、ちょっとだけ正気を取り戻した。

「戸田さん、お疲れ様です。……確かに。これって運動部男子の量、ですよね」
「あーでも御崎さん、すごい量食べれるって、話してたっけ」
「はい。食べるの好きなんで、このくらいなら」
「そうなの? ねぇ、社食行かないでここでお弁当なんて、めずらしいよね? お邪魔していい?」
「あっはい、もちろんです」

 戸田さんは同じ部同じ課の、2コ年上の先輩で、癒し系女子。雰囲気も笑顔もほわほわしてるんだけど、言うべきと思ったことは容赦なく、チーフだろうと、もっと上の上司だろうと、ビシッ、バシッ、ズバッ、と言ってしまうタイプの、豪傑女子だったりもする。
 こんなにかわいいのに、キメるときはキメるカッコよさ、というか。そのギャップに萌えるんだよね、と私の心の中の男子が鼻息を荒くしてしまう、それが戸田さんなのだ。

 戸田さんもお弁当持参で、「炊き込みごはんの残り詰めて、冷食のコロッケのっけただけー」と、中身を見せてくれた。「いただきまーす」とそれぞれ手を合わせて食べはじめたところで、戸田さんに訊かれる。

「御崎さん、料理上手なんだねー。量もすごいけど、全部おいしそう」
「んぐ、……いえこれは、作ってもらったもので、」
「あれ? 確かひとり暮らし、だよね?」
「です、よ? ……」

 戸田さんの視線に根負けした私が「これは、その……彼、が。今朝、持たせてくれまして」とモゴモゴ口にすると、戸田さんは目を見開いて箸を置き、両手で口をしっかりふさいでから、「えええーーっ」という声を上げた。

「マジか、あの濃いめイケメン、料理出来ちゃうの? やだ御崎さん、すっごい優良物件つかまえたんだねぇ、うらやましっ」
「……アハッ、ハハハ……」

 愛想笑いで、場をごまかしつつ。
 『優良物件』って……うん、まあ確かに、その通り、だよね。
 ほんと、見た目がイイのに料理も上手だなんて、どこぞの二次元キャラでもあるまいし……んで、そんなヒトと私、付き合ってることになってんだなー、という客観的事実を再度、戸田さんからご指摘いただいた気がして、なんだかこそばゆくなる。

 そういえば。
 私は春臣と付き合っていることを、自分から、社内の誰にも知らせたことはないのだけど。
 そもそも、春臣とお昼を一緒に食べるようになって……それはつまり、私の幽体離脱防止を目的としたナマ春臣サマ鑑賞会だったのだけど、それが社内では、『あの御崎十緒子に社食デートする相手が出来た』的なハナシになってしまってたらしい。
 だけど社内のみなさんも、私に直接それを訊いてくることはなくって、それはなにか『まるで我が子の成長を見守るかのような感覚』、だったそうで。

 なにかのタイミング、例えば、休憩で一緒になった人に『社食デートするカレシと順調らしいね』なんてことを軽く話題にされるようになったのは、実はつい最近のことで。
 なにがどういう話になってるのかわかっていなかった私に、私の、そういった社内的評判を教えてくれたのは、この戸田さんだった。

 にしても。戸田さん、それにほかのみなさんも、いつから私と春臣を見てたのかな……。
 あの社食は弊社からも遠くて、部長以外の方と顔を合わせることは、ほとんどなかったのに。壁に耳あり社食に目あり、ってヤツですか?

「あの御崎さんがねぇ……本当によかったねぇ。あっこれ、何回も言っちゃってごめんね? でもね、彼と付き合うようになってから、まぁ見違えるように、どんどんキレイになってっちゃって……それ見てるこっちも、なんかキュンキュンしてきちゃって。いやほんと、ゴチソウサマ、って感じだったなー」
「アハハ、ハハ……」

 キレイ、なんて言われるのはうれしいのだけど、これはあくまでも当社比、ならぬ当事者比。
 あくまでも! 過去の御崎十緒子 VS 現在の御崎十緒子、なのである。
 それでも、すっごくうれしい……んだけど、ちょっとだけ、いたたまれない。

 私の過去の喪女っぷりをご存じの、社内のみなさまからすると、私は。

 ある日突然イケメンと付き合うようになって、それをきっかけに大変身しちゃった女子、……だったりする、わけで。

 どうやら、喪女です、と全身で主張していた女子が徐々に、脱皮していくかのように成長するサマを、社内のみなさまにお見せしてしまったようなのだ。
 特に、毎日近くで私と接していた戸田さんには、モロだったらしく。

 確かに戸田さんからはこのくだり、何度も聞かされてて……つまり、それくらいのインパクトがあったらしく、私としてはやっぱり恥ずかしいというか、でもあのときは春臣にけなされないよう必死だったし、いまとなっては、えーいもう、お見せしちゃったもんはしょうがないよね、って感じだ。
 
 でも戸田さん、『彼と付き合うようになってから』というのは、ほんとはちょっと違うんです。
 メイクやその他諸々を頑張り出したあのときはまだ、私と春臣は、付き合ってなんかなかったし。

 だけど……私は、たぶんあの頃から、好きだったから……まあ、いいのかな……。

 って、わああっ!
 戸田さんと話してる最中なのに、なに、この思考は?!

