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あなたに首ったけ顛末記<その19・ 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください >【後編】

ご来店ありがとうございます。コチラは『異能もの現代ファンタジーラブコメ』女子向けライトノベルなお話の<その19>です。お口に合いそうでしたら、ひと口だけでもいかがでしょうか?

最初のお話:
<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です
前回のお話:
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【前編】

マガジン・小説『あなたに首ったけ顛末記』
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+++
 記事分けした<その19>の後編でございます。
 前編と後編で文字数が大幅に異なるのはご愛嬌ということで、テヘペロ☆ あっイヤん、文字数多いからってため息なんかつかないで、見捨てないでっ?

 この度も当店まで足をお運びくださって、ありがとうございます!
 ではでは、ごゆっくりどうぞ~。


あなたに首ったけ顛末記<その19>

◇◇ 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【後編】◇◇

(7300字+8900字)

御崎十緒子みさきとおこ:絵を描くのが好き、幽体離脱で生き霊になりがちな、首フェチ27歳会社員女子。黒髪ロングふっくら頬の和顔。十匹の実体のないヘビを従者にしている。
水野春臣みずのはるおみ:十緒子にナイスバディと認められた体の持ち主、顔立ち濃い目、口が悪く霊感体質の27歳会社員男子。十緒子と付き合っている。
御崎玄みさきげん:十緒子の父。ひょろひょろした体型・長い前髪の見た目40代な50代。旧姓は安達。ヘビたちの封印と共にその存在を隠されていた。なぜか大量のオーブを引き連れている。

十三匹のヘビ:人語を話す、手のひらサイズの実体のないヘビたち。それぞれ違う色の体を持つ。自身を蛇神に捧げた巫女(とみ)の選ばれた子孫の前に現れ、その子孫の”従者”となる。それぞれで様々な特殊能力を持っている。

・以下の十匹十色は十緒子の従者となっている。幼少時の十緒子がそれぞれの色に合わせて名付けた。登場順:白(しーちゃん)/紫(むーちゃん)/青(あおちゃん)/赤(べにちゃん)/灰(はーちゃん)/茶色(ちゃーちゃん)/桃(もーちゃん)/緑(みーちゃん)/黄色(きーちゃん)/橙(だいちゃん

・金色ヘビ:華緒子の従者でハナと名付けられている。
・銀色ヘビ:高緒の従者。
・黒のヘビ:真緒子の従者(詳しくは→ 『闇呼ぶ声のするほうへ』)。

<3>水野春臣は丸呑みを所望する

(7300字)

『でも、十緒子と付き合うのなら。この先ずっと、そのやっかいな力以上に、やっかいなことに巻き込まれるよ。それでも、いいのかい?』


 あのとき御崎玄にそう投げかけられ、『それは、覚悟の上です』と、はっきり答えたってのに。

 俺はいろいろ、矛盾してる。
 そりゃ、腑に落ちねぇよな。

 あんな幽霊一匹をどうするか、なんて。言ってみりゃ些細なことでイラついて、器が小せぇっていうか。
 すでに十匹ものヘビがいるってのに……いまさら、だろ?

 けど、十緒子の言い分すべてを認める、ってのは。
 何度も考え直したが、それは違うだろ、と思う。
 後先考えねぇでトラブルに頭から突っ込んでいく感じ、里香さんと同じかよ。
 だが里香さんと違って、十緒子が相手にしようとしてんのは、幽霊であり怪異だ。その時点で、許容なんか出来るはずがない。
 怪異なんてモンには、関わらないのが一番、だろ?

 ……いや。
 だが、本当は。
 俺はどこかで、わかっている。

 十緒子、は。
 怪異と関わることのない普通の、どこにでもいる27歳の女には、なれない。

 あいつが怪異と無関係でなんか、いられるはずがないのだ。

 十緒子の添い寝をしたときに聞いた、十緒子と白ヘビたちとの会話……ヘビどもが華緒子に頼まれて怪異を探してるとかなんとかいうヤツも、俺は寝たフリしてやり過ごし、聞かなかったことにしたつもりで、だがどこかにくすぶらせていた。
 十緒子が休日に、華緒子の手伝いをする、とかいうのもそうだ。口出しこそしないものの、内心穏やかではなく。
 が、そうやって十緒子が、なんだかんだ怪異と関わる方向に足を踏み出すのを、俺は黙って見ているしかないのだ。手出しも、なにも出来ねぇまんまで。

 で、いざ直面してみりゃ……ああだもんな。
 手出しは出来ないけど、口は出す、ってか?
 それでも隣に立つ、と決めたくせに。
 どこもかしこも矛盾だらけかよ、俺は?

 昨日、十緒子から逃げ出してアパートを出、電車に乗った俺は。
 最寄り駅で食材を調達して帰るなり料理をはじめ、そんなこんなをぐるぐると考えながら、なにかしらを作り続けていた。
 そしてふと気がつくと、作り置きで冷蔵庫が満タンになっており、それで俺の頭も、多少なりとも冷えたようで。

 あの幽霊のこととか、怪異と関わるのがどうとかは、ともかく。
 十緒子の前で感情的になって、部屋を出てってしまった。
 それだけは……まぁ控えめに言っても、最悪、だろ?

 なーにが『俺も、大人になったもんだと思う』だ、イラつき、感情を抑えられずに、十緒子の気持ちなんかお構いなしで、その場から逃げる、だと?
 こういう修羅場っぽいのをどう対処すりゃいいのか、経験値がねぇんだよなぁ? そういうのが面倒で、だからそれを、ずっと避けてきたわけだし?
 それでよく、同棲するだのなんだの……ハッ、まだひとりでほざいてるだけ、十緒子に宣言してなくて、ほんっとよかったな?

