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あなたに首ったけ顛末記<その8・天国には酒も二度寝もないらしい>【小説】

ご来店ありがとうございます。コチラは『異能もの現代ファンタジーラブコメ』女子向けライトノベルなお話の<その8>です。お口に合いそうでしたら、ひと口だけでもいかがでしょうか?

最初のお話:
<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です
前回のお話:
<その7> 吾唯足知:われはただ「足りない」ばかり知っている

マガジン・小説『あなたに首ったけ顛末記』
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<その7>から、だいぶ時間が空いてしまいました。これをお読みくださっているアナタ様は、それでもコチラに来てくださった、ということで。
ありがとうございます~! すっごく、うれしいです!
……って、もし誰も来なくっても書いときます。
本当に、ありがとうございます、なのです!

それではごゆっくりどうぞ~。



あなたに首ったけ顛末記<その8>

◇◇ 天国には酒も二度寝もないらしい ◇◇

(15500字)

御崎十緒子みさきとおこ:絵を描くのが好き、幽体離脱で生き霊になりがちな、首フェチ26歳会社員女子。黒髪ロングふっくら頬の和顔。
水野春臣みずのはるおみ:十緒子にナイスバディと認められた体の持ち主、顔立ち濃い目、口が悪く霊感体質の26歳会社員男子。ほっぺフェチ疑惑。
岡田冬芽おかだふゆめ:春臣の上司、主任。ショートカットのオトナ美人。十緒子の部屋で生き霊になってしまったが元に戻った。

【ヘビたち:五匹】
人語を話す、手のひらサイズのヘビたち。十緒子の”従者”で様々な能力を持っているらしい。それぞれの色に合わせて、十緒子によって名付けられている。
白(しーちゃん)/紫(むーちゃん)/青(あおちゃん)/赤(べにちゃん)/灰(はーちゃん

<1>御崎十緒子は二度寝する・1

(5000字)

 トットットッ、トットットッ。
 トクトクトク、トクトクトク。
 
 心地のよい、音。
 気がついたら聴こえていて、でも飽きずに聴いていられる、このリズム。
 その響きが私の体を気持ちよく震わせ、私は、まさに全身でそれを聴いている。

 リズムが聴こえてくるそれは、あったかくて、適度な硬さで……この抱き枕、ヤバい。私は目を開けずに、それに頬ずりをする。

 目が覚めかけてる、それがすごく悔しい。よーし、このまま二度寝しよう……ああ、すごーく、気持ちいい。
 おでこがチクチクしなければ、もっといいんだけどな……。

 うん? チクチク、っていうか。
 ジョリジョリ……?

 と、頭上から「ん……」と聞き覚えのある声がして、抱き枕が動いた。
 ジョリジョリが遠のいて、思わず私は目を開ける。

 視界いっぱいに、見覚えのある肌。
 ってか、首。
 フフフッ、いつ見ても、惚れ惚れしちゃう首なんだもんなあ、目のやり場に困っちゃうよ?

 ………………。
 
 待って。

 なんだろう、この状況?
 まさか、そんな、もしかして。

 御崎十緒子みさきとおこ26歳女子が、全身で巻きついて頬ずりしてた、抱き枕。
 もしかして、もしかしなくても、それは。

 水野春臣みずのはるおみ26歳男子である、と……?

「っ、っっっっっっっっっ?!」

 とっさに押さえた口の中で、声にならない叫び声をあげる。口に当てたこの手はさっきまで、彼の胸をナデナデしていた手……いやいやいや、それより、ピッタリと添わせている全身んんんっ!

 覚醒した私の頭上から、すかー、すかー、という平和な寝息が聞こえてくる。
 ジョリジョリ、は水野さんのおヒゲだったのか。
 男の人、明らかに自分とは違う生き物、なんだなあと思う。
 それに、この惚れぼれする首……。
 寝てるんだし、しばらくこのままててもいいでしょうか……。

 かくん、と彼の頭がふたたび私のおでこにくっついて、私はビクッと硬直する。
 ジョリジョリ、アゲイン。
 それはいいとして、それよりも。
 よく考えたら『このまま観てても』なんて、寝ぼけたこと言ってる場合ではない。

 だってこの状況……首フェチだから、で、許されないよね?
 私が、水野さんを襲ってるように、見えるよね……?