 あわてて、頭に湧いた色ボケな思考の雲を脳内で振り払っていると、向かいの戸田さんから、「あらー」という声が上がる。

「顔、真っ赤……ラブラブなんだねぇ。なんだー、めずらしく社食じゃないから、ケンカでもしたのかしらって思ってたのに」
「え、」

 ケンカ、ということばに、咀嚼と箸を止めたのを、戸田さんは見逃さなかった。

「あれ、ケンカは、した? ……さてはこれ、弁当ベン? 豪華だし、まさか……浮気されちゃった、とか?」
「うっ、浮気?! さ、されてないです!」

 浮気って! すんごい単語飛び出してきた、けど……詫び弁当、は、そうかもしれない。『いきなり帰って悪かった』って言ってたし、そうか、そういうことだったのかな……?

 つい黙ったまま、今朝の春臣の様子と思い出していると、戸田さんの「ごめんね、話、突っ込みすぎたかな」という声が聞こえてきて。私はハッとして顔を上げ、「いえ、すみません、考え事しちゃってました」と答えた。
 しばらくそれぞれでお弁当を食べ進め、先に食べ終わった戸田さんが席を立ち、カップ式自販機のコーヒーを手に戻って来た。

「おごり。よかったら飲んで」
「えっ、あ、ごちそうさまです」

 お弁当箱を片付けて、温かいコーヒーをすする。ミルク・砂糖入り、好みよりは少しだけ甘めなそれにホッと息をつくと、戸田さんが言った。

「さっきはごめんね。いきなり、浮気された? は失礼だよね」
「いえそんな、びっくりしただけで」
「でもケンカはした、のかな?」
「うっ、す、少し……」

 なんと返していいのか戸惑っていると、戸田さんがいつものほわほわな笑みを深めて、「そっかぁ、そうなのね」と言いながら、うんうん、とうなずいている。

「まーねー、付き合ってれば、そんな日もあるわよねぇ。でもそれで、こんなお弁当作ってくれるなんて、素敵だわー。……ったく、アイツもこういう男と付き合ったほうがいいのになー。あ、同期の友達がね、実は社内恋愛してるんだけど、彼の浮気で悩んでて。それでつい『浮気』なんてことば、口にしちゃったんだけど」
「浮気、されちゃったんですか?」
「そうなの。付き合う前からそういう男だって、ウワサもいろいろあったのに。なんでそんな奴好きになっちゃうのかしらねー。ま、でも、浮気なんて意外と、ありふれてるからね。御崎さんも気をつけて?」
「ありふれてる……」
「御崎さんの彼、モテそうだし。引く手数多あまたなんじゃない? なんてね、冗談冗談。でももし浮気したら……この前ね、イイ感じのおまじない見つけたから、それ試してもらいたいなー」

 一瞬、戸田さんのほわっ、な笑みが、ニヤッに変わった。

「なんでもね、浮気再犯率ゼロのおまじない、なんだって。手順はちょっと怪しいんだけど、誰かやってみてくれないかなー、ってね」
「えー、怪しいなんて聞いたらそんなの、イヤに決まってるじゃないですか」
「興味あるんだもの。自分でやれるならやってみたいけどさ、浮気とかその前に、カレシがいないんだもの。でも私、浮気するような奴とは付き合いたくないし付き合わないから、そしたらほら、誰かにお願いするしかないでしょ?」
「えええ。そんな、むちゃくちゃな~」

 そうやって、戸田さんと笑いあって昼食を終えた私は、タッパーを給湯室で洗いながら、通路を移動しながら、トイレで身支度をしながら、考え続けていた。

 浮気、かあ。
 そうか、世間のカップルさんには、そんな悩みがあるんだなあ。
 いやいや、ヒトゴトではない……って、春臣は浮気をするようなヒトじゃないと思うけど、でも、すっごくモテるヒトだし。

 そもそも付き合ってるカノジョというものがありながら、ほかのヒトを好きになるっていうのは。
 たぶんその前に、お互いの気持ちのすれ違いが、あったりしたのかな。
 そんでもってそれは、ハイ、ココカラデシタ~! って、ものでもなく。いつの間にか、気がついたらすれ違っていました、って感じ?
 ……そんなの、やだな。

 彼のこと。
 私、知らないことばかりだ。
 っていうか。
 ちゃんと知ろうとしてなくない?