 ……それで。
 だからあれは、詫び弁当ベンのようなもの、なのだが。
 今朝の俺は、開口一番に『悪かった』とは言えたものの、弁当を押し付けるだけ押し付け、半ば逃げるように出社する、とか……。
 クソッ、矛盾だらけでグダグダな俺自身にも、すっきりしねぇこの感じにもイラつく。
 昨日の俺は、それを十緒子にぶつけるようなキスまでしやがって……ガキか。
 
 仕事中も、そして仕事から上がって、いつもの落ち合い場所で十緒子を待ちながら俺は、そうやってまた結論とか結果の出ない渦のような思考に呑まれ、悶々としていたのだが。
 到着した十緒子が「お待たせしました」と言ったきり、無言で俺の顔を凝視するその視線を受け……なんでか、妙な方向に思考が振り切った。

 頭ひとつ分背の低い、華奢な体。
 まっすぐに落ちる長い黒髪、やわらかいと知るふっくらとした頬、そして唇。
 まん丸で、光を内包する黒い瞳。
 少し不安そうに俺を見つめる、その表情。 

 あー……俺のイラつきとか幽霊のこととか、そんなんもう、どうでもいい。抱え込んで、キスして……いや。

 いっそこいつを、丸呑みに出来ねぇかな?

 所有欲? そんなんじゃ足りねぇ気がする。その不安げな表情を俺が崩しても、そうやって俺を注視し続けるかどうか、確かめてみたい、とか……。

 っ、待て待て待て。落ち着け、考えすぎて頭イカれたのか?

 残っていた理性を奮い立たせた俺は、全力で、だがさりげなく十緒子から目をそらし、今朝俺が渡した、弁当の紙袋を見つけた。そして俺の、よくわからない衝動を抑えるために、十緒子の手からそれをゆっくりと外し、奪う。
 十緒子がそれにハッとして、そこでようやく俺の顔から視線がそれた。

「お弁当! ごちそうさまでした、すっごくおいしかった、です」

 さっきから、なんでまた敬語になってんだよ、と思いつつ、そこは流す。

「足りたか?」
「は……うん。一緒に食べた先輩に、『運動部男子のお弁当?』って言われて。さすがの私も、おなかいっぱいになった」
「なら、よかった」

 十緒子も俺も、その場で立ち止まったまま黙り、十緒子はまた俺をじっと見つめる。
 なにか言いたそうにしてるとわかり視線を返すと、十緒子が口を開いた。

「メガネ、かけてる……よね」
「……ああ。そうだな」
「あのとき、私の誕生日の朝からメガネかけてたけど。その理由とか私、ぜんぜん考えてなくって、今朝になってやっと、あれ? って思って。あおちゃんが教えてくれなかったら私、わかんなかった……霊感が、強くなっちゃったんだよ、ね?」

 十緒子のバッグを見ると、巻き付いているはずのヘビどもがそこにはおらず、そのへんにも浮かんでない。
 姿を消してるだけなのか、どこかに出掛けたのか。ったく青ヘビの奴、余計なこと教えやがって、と思っていると、十緒子がぽつぽつと話し出した。

「私、春臣から話、聞いてたのに。昔っから幽霊とかそういうのに苦労して、体を鍛えたり、護符まで身に着けてるって知ってたのに。霊感が強くなって、メガネが必要なくらいつらくなってるのに、ぜんぜん気付かなくって、なのに追い打ち掛けるようなこと言って……ごめん、なさい」
「追い打ち?」
「その、幽霊さんのこと。『幽霊さんに付き合う』なんて、春臣にとっては、すっごく嫌なこと、だよね? っ、だから怒って、出てっちゃったんだよね?」

 ぐ、『怒って、出てっちゃった』、か……。
 確かに、幽霊と付き合う、なんてのは嫌なことではあるが。
 俺はそれ聞いて怒って出て行った、わけではない。

 おまえが後先考えねぇで行動するし、俺の言うことなんか聞く耳持たねえって感じだったから、それにイラついて……そのイラつきを十緒子にぶつける俺にも、心底イラついて。
 そんで、俺がそういう俺を持て余して、それに耐えられなくなってしまった。

 言ってみりゃ、それだけの……そういうこと、か。

 あークソ。
 小さい男だな、俺は。
 いまここでも、その微妙なズレを否定も出来ずに、黙るしかねぇ、とか。

 十緒子もそこで黙り、うつむいて、バッグの柄をぎゅっと握っている。と思うと顔を上げ俺を見て、だが、また視線を地面に落とした。

 ……つまり。
 おまえにはまだ、言いたいことがあって。
 けど、言いづらくて言い出せない、それは、俺の態度とかそういうののせい、で……。


『……なあ、おまえさあ。生き霊になると、文句言えるようになんだな』

『気付いてねぇの? おまえ俺に向かって文句、言ったことねぇだろうが。ワガママとか……本当は、いろいろ思うことあんだろ』


 少し前、俺が十緒子に、そんなふうに指摘したことを思い出す。

 また言いづらくさせて……と、いうか。
 昨日なんか、口ふさいで黙らせたじゃねぇか。
 学習能力もねぇとか、終わってんな?

 俺はそこで盛大にため息を吐き、十緒子がそれにビクリ、と身を震わせる。しまった、誤解させたか、と内心あわてた俺は、十緒子の頬に手をすべらせて撫で、触り心地のいい長い黒髪を頭を撫でながらこうとし……指に慣れない感触があって、そこに目を落とした。

 ……ピアス?
 連休中に、開けたのか?
 聞いてねぇ、けどつまり、そんなことすら言いづらくなってた、のか?
 それに俺も、昨日から気付けてねぇとか、大概だろ。

 いや、とにかく。
 こいつが俺に、なにかを言い出せずにいる状況を、なんとかしねぇと。

 しばらく無言で十緒子の耳とピアスを撫でていた俺は、ふと思い出して十緒子から手を引き、カバンからカードケースを取り出す。
 そこに折りたたんで入れていたチケットを抜き出し、十緒子の前で広げた。