 水野さんが眠っているうちに、離れないとマズい。
 急激にこみあげてきた恥ずかしさで、私の動悸もひどくなってきてるし、心臓にも悪い。

 ……なんだけど。

 私もまた、抱き枕と化していて。
 水野さんにガッチリ抱えられて、身動きがとれないってことに、私はようやく気付いたのだ。

 なんで……なにがどうして、こうなったんだっけ?!


◇◇◇

 昨日、金曜日の夜。

 生春巻きを作って、生春臣サマを招待して。

 私が、なんだかんだで灰色のヘビ、はーちゃんを呼び出してしまって。
 他のみんな、しーちゃん、むーちゃん、あおちゃんが帰ってきて、べにちゃんも私の体から出てきて、5匹の小さなヘビが私と水野さんのまわりで、それぞれの色に光りながら浮かんでいて……。

「……こいつら以外のヘビ、まだいるのか?」
「えっと……これで、半分、です」

 水野さんに訊かれ、頭の中にふわりと浮かんだ答えを口にして。
 と、そのとき突然。
 立て続けに浮かんできた、記憶。

「思い……出した、かも」

 私は急いでベッドルームからスケッチブックと色鉛筆を持ってきて、ちゃぶ台脇の床に置いた。なにも描かれていない真っ白なページを出してから、色鉛筆を選ぶ。

 まず黒色で丸を書き、横に『白…しーちゃん』と書く。
 それから色鉛筆を紫色に持ち替え、しーちゃんの下の行に、紫色の丸い塗りつぶしと、むーちゃんの名前を書いた。
 さらにその下、色鉛筆をそれぞれの色に替えて、灰色のはーちゃんと青のあおちゃん。
 ちょっと考えて、あおちゃんの下に大きな空白を作ってから、赤のべにちゃんを書き込む。

 ヘビのみんなが寄ってきて、それぞれ自分の色の横から、のぞきこんでくる。

 あおちゃんとべにちゃんの間に、名前を書き足して……。

  白…しーちゃん
  紫…むーちゃん
  灰…はーちゃん
  青…あおちゃん
  桃…もーちゃん
  緑…みーちゃん
  黄…きーちゃん
  橙…だいちゃん
  茶…ちゃーちゃん
  赤…べにちゃん

「全部で十匹、十色。いつも一緒にいてくれた……やっと思いだせた……」

 なんで。なんで、忘れてたんだろう。
 なんでいままで、いなくて平気だったんだろう。
 ……ううん、平気じゃ、なかった。

 ずっと、なにかが足りなくて。
 ポッカリと空きっぱなしで、埋まらなかったなにか。
 それは、みんなだったんだ……。

 うれしい。
 思いだせたことが、こんなにうれしい。
 顔が、自然にほころんでしまう。

「十匹。やっぱり十緒子、おまえの名前って、」

 カンッ、と水野さんの缶ビールがちゃぶ台に当たり、高い音を立てる。
 私のもカラになっているし……お酒、持ってこないと!

「あ、カラですね! 次のお酒、お持ちします!」
「っ、おい、」

 立ち上がって冷蔵庫に向かいながら、小走りになる。うれしくてテンション上がっちゃってるのが、自分でもわかる。冷蔵庫からワインのボトルを赤と白それぞれつかんで戻り、ちゃぶ台にどん、と置く。それからまた取って返して、キッチンの隅に置いてあった一升瓶を持ってきた。

「ダイニングバーのバイトで飲んだことのあるワイン、買ってきました! あとこっちの日本酒は、社内規定の賞味期限が近くて、もらったんです。缶ビールもまだありますけど、どうしますか?」
「いや、まかせるけど、その前に、」
(祝い酒だねー、めでたいねー。十緒子、思い出せたんだなー)