 なんでメガネかけはじめたのか、とか。
 どうしてそんなに料理上手なのか、とか。

 それに。
 実は、もっと前から気になっていて、でもフタをするように、彼に訊かなかったことがある。
 ……春臣のお兄さん、睦也ちかなりさんの、言っていたこと。

『僕もね、春くんと同じ霊感体質で、それを生かした仕事をしてるんだ。って、どうせ春くんのことだから、キミになんにも説明してないんだろうね。護符のこととか……』

 春臣が自分に使っているという、護符のこと。
 それにあのとき、冬芽ふゆめさんに使ったおふだ
 睦也さんのお仕事のこと。

 私は春臣にそれを、訊けなかった。
 確かに、睦也さんの言う通り、春臣が私に説明することはなかったから。
 それなら私から、そこに踏み込んじゃいけないよね、って思って。
 それで、考えないようにした。
 踏み込んでしまって……彼に嫌われたくなかった、から。
 私なんかが彼に、そんなこと訊いていいのか、いまもわかんなくて。
 だったら、訊かないでいたほうが、現状維持出来るならそれで、いいよね?

 ……なんて。
 『生き霊になりがち女子』の分際で、現状維持、とか。
 そんなおこがましいことばっかり考えてるから、なんにも見えてなかったんだ。

「……あ。お疲れ様です」

 洗面台にめり込んで洗面台を見下ろす、清掃員の制服を着た幽霊さんな彼女に声を掛けながら私は、洗面台の髪の毛をペーパータオルでさっと集めて捨てた。最初の頃より汚れが少なくなって、邪もあまり見かけなくなった気がする。
 手を洗ってふと気がつくと、幽霊さんな彼女が、首をかしげてこちらを見ていた。

(あのねっ、昨日、つがいちゃんとケンカしちゃったんだよっ、ひそひそ)
(ケンカしたばっかだしなー、浮気も心配になるよなー、ひそひそ)
「もーちゃん、あおちゃん? 幽霊さんにそんなこと、教えなくっていいよね?」

 社内持ち歩き用トートバッグに巻き付いていたピンクと青のヘビの体が、いつの間にか幽霊さんの近くにいて。
 それを聞いたっぽい幽霊さんは、反対側に首をかしげてみせる。
 不気味さ加減は相変わらず、なんだけど。
 もしかして、心配、してくれてるのかな。

「……うん。ちゃんと、話すよ。だから、だいじょぶ」

 幽霊さんに、というより、自分に言い聞かせる。
 だってお弁当、おいしかったし。
 詫び弁当とか、そういうんじゃなくても……あれは彼が、私のために作ってくれたお弁当で。

 ……現状維持じゃ、だめだ。
 いろいろ、ちゃんと、確かめなきゃ。
 すれ違うなんて、やだ。
 それは絶対に、イヤだから。


つづく →<その19>【後編】はこちら


あなたに首ったけ顛末記<その19>
◇◇ 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください ◇◇【前編】・了

(この物語は作者の妄想によるフィクションです。登場する人物・団体・名称・事象等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。)


【2024.1.31.】up.


☆あなたに首ったけ顛末記・各話リンク☆

<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です

【生き霊ストーカー・編】
<その2> 鑑賞は生に限るが生き霊はイタダけない
<その3> 水野春臣の懊悩と金曜日が終わらない件
<その4> 御崎十緒子のゴカイ☆フェスティバル
<その5> 手は口ほどに物を言うし言われたがってる
<その6> 日曜日には現実のいくつかを夢オチにしたっていい

【ヘビたちの帰還・編】
<その7> 吾唯足知:われはただ「足りない」ばかり知っている
<その8> 天国には酒も二度寝もないらしい
<その9> どうしようもないわたしたちが落ちながら歩いている
<その10>「逃げちゃダメだ」と云わないで
<その11> アテ馬は意外と馬に蹴られない
<その12> ”〇〇”はゴールではない、人生は続く
<その13> イインダヨ? これでいいのだ!

【御崎十緒子の脱皮・編】
<その14> 耳目は貪欲に見聞し勝手に塞ぎこむ
<その15> 人生と誕生日は楽しんだもん勝ち
<その16> 隠者のランプは己を照らす
<その17> 闇で目を凝らすから星は輝く
<その18> トラブルには頭から突っ込まないほうがいい
<その19>  痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【前編】
<その19>  痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【後編】

【(タイトル未定)・編】
<その20> 招かれざる客は丁重にもてなせ

マガジン・小説『あなたに首ったけ顛末記』
 ↑ 第一話から順番に並んでます。
#あなたに首ったけ顛末記
 
↑ ”新着”タブで最新話順になります。

マガジン・小説『闇呼ぶ声のするほうへ』(スピンオフ・完結)
 
↑ <その14>のあとに書いたのでその辺でお読みいただくと楽しいかも? 


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