「なぁ。少し寄り道していこうぜ」


◇◇◇

 一枚だけ残してもナンだから、と里香さんに押し付けられた、展望台の無料チケット。
 それは俺らの勤めるオフィスビルの並びにある、この街のランドマーク的な高層ビルの、展望フロアの入場チケットだった。
 昔から存在は知っていたのだが、入場するのは初めてだ。そういや、展望フロアの下にあるホテルに入ったのも、華緒子に呼び出されたあのときが初めてだったな。景色なんてモンは、見る余裕なかったが。

 移動して窓口でもう一枚チケットを購入し、展望フロアまでのエレベーターに乗る間も、俺らは無言のまま、手もつながず。
 エレベーターを降りて、照明が絞られている薄暗い展望フロアをゆっくりと歩き、定番の観覧車なんかが見える位置で、夜景を見下ろし。
 そこでやっと十緒子の口から、「デートみたい……」ということばが、ぽつりとこぼれた。

 気持ちいつもと違う表情かおした十緒子の横顔と、無防備なセリフ。
 ふ、なんだこれ、ヤバいな。
 さっきの、わけわからん衝動が、また……。

「デートみたい、けど違う、ってことか」
「えっ、あれっ? みたい、じゃなくて、デート?」
「違うのか?」
「え、でも、」
「そっか、じゃあデートじゃねぇんだな」

 並んで立つ俺を見上げた十緒子のぽかん、とした表情が、ムッとした様子に変わる。心なしか頬を膨らませ、十緒子は俺から視線を外した。
 クソ、当初の目的忘れてるだろ、しっかりしろよ俺……などど思いつつも俺は、十緒子の手を取り、わざわざ十緒子の耳元に顔を近づけてから言う。

「なあ。言いたいことあるなら、言えよ。ちゃんと聞くから」
「っ、なっ……もうっ。怒らせちゃったの私、ずっと謝らなくっちゃって思ってて、なのにそんなふうに、ズルい」
「ズルい、か?」
「それに、」

 言いかけておいて口をパクパクさせる十緒子に俺は、湧き上がってきたいろんな衝動をどうにか抑えながら、「それに?」とオウム返しにして続きをうながした。
 十緒子は少しだけ黙って、だが俺の手を握り返し、ようやく口を開く。

「……『ちゃんと聞くから』、って。そんなこと言って、そうやってからかったり、するし、」
「それは、すまん」
「それに、昨日、だって……帰っちゃった、くせに」
「……ああ、そうだな」
「前も、そうだったけど、春臣は。……全部、ひとりで結論、出して。私のこと、置いてっちゃう」

 連休明けの平日、閑散とした展望フロア。
 それでも何組かはいる他の客と雰囲気に気を遣い、ぼそぼそと小さな声で。
 十緒子が一個一個のことばを選ぶように、言いづらそうにことばを並べる。
 『前も』ってのは、俺がこいつに触れるのを避けてた、あのときのことを言っていて……『ひとりで結論出して』、か。チッ、痛いところ突くな。
 でも、その通りだ。

「そう……だな。悪かった、謝る」
「それに、そう、『イジワルしない』って、言ってたのに。すぐイジワルするし」
「イジワル?」
「『嫌われるようなコトしない』、って、」
「してないよな?」
「……たまに、してる。すぐからかったり、いまだって、急に耳元で、」
「ああ、」

 十緒子の耳元で「こういうの、とか?」と囁いてやると、十緒子がバッと手を離して耳を押さえ、「イジワル」とつぶやきながら俺をにらむ。
 なんだろうな、里香さんがするのと反応が違うのは。
 まぁ俺は、王子様ってヤツじゃねぇし?

 っと、また調子に乗ってんな。十緒子がむくれてんだろ。
 けど、ほんっと抑えが効かねぇ……なんだこれ、クソかわいいんだが……。
 俺がおまえのハナシ聞けねぇのは、おまえのせいだと言ってやりたい。

「茶化して悪かった。なぁ、もっと言いたいこと、あるんだろ?」
「…………」
「嫌われるようなコト、だったか? 嫌いになった?」
「もう……ズルい。でも、わかんない」
「『わかんない』?」

 想定外の答えに、俺はギクリとする。
 嫌われない自信ってモンがどこかにあって、それがグラリと揺らいで……。

「だって……春臣は、怪異を避けてきたのに。どうして……どうして、生き霊になりがちな私と付き合ってくれてるのか、わかんない。それって、やっぱりヘンじゃないかな、って。だってよく考えたら私、いっこも好かれる要素、ないよね?」

 ……は? そっち?
 ってか、唐突すぎやしねぇ?
 いや……そうか、わかった。
 さっき、落ち合ったときに言い淀んでたのは、これなんだな。

 つまり。
 怪異に苦労してきたくせに、なんで生き霊になりがち女が好きだとか言ってんだ、と。
 そういうこと、だよな?

 に、しても……おまえ、さぁ。
 ここまで来て、それにもう、いろいろとヤることヤってんのに、まだ信用がねぇ、とか……。

「『好かれる要素ない』って、俺はちゃんとコクったろうが」
「でもおかしいもん、ヘンだもん」
「ヘンってなんだよ、趣味悪いみたく言うな」
「趣味悪い? 趣味悪いんだ、そっか」
「はぁ? なんでそうなる、」

 お互いの声の大きさにハッとして、二人して口をつぐむ。観覧車が見下ろせるこの場所には多少人が集まっていて、俺らはどちらからともなく歩き出し、そこから移動した。
 少し歩いて人気のない、階段状に三列ほど設置された長いベンチを見つけると、俺は十緒子の手を引き、十緒子と共に上段のベンチに腰を下ろした。

「……で? 俺はおまえのこと好きだって言ってんのに、それがなんでヘンなんだよ?」
「ヘンだもん」
「だからなんで、」
「だって、生き霊って幽霊みたいなものだし。嫌じゃないわけ、ない。なのに私と、なんて絶対ヘン、おかしい、普通じゃない」
「『普通じゃない』って、おまえな……」

 隣でむくれてうつむく十緒子の手は、それでも俺の手から離されず、むしろ握ってくる。
 メチャクチャだけど、なんか……わかってきた。

 薄暗がりでぼそぼそと、抑えた声量で言い合いを続ける俺らは、ハタ目にはどう見えるんだろうな。
 並んで身を寄せて、顔を近づけて。
 まさかケンカしてるとは思わねぇ、『デートみたい』に、イチャついてるように見えんじゃねぇの?