 あおちゃんが、水野さんをさえぎるように言い、クネクネと不思議な踊りを披露する。

(十緒子、うれしそうね)

 はーちゃんが言うと、むーちゃんが大きくうなずいた。
 しーちゃんはまだ、首をかしげてスケッチブックを見つめている。

(おまえらも踊れよー、めでたい席だぞー?)
(しょうがないわね)

 まず、はーちゃんが素直にあおちゃんのことばに従って、その場でクルクルと回り出した。むーちゃんは振り子のように、右左に体を揺らしている。べにちゃんも少しだけ一緒に回っていたけれど、(あっ、ボクは戻らなくちゃ)と言って、私の手の上にぴょんと乗ってきた。

(十緒子ちゃん、よかったね。いいお酒、飲んでね)

 そう言って姿を消し私の体内に戻ったべにちゃんに「ありがとっ」と言ってから、ワイングラスを取りにキッチンへ行く。むかーし、バイト先でもらった、酒屋さんのノベルティ。取っておいてよかった。

「じゃ、まず白ワインから、いかがですか?」
「ああ、はい、いただきます……」

 水野さんらしからぬ、丁寧な返事が返ってきた。いつも通りの、大きなため息をつき終わって彼は、ゆるめていたネクタイをさらにゆるめて、外して……わあ、本人無意識とはいえ、ありがとうございます!
 お仕事中のネクタイキッチリもいいけど、キッチリのあとのゆるんだトコロもイイですよねっ。
 ああ、今日はなんていい日なんだろうか!


◇◇◇

 で、現在。
 私の部屋の、ベッドの上。

 水野さんを抱き枕にした私は、彼に抱き枕にされながら、猛烈な早送りで回想を続けていた。

 そう、白ワインを飲みはじめて。
 生春巻きと、バイトで習った、料理の出来ない私でも作れちゃう絶品チャーハン(冷凍炒飯に具をちょい足しして炒めるだけ)、ピーナッツをつまみにして、私と水野さんは簡単に白ワインをカラにした。
 赤ワインに手をつけ、それも足りなくなって。
 当然、日本酒の栓も開いて。

 あははっ。
 そっか、これ。
 お酒のせい、ですね!
 やっちまったね! 
 イエイ!
 
 ……じゃなくて。

 私はたぶん、お酒に強いほうだ。
 それというのも、いままでお酒で、人が言うような痛い目には、あったことがないからで。
 飲みすぎて眠くなって寝ちゃった、なんてはじめてだけど、そんな今回も、記憶はなくなってない。

 だから、つまり。
 酔っていた自分の言動などを、きっちり覚えてる、んですよ。

 うはあああ……。
 この状況のキッカケ作ったの、ほかならぬ私じゃん、思い出した……。
 テンションにまかせて、やたら浮かれた言動してたのもハズカシイ。
 これ絶対、あとで夜中に思い出して、声上げて飛び起きるヤツ。

 でもでも、そんな先のことよりも。
 この抱き枕な、現状。
 やっぱりこっちのほうが、深刻な気がするんですけど?

 そりゃ、『触っていい』って前に、水野さんに言われたけど。
 これって、そういうレベルじゃないよね?

 それになにより。
 私の心臓が、そろそろ持たないかもしれない。
 彼の筋肉の硬さとかやわらかさ、肌のキメ、心音、匂い……五感がフル活用されて水野さん情報が入ってきて……違っ、味覚は、味はみてないからっ、四感!

(十緒子、起きたのね)

 と、はーちゃんの声がして。はーちゃんが水野さんの胸の、Tシャツの上にいた。
 灰色にぼうっと光る小さなヘビの姿を、私はそのTシャツに、ご本人様に顔を押し付けられながら見る。

(おはよう、十緒子)
「お、おはよ、はーちゃん。あのね、もしものときは不可抗力だったんだ、って証言してね」

 小声でささやくように言う。
(不可抗力?)
「私は水野さんを襲ってなんかいなくて、抜け出せなかったんだ、って話! ……ほかのみんなは?」
(青のが、ぶうぶう言ってた白のと、紫のを連れていったわ。ワタシにも、くれぐれも邪魔はするなよって)
「邪魔?」
つがいとのひとときを邪魔すると、馬に蹴られるんだぞ~、ですって)

 番い。
 そのことばを耳にして、かーっと体が熱くなる。
 
「っ、だから違うって、」
「んんん……」

 水野さんのうめき声を、口を押さえ身を固くしてやりすごし、再開した寝息を、耳を澄ませて注意深く聞く。ほっとしたところで、彼の腕がゆるんでいるのを感じた。

 チャンス、いまのうちに、なんとか抜け出さなくてはっ!

 まず体の向きを変えることにした私は、彼の様子をうかがいながら、そうっと、そうっと身を反転していく。たぶん、30秒に1センチくらいのスピード。

(十緒子?)

 はーちゃんが首をかしげているのになんか、かまってられない。
 集中、集中。
 だいじょぶ、私ならできる。

 自分の心臓の音で起こしちゃうんじゃないか、不安になりながらも。私はなんとか、彼から体を離し、背を向けることに成功した。
 どうにか時計が見える位置。時刻は午前5時48分。

 私の体はまだ、彼の腕の中だけど。
 ここまで来たら、一気にベッドの下に転がっちゃえば……!

 と、未来に一筋の光明を見た、刹那。

「んん……」

 頭上からのかすかな声と共に、水野さんの腕が私のおなかと頭に絡みつき、水野さんの胴体に引き寄せられた。

 あの、すみません。
 ガッチリ感、ハンパないんですが。

(あらあら。青のから聞いたのだけど、会社? お休みだから、早起きしなくていいんでしょう? お邪魔しちゃいけないわね、ワタシはあっちにいるからね)
「違う、はーちゃん、待っ……」

 はーちゃんは私を残して、寝室から出ていった。
 言っといたから証言だけは、証言だけはしてくれるはず、だよね?

 その後、何度か脱出を試みるも、徒労に終わり。
 時刻は6時をまわっていて。

 この状況に慣れ、あれだけうるさかった動悸がおさまりはじめ。
 私はこの緊張感を保てず、眠くなってきてしまった。
 
 動けないんだし。
 不可抗力、しょうがないよねえ……?

 それに加えて。

 見えないけど、私の好きなカタチの腕と手首に、手が届くし。
 でもって背中とおなかに、私より温度ちょい高めの人肌だし、さ。
 頭撫でられてるみたいだし、なんか異常にフィット感あるし、さ。

 こんなに、こんなに……気持ちいいんじゃ、さあ……。
 そんな中、二度寝さん(イメージ:ぷりケツ巻き毛のちびっこ天使)に誘われてもごらんなさいよ……。
 おーい、天国はここにありましたよー……。

 そして私は。
 睡眠欲のおもむくまま、人生最高級の二度寝に召されてしまった。

 ごめん……このあとの、未来の私……。
 なんかあっても、どうか恨まないで……ほんっと、ごめん……。



<2>水野春臣は葛藤する

(5000字)

 俺はいま、葛藤している。
 午前6時36分。
 ここは、十緒子の部屋で、しかもベッドの上で。

 よく知っているいい匂いが、なぜだか濃い目に感じられたから。
 俺は目を開け、その匂いの元を確かめようとした。

「っ、んなっ……」

 十緒子の髪、というより後頭部が、すぐ目の前にあって。
 それよりも、なによりも。

 俺が十緒子を、うしろから抱きかかえているという、状況。
 片腕で腹を寄せ、片手は髪を撫でるようにして……。

 繰り返すが、ここはベッドの上。

 はっとして、お互いの着衣を確認する。
 俺はワイシャツを脱いでいて、アンダーシャツにしているTシャツに、ベルトだけ外したスラックス。
 十緒子は長袖のカットソーと綿素材のロングスカートを、きっちり着ている。
 ブラジャーも外していない、と彼女の背中越しにわかる。
 パンツだけ脱がしたり……いや俺は、俺なら全部剥くはずだ……。
 が、念のため。首だけ起こして、ベッドまわりに不審な残骸の無いことを、確認する。
 
 いや、絶対になにも、脱がしてない。
 添い寝しただけ。
 だよ、な……?