 こんな状態でいまさら、俺が言ってること疑うってのは。
 怒ってんのか、不安にさせちまったのか……まぁ、両方、なんだな。
 その原因は間違いなく、『怒って出てっちゃった』昨日の俺、で。

 それで? だからって……おまえは俺に、なに言わせようとしてくれてんだ?
 俺はいま、完ペキにシラフだぞ? こんなことなら売店で売ってたビール、スルーするんじゃなかった。
 ……まぁ、いい。
 けど、覚えてろよ。

「……俺は。そもそもおまえの、生き霊の姿に落とされたんだぞ」
「え……オトサレ、た?」
「おまえの。あの幽体の姿がアホみたいにキレイで、見惚みとれて。そんで内心、すげぇビビッてたんだからな、こんな霊追い返せんのかよ、って。けど結局、俺はおまえを突き放せなかった。おまえに会うたび、おまえとあの幽体が重なって……そうだ、そもそも俺のほうが『先』だったんだからな」

 体をさらに寄せ、手を握り直し、俺は続けた。
 こっぱずかしい言い回しやらなにやら、そんなモンはさっきから、どうでもよくなっていて。
 けど、言わされるからにはとにかく、十緒子を言い負かしてやりたい。

「おまえはあのとき、これっぽっちも気付かなかったみてぇだけど。いくら緊急事態だったからって、好きでもねぇ奴とあんなキス、するわけねぇだろ? あぁ、そういやおまえ、あの頃からいろいろと、散々、スルーしてくれてたよな……」
「えっ……ええっ? キス、それってあの、生き霊さんを追い払ったときの、」
「だーかーら。好きになったのは、俺のほうが『先』、だからな。なんなら、生き霊だったおまえにヒトメボレしました、ってもいいかもな? で? それがヘンで、おかしい? そんなん、おまえに言われる筋合いなんて、これっぽっちもねぇんだよ」
「っっ、………………」

 よし、勝った。いや、なにマウント取ろうとしてんだ。俺は本当に、シラフなんだよな?
 まぁ……ある意味、こいつに酔ってると言えなくもないか?

 うつむいて黙ったままの十緒子に、俺はたたみかけるように、耳元で言ってやる。

「シラフの俺にここまで言わせておいて、おまえ、タダで済むと思うなよ。それに言いたいこと、まだあるんだろ? 全部聞いてやるし俺も、訊きたいことも、言い足りねぇこともあるから……今週末は、いろいろと覚悟しとけよ?」
「っ、ズルい……よ」

 握っている手が、熱い。言い切ってやった達成感と、それを聞いて十緒子が悶えてるらしい様子にも、俺は浮かされている。
 たまんねぇな、と思った矢先、十緒子が急に顔を上げ、俺に強い視線を向けた。

「でも! 私のほうが『先』だもん。見つけたのだって、私が『先』」
「……は?」
「うん、わかった。訊きたいこと、いっぱいある。週末、覚悟しとく」

 そう言って、やっと、うれしそうに笑った十緒子に……俺は脱力し、握っていた手が緩む。
 十緒子はその隙をつくように、両手で俺の手を握ってくるし。

 こいつ。『覚悟』の意味、絶対わかってねぇし、誤解してるよな。
 それに……ったく、だからなんで俺は、勝てねぇのに勝とうとするんだ。
 ほんっと、学習能力、ねぇよな?



<4>水野春臣は食んで存在を主張する

(8900字)

「あれ? でもじゃあ、なんで怒って出てっちゃったの?」
「俺の言うこと聞かねぇのにイラついたんだよ。けどそれは、マジで悪かった」
「でもやっぱり、私にイラついたんだよね?」
「いや、そう、なんだが……けどどっちかって言うと、俺にイラついたんだと思う」
「……?」
「言いたいことが上手く伝わんねぇのにイラつく、そんな感じ」
「……そう、だったんだ。そっか……うん、でもよかった、よくなかったけど」
「どっちだよ」
「っ、よくなかった! あのあと、あれぜーんぶ、ひとりで食べたんだよ?」
「あーはい、すみません」

 展望フロアから降りて、駅までの道すがら。
 さっきまでの距離を保ったまま、俺は十緒子と手を絡めて歩いている。
 ヘビどもがいないのは、十緒子が前もって頼んでいたからで、俺に気を遣ってのことらしい。
 そんなの正直いまさらなんだが、多少の開放感はあるかもしれない。
 もちろん、いま感じてる開放感の、その理由のほとんどは、そっちではないのだが。

 駅のホームで電車を待つあいだも、俺らは展望フロアでのように身を寄せ、他人の耳を多少気にしながらぼそぼそと話していた。

「あーでも。いつだかみたく、また生き霊になって乗り込んでこなかったのは、よかったな」
「えっ」
「あぁ、そういう意味じゃねぇよ。つまりおまえが、俺に言いたこと言えなくて生き霊になる、って流れじゃなくて、ってことで。だからそれも俺がわりいんだけど、まぁ、もっとワガママ言えば? って話だよ。そうだな、おねだり、とか……なんか、ねぇの?」
「おっっ、おねだりっ?」
「ん? なんだよ? あぁ、こんなトコじゃ言えない、エロいことでも思いついたのか?」
「ち、ちがっ」
「視線が合わねぇし、こっち、見てたんだろ。……待てよ? よく考えりゃ俺、カラダ以外でおまえに好かれる要素、いっこもないわ」
「なっ、そんなっ……もぉっ、からかわれてばっかり、ズルい!」
「あれ、否定しねぇんだ? やっぱカラダ目当てかよ」
「『目当て』って、ちっがうもん! カラダだけじゃないもん!」
「へぇ、例えば?」
「例えば、って、それは……っ、無理無理むりムリっ、こんなトコで! ほらっ、電車来るし、」
「ふーん。俺にはすっかり言わせたくせにな?」
「っっ、そんなの、だって、さっきとココとは全然違うぅっ! うう、もう……怒っちゃおっかな。うん、怒ってもいいよね」
「ハッ……悪かった、怒るなって」

 ホームに滑り込んできた電車は、いつも乗る時間帯の電車よりも混んでいた。
 俺が十緒子を見下ろすと、十緒子も俺を見上げている。

「えっと、ちょっと混んでるから、春臣、だいじょぶかな、って。一本、待ってみる?」

 考えたことは一緒で、人混みで多くなっている陰の気や念に当てられないかどうか、の心配。さっきメガネのことがバレたからな、しょうがねぇんだけど。
 俺はメガネとマスクに手をかけ、位置を軽く直しながら答えた。

「俺のセリフだろ。おまえは?」
「私は、だいじょぶ。いざとなればヘビのみんなもいるし、あとね、もう……えっと、だいぶ、慣れたんだ」
「へぇ。ならいいか。まぁ大丈夫だろ、手はこうして、しっかり握っててやるし?」
「……いいよ、つないでてあげる」
「ふ。言うじゃねぇか」

 マスク越しにもわかる照れ顔が、ホームドアのほうへ向けられる。
 十緒子の手を握りしめながらふと、まだ付き合ってなかった頃の、手をつないだだけで挙動不審になっていた十緒子を思い出し、俺の口角が上がる。
 そうだよな。ちゃんと前進してんだ、おまえも……俺も。

 車内はつり革がちょうど余らないくらいの混雑で、最後に乗り込んだ俺と十緒子は扉の端で、自然と身を寄せる格好になる。
 帰宅ラッシュ、人々が無意識に飛ばす、念や気が漂う車内。
 それらに引き寄せられる怪異に俺は、普段から気を張って警戒しているのだが。

 それが取り越し苦労で終わるときも多いが、今日は……。
 いる、な。ザコが、いくつか。
 車内に溜まる陰の気を貪っている奴ら。
 真っ黒な邪、それに、もう霊とも呼び難い、邪に近いナリをしたザコ霊ども。
 まぁでも、こんだけイチャついて……生きてる人間の本分を見せつけてやれば奴らは、俺らのほうには好んで寄らねぇだろうし、最悪でも俺の護符が奴らを弾く。十緒子も、俺とこんだけ密着してりゃ大丈夫だろう。
 ただ、奴らに当てられておかしくなる人間ヤツがたまにいるから、気は抜けねぇけど……。

「もーちゃん」

 と。俺にかろうじて届くくらいの小さな声で、十緒子がつぶやいた。
 途端にポンッ、と音がして。
 十緒子の肩に、透明でつやつやと光る、ピンク色の小さなヘビが現れた。

(はーいっ、もーちゃんだよっ。十緒子ちゃんっ春臣ちゃんっ、仲直り、出来たのっ? わあ、混んでるねっ、ひそひそ)
「あのね、もやもやを薄めてほしいんだ。お願い」
(やった、もーちゃんの出番だねっ! あ、いけない、オッケイ十緒子ちゃんっ、もーちゃんにまかせてっ、ひそひそ)

 騒がしいのか小声にしてぇのか、どっちなんだよ。どっちにしても、霊感ない奴には聞こえねぇけどな。もやもや、と十緒子が言うのは陰の気や邪のこと……で、ここで力を使う気か? そこまでしなくても、と思い口を開こうとして。

(よーし、いっくよっー? 必殺! もーちゃんのー、すぺしゃるー・びゅーてぃふるー・こーじゃすー・はっぴー・らっきー・すまいるー、……)

 十緒子の肩の上で桃ヘビが、頭をのけぞらせながら、ゆるやかに回転しはじめ。
 俺の口は着けているマスクの中で、半開きのまま固まっている。

(……、みらくるー・わんだー・ふらわーしゃわーっ! そーれっ!)

 車内に突如として、無数の花びらが舞う。
 赤、白、黄色、オレンジ、ピンク、紫……無節操にカラフルな、バラやなんかの花びら、そしてそれらと共に、あたり一面に花の芳香があふれ。
 が、車内にいる人間は誰も、それに反応しない。

 これは、霊感のある人間でないと認識できない、実在しない花。
 いまここで、これらの花びらを視てその香りを感じているのは、十緒子と俺だけだ。
 まぁ視えるヤツがほかにいたとしても……現実感なさ過ぎて、反応なんか出来なかったんじゃねぇか?

 芳香のせいなのか動きが鈍り、動けなくなったザコ霊や邪が、舞う花びらに触れ。キィキィと耳障りな声で哭きながら、塵のように姿を消してゆく。
 どうやら花びらは、それぞれに意志を持つかのように奴らに吸いついてゆき、吸いついた対象とともに消滅する、そういう力を持っているようだ。
 それが目の前で繰り返され、俺の目が届かない場所からも、奴らの断末魔のうめき声が聞こえ……。

 ……おいおい。
 明らかに、やりすぎだと思うんだがな?
 この車両まるごと、なんとかしちまったんじゃねぇの?

 ほぼ俺の腕の中にいる十緒子が「……うっふ」と謎のことばを漏らし、宙を見上げ目をキラキラさせている。確かにきれいなんだが、見惚れてる場合じゃ……いやなんか、もうどうでもいい、か……?

 脱力しかけた俺は、いややっぱり止めるべきだよな、と思い直し。
 が、次の瞬間、すべての花びらが消えた。

(おしまいっ。薄めるくらいでっ、いいんだよねっ)
「うん、ありがと、もーちゃん」
(十緒子ちゃんっ、大好きっ)

 回転を止めた桃ヘビは十緒子の肩に立ち、それから十緒子の頬に(チュウッ)と音を立てて、いや声に出しながら、キスをした。

 花びらの幻影が消えた、車内。混雑の中帰りを急ぎ閉塞感を我慢する人々の、あらゆる念や気に満ちていた空間は、心なしか空気がやわらかなものになったような気がする。
 実在のない花の香りが、まだわずかに漂っていて……それに誰かしらが気付いた様子は、やはりない。
 もちろんこの、見るからに怪しい、ピンク色のヘビにも。

 ……で、だ。
 気を取り直し。この状況で、俺が真っ先に確認するべきなのは。

「おい。腹、減ったんじゃないか?」
「ううん、だいじょぶ。なんかね、いつもよりすっごい元気な気がする」

 力を使って精力が減ったのでは、という心配だったのだが。
 俺の小声に十緒子も小声と笑顔で答え、だが桃ヘビがペラペラとしゃべり出した途端、秒で顔を真っ赤にした。

(十緒子ちゃんのラブパワーゲージ、満タンだもんねっ。春臣ちゃんのおかげなのかなっ。もーちゃんたちがいないあいだに仲直りしてっ、ふたりでラブラブイチャイチャしてたんだねっ。なんかね、パワーゲージがキラキラしちゃってるっていうかっ、)
「なっ、そんっ、知らなっ……けど、もーちゃん、いったんストップ、しいっ」
(あっごめんねっ、もーちゃん、声おっきかったねっ……ひそひそ、だからねっ、十緒子ちゃんはラブラブパワーで元気モリモリなんだねっ、ひそひそ)
「~~~~っ、もーちゃん、違うぅぅ……」

 ふーん。『ラブパワーゲージ』、ねぇ。
 十緒子の中に、そんなこっぱずかしい名前のモンがあって?
 それのおかげで、腹が減らなくて済んだ、と。
 で。いまは、『すっごい元気』だ、と……。
 じゃあ直前に、なにがあったかっていうと。
 やっぱり、展望フロアで俺にシラフで話させたアレ、だよな?

 ……へぇ。
 つまりそういうシステムね、なるほど?
 わけわかんねぇけど、まぁわからなくもない。

 あぁ、そうか。
 いつだか青ヘビにハメられ……青ヘビから教わった、『キスで精力を補う方法』ってのも、たぶん同じ理屈だよな。

 十緒子は食べるだけじゃなく『ソウイウコト』からも精力を得られる、と……ってか、なにこの、エロコミかなんかに出てくるような設定……いいけど、これもこいつら、ヘビがいるから出来ること、なのか? 赤いヘビと茶色のヘビが十緒子の体内で精力を補っている、とかいう、あれとはまた別で? コッチ方面はこの、クソピンクの管轄だとか、そういうこと?

 けどまぁ。そんなふうに、理屈で考えるようなことじゃねぇのかもな。
 十緒子が『ソウイウコト』で満たされてりゃ、腹の減りが少なくなる、くらいなもんで。
 その仕組みがどうなってんのか、なんてのはべつに、考えなくてもいい。

 だから、俺がやるべきは。 
 ゲージを上げて維持する、より精度の高い方法……それを、知ることで。
 うん、そうだな。そっちを模索するべきだよな?

 十緒子の、今後のためにも。俺はそれを知っておかねぇと、なぁ?
 ふーん、なるほど。これは頑張らないと、だよなぁ。例えば、効率よくゲージを上げるキスってのがどういうものか、とか、検証してみないとわかんねぇし?

「っ、またそれ、そのニヤリ……イジワルなこと、考えてる……?」

 俺の顔を見上げた十緒子がビクリと肩を震わせ、そう小さくつぶやく。
 あぁ、顔に出てた? イジワルなこと? いや、結構マジメに考えてるんだがな?


◇◇◇

 十緒子の最寄り駅に到着し、ホームに降りた俺たちは。
 改札への階段から遠いその場所で立ち止まり、電車が走り去ったところで、揃ってマスクを外し、大きく息を吐いた。

 人気のないホーム。十緒子が俺のスーツの袖をつかみ、俺を見上げて「だいじょぶ、だった?」と声をかけてきた。やっぱり、霊感の増した俺を気遣って、桃ヘビにあんなことさせたのか。メガネを外してしまいながら俺は「あぁ」とだけ答えた。

「一緒に降りちゃったけど、いいの? もう遅い時間なのに」
「だからだろ、送ってくから……、っ?」

 返事をした、直後。俺はゾクリ、と背に這い上がってくるような寒気を感じた。
 それと同時に十緒子も、そっちのほう、俺の後方に視線を送る。
 目と頭を後ろにゆっくりと回してから体をそちらのほうへ向けた俺は、そのまま十緒子を背にかばうようにして、そいつを視た。

 ホームの端。死霊が、ゆらゆらと揺れるように、一匹……。

「目ぇ、合わすなよ」

 俺は自分に言い聞かせるように言う。
 目を合わせるな。
 怪異への対処にはそれが鉄則、御崎玄との話の中でも出てきた、それ。
 だがそうしながらも奴から目を離さず、警戒し続けなければならない。

 ぼんやりと、人のカタチを取った霊。おそらく男で、どうやらこちらに気付いている。
 気配なくじわり、と滲むように、こちらとの距離を詰めてくる。

 視線をぼかしながらもよく視ると、霊体のところどころがまだらになっている。全体的には白が濁ったような灰、まだらは暗く、何色とも言い難い淀んだ色。

 と、目の前をピンク色にさえぎられ、そこに桃ヘビが浮かんでいた。

(あの子はねぇ、悪い子がいーっぱいくっついてたんだねっ。あの模様はっ、その痕だよっ)
「『悪い子』?」
「黒い邪のこと、だよね。もーちゃんその、くっついてた邪は?」
(うんとねっ、さっきの、もーちゃんしゃわーで消えちゃったんだと思うよっ。あの子はもうちょっとで、悪い子に食べられちゃうトコだったんじゃないかなっ)

 十緒子が、つないでいた手をそっと離しながら、俺の前に出た。

「……あのヒト。私を、見てる」

 つぶやいた十緒子が一歩、二歩と歩みを進め、桃ヘビが十緒子の肩の近くに身を寄せるように浮かぶ。

「おい、なにを、」
「飢えと……後悔。後悔と、眩しさ。光を見つけ、飢えに耐えて、あの電車から降りたんだ、ね」

 十緒子はそこで足を止め、だが奴は止まらずに、こちらへ向かってくる。
 十緒子は奴を、まっすぐに見据えていた。

「……ダメ。これ以上、彼に近寄らないで。もーちゃん、」
(うんっ)

 桃ヘビの体が光り。同時に、死霊の動きが止まる。
 死霊の足元に、大きな花のシルエットが視える。
 咲きかけのような、白い花。
 その花の真ん中に囚われ、身動きが取れなくなったまだらの死霊は、その場でふるふると震え出した。

 あの花は、結界か……?
 と、白くて丸みのある花びらの花は、またつぼみに戻るかのように収束しはじめた。

「……待って」
(はーいっ)

 桃ヘビが十緒子に返事をし、大きな花は動きを止める。
 十緒子がゆっくりとした動作で、死霊のほうへ一歩前に踏み出す。
 そして十緒子が、言った。

「後悔と耐え難い辛苦の中で思い出すがいい。道を見失ったのは己自身の責。だがこうして光の存在に辿り着けたおまえは運がいい」

 十緒子の口から出た、それを。
 すぐうしろで聞いた俺の全身に、鳥肌が立った。
 スラスラと淀みなく普段より低い声で話すそれは、明らかに十緒子の口調じゃない、ほかの誰かの……いや、俺はこれを、知っている?

 ……そうだ。
 あのときの、岡田主任の生き霊に語りかけていたときと同じものだ。
 十緒子ではない誰か……それは、巫女神?


『……というか、幽体になって『つながる』ことで、真の力を発揮するのだそうだよ』
『……『つながる』?』
『ヘビ様と、それから、あの巫女神と、ってことらしい。自分が知らないはずの知識や方法が、つながることでわかるんだそうだ』
『っ、神と、つながる?』 


 御崎玄から聞いたことを俺は思い出し、いや、十緒子はいま、幽体離脱しているわけじゃない。
 だが。いまのこの十緒子は、幽体のときの十緒子と同じ印象、で。
 自身が発光して光を帯びる、十緒子の美しい幽体に似た……淡くその輪郭に、オーラのように光を宿らせて、十緒子は立っている。
 奴が見つけた光、ってのはもしかすると、十緒子のこと、か?

 桃ヘビの体が、ふわりと光り。それとほぼ同時に、花びらが舞った。
 さっきのより小ぶりな、桜とか梅とかその類の、濃淡取り混ぜた薄紅色の花びら。
 それらが時折キラリと光を反射しながら、死霊と俺らを囲んで、ドームを形成するかのように漂う。

 そのドームの中心にいる、十緒子が。
 右手をゆっくりと、前に伸ばすようにして肩の高さまで上げた。
 軽く開かれた手は目の前の死霊の、顔の位置を指さすような形で止まる。
 そこで死霊の震えもピタリと止まり、その手、指先が、奴の注意を惹いたのだとわかった。

 相対し。しばらくそのままで静止していた、十緒子の手の。
 手首から上だけが、ゆっくりと動き……奴の視線を外すように、そのわずかに上を指し示す。

 ……と。
 瞬間、死霊が上にスウッと飛び上がり、そして、姿を消した。

(バイバイっ)

 桃ヘビの、のん気な声が聞こえ。
 俺は我に返り、十緒子との距離を縮め、すぐ隣に立った。
 ゆっくりと手を下ろし、それから俺を見上げた十緒子に、俺は息を呑む。
 きれいで、神がかった美しさ……幽体のときの十緒子のような。
 神がかった、といえばさっきのあの、最小限の手の動きもそうだ。

「……浄霊した、のか? その……くべき場所へ導いた、そういうことか?」

 俺が絞り出すように言うと十緒子が、やはりゆっくりと、スローモーションのようにかぶりを振った。

「私が導くわけではない。指し示した先になにを見出すのかは、各々おのおのが選ぶ。そこにいたあれは光を見、それを己の道と選んだ。だが闇と知り選ぶ者も少なくはない。…………よく、わかんないけど」

 十緒子がパチリ、とひとつ、まばたきをした。
 口調と、様子が……元に戻った、のか?

「私……流れ込んできた、あの幽霊さん、の。……念、みたいなのが、聞こえちゃって、つながって……ごめん、なさい」

 十緒子はうつむいて、また俺の袖を遠慮がちにつまむ。
 あぁ……そういうこと、か。
 ったく。おまえも学習能力ねぇだろ。また俺のこと、ナメやがって。
 けど俺はめげずに、十緒子の頭に腕を回し、抱えるようにして胸に寄せた。

「……謝るな」

 十緒子を見下ろしそう告げてから、花の香りの存在に気がつく。顔を上げると、薄紅色の花びらの幻影はまだ、あたりに漂っていた。
 ホームに電車が滑り込んできて、何人かの乗降客を見送るが、立ったまま抱き合っている俺らを気にする人間は不自然な程いなかった。

 つまりこれは、紫のヘビもやっていた認識阻害の術、なのだろう。
 ふん、クソピンクにしては、気が利くじゃねぇか。

 花びらの中、舞うように漂う桃ヘビを、視界の端にとらえる。
 花よりも濃い薄紅の体が、を描き、解け。それを繰り返し揺蕩いながら、らせん状に上昇してゆくのを、俺はぼんやりと目で追った。

 と、十緒子の両腕が俺の背に回され、締まる。
 俺はまた十緒子を見下ろし、十緒子の髪を梳くように撫で、指に絡めたまま、十緒子の頭を自身の胸に押し当てた。

「……あの、ね。私たぶん、脱皮、しちゃったんだと思う」

 頭をかたむけるように動かしてから、十緒子が言った。

「おとーさんのこと思い出して、いろんなもの、視えるようになって、いままでの私とは違う、でも私なんだけど。だからね、たぶんこれは、脱皮。って、なに言ってるのか、わけわかんないよね」
「いや。……そうだな、わかんねぇけど、わかる」

 口調が変わったり、自分でも意味のわからないことを話し出す、十緒子。
 いま再び目の当たりにしたその素振り、それは要するに。

 ……十緒子は。
 十緒子自身もまた、巫女、なのだ。

 先祖が蛇神の巫女で、巫女に『祝福』され、ヘビどもを寄こされた十緒子。
 幽体離脱して、神と『つながる』。
 御崎玄の話していたそれは、神降ろしの一種だ。
 かんなぎ。神と人とのあいだに立つ者。

 御崎玄、父親と再会して記憶を取り戻したことで、十緒子の封印が解け。
 それはおそらく、枷とか、リミッターみたいなモンが外れことも意味する。
 十緒子に言わせれば、『脱皮』。で、『脱皮』したことで神との『つながり』、つまり神降ろしが容易になり、いまやった、浄霊のようなマネが出来るようになった。
 そういうこと、なのだろう。

 だがさっきの十緒子は、幽体離脱せず生身のままだった。
 御崎玄の話とは、違うんじゃないか……?
 けど、それがどういうことか、なんてのは。
 俺には、どうでもいい……特に、いまは。

 めずらしくこいつから抱きついて来て、なのにまた「ごめん」と言いながら身を離そうとしたのを引きとめるため、握ったその手はひどく冷えていた。
 少し前までつないでいた手、その温度差が、こいつの不安と怯えを俺に伝えてきた……そんな気がして。

 手っ取り早く温める、俺の熱をこいつに移してやる。
 それにはどうしたらいい?

 俺は十緒子を抱き寄せていた左手を頭から離し、ネクタイとシャツを片手でゆるめる。そして右手も十緒子の手からいちど離し、両手で十緒子の両手首をつかんだ。
 十緒子の手が、俺の首に届くように、俺は軽く身をかがめる。

「はる、おみ?」
「手ぇ冷たすぎんだろ。温めろ、とにかく」

 十緒子の両手がすんなりと、俺の首に回される。
 んだよ、反射かよ。さすが首フェチ、慣れたもんだ。それが俺のツボに入り、思わず「フッ」と声が出てしまった。
 俺を見上げる態勢になっている十緒子の目が見開かれ、パチクリと音が聞こえてきそうなまばたきをする。

「笑ってる、の……?」
「なぁ。おまえ、もう付き合ってるってのに。これ、意外と触ってこねぇよな。遠慮してんの?」
「へっ? ……ええっと、そういうわけじゃ、ない、こともない、ような……」
「どっちだよ」
「うう……でも、なんか。余裕ないし、っ、こんなの際限なくなる、タガ外れちゃうかもな自分が怖いというか、」
「フッ、じゃあそのヘンも週末、検証して、はっきりさせようか?」
「え、ケンショウ? はっきりってどういう、え?」
「おまえのフェチ、つまり性癖の検証。だから覚悟しとけよ。って、さっきも言ったろ?」

 俺は言いながら顔を寄せ、十緒子の下唇をぱくりとんでやる。こいつがいつでも、俺の存在を思い出せるように。
 タガなんざ、とっとと外せばいい。手なんか冷やしてるよりよっぽど、だろ?


 そうして俺らは、次の週末を楽しみに毎日を送る。
 たまに痴話喧嘩もして、仲直りして……まぁ、こうして、普通とは少し違うイベントも起こるけどな。

 それでも。
 おまえに見つけられ、こうして自ら望んで囚われた以上、俺はここにいるから。

 だからそんな、泣きそうなツラなんかするな。
 わかったかよ? バカ十緒子。



つづく →<その20>はこちら


あなたに首ったけ顛末記<その19>
◇◇ 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください ◇◇【後編】・了

(この物語は作者の妄想によるフィクションです。登場する人物・団体・名称・事象等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。)


【2024.1.31.】up.


☆あなたに首ったけ顛末記・各話リンク☆

<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です

【生き霊ストーカー・編】
<その2> 鑑賞は生に限るが生き霊はイタダけない
<その3> 水野春臣の懊悩と金曜日が終わらない件
<その4> 御崎十緒子のゴカイ☆フェスティバル
<その5> 手は口ほどに物を言うし言われたがってる
<その6> 日曜日には現実のいくつかを夢オチにしたっていい

【ヘビたちの帰還・編】
<その7> 吾唯足知:われはただ「足りない」ばかり知っている
<その8> 天国には酒も二度寝もないらしい
<その9> どうしようもないわたしたちが落ちながら歩いている
<その10>「逃げちゃダメだ」と云わないで
<その11> アテ馬は意外と馬に蹴られない
<その12> ”〇〇”はゴールではない、人生は続く
<その13> イインダヨ? これでいいのだ!

【御崎十緒子の脱皮・編】
<その14> 耳目は貪欲に見聞し勝手に塞ぎこむ
<その15> 人生と誕生日は楽しんだもん勝ち
<その16> 隠者のランプは己を照らす
<その17> 闇で目を凝らすから星は輝く
<その18> トラブルには頭から突っ込まないほうがいい
<その19>  痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【前編】
<その19>  痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【後編】

【(タイトル未定)・編】
<その20> 招かれざる客は丁重にもてなせ

マガジン・小説『あなたに首ったけ顛末記』
 ↑ 第一話から順番に並んでます。
#あなたに首ったけ顛末記
↑ ”新着”タブで最新話順になります。

マガジン・小説『闇呼ぶ声のするほうへ』(スピンオフ・完結)
↑ <その14>のあとに書いたのでその辺でお読みいただくと楽しいかも? 


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#アンミカさんの幸せの呪文覚えたいのになかなか覚えられぬよ


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