 すーすーという寝息を聞きながら、俺は息をつく。
 あのヘビどもも、あたりにはいないようだ。

 酒のせい、か?
 
 それほど弱くはない俺にしては、珍しく記憶が混乱している。
 まあ確かに。
 結構な量を、十緒子につられて、飲んだ。

 飲みすぎて、同じベッドで眠って、そのまま泊まり、とか。
 ヤってしまわなかったからいいようなものの……。

 いやいやいや。
 現状、マズくないか?
 俺が十緒子を襲っている状態、だよな、これ?
 また白にシめられても文句は言えねぇ。

 いや?
 寝ぼけてたゴメン、で、いけるんじゃね?
 結果、シめられるとしても。
 しばらくこいつを堪能できる、おいしい状況とも言える。

 いやいや、いやいや。
 ヘンタイか、俺は!
 堪能、ってなんだ、それじゃこいつと変わらねぇだろ!

 いや、でも。
 元々こいつがヘンタイなんだから、多少は……。

 待て待て待て。
 冷静になれ、俺。
 欲にまかせた結果がどうなるか、さんざん学習してきただろうが。

 俺はわざと、ジワジワと浸食しはじめた頭痛に意識を移す。

 …………あ?
 待てよ、俺がここでこうなってんのは、そういえば。
 思い出した、つまり……ヤってない、確実に。
 はー、焦った、マジで。

 でも、じゃあ。
 なら、いいのか。
 このままこうして、十緒子を愛でたままでも……。
 
 いや、待て。
 この体勢で俺は、正気でいられるのか?
 十緒子が起きるまで、このままで?
 だがこの状況を自ら放棄するのは、惜しい。
 しかし、密着のレベルを落とさないと、理性が……。

 ……で。結局、俺は。

 とにかく理性を保つため、二日酔いの頭痛と昨晩の回想に、意識を集中させることにした。
 十緒子の体はもちろん、しっかり抱えたままで。


◇◇◇

「踊ってくれるなら、音楽いるかな! なんか流すねっ」

 十緒子が、踊るヘビどものためにスマホの音楽アプリを立ち上げ、曲が流れてくる。アップテンポなジャズ。「お店っぽくしてみました!」とこちらに向かって満面の笑顔を見せる。

 明らかに、はしゃいでいる。
 こんな十緒子は、初めてだ。

 だから、十緒子の名前にはなにか意味があるんじゃないのか、という問いを、とりあえず飲み込んだまま。薦められるがまま、白ワインを口にした。

「これも、バイト時代に習ったんです! すきっ腹じゃ酔っちゃいますからね!」

 そう言って出してきたのは、ニンニクを効かせた炒飯。俺をもてなすと言っていた割に用意していたのは、この炒飯と生春巻き、ピーナッツだけだった。まあ、それぞれの量がハンパないし、生春巻きの準備からの手間を考えると、こいつにしてはものすごく頑張っている……それに。

 わざわざ俺のために、というところが、どうにもくすぐったい。

 最初に、生春巻きを出されたときから。クソッ、なんだこのこそばゆさは、俺を殺す気か、という内心を、俺は無表情を装って隠している。
 そして十緒子が『ナマ春臣サマと、生春巻き。やっぱり、似てる……』と、内容はともかく俺の名を口にしたことで、俺はさらにトドメを刺され。
 その十緒子の天然無自覚な言動への仕返しに、俺の名前を十緒子に呼ばせるという無茶ぶりで、十緒子を困らせてやりつつ、十緒子といういい酒のツマミを楽しんでいたのだが……そこになぜか、灰色のヘビが出現し。

 ったく、なんでここで、新しいヘビなんだよ?
 いや……待てよ。これで、五匹め?

 ふと引っかかった、十緒子の名の、十、という数字。
 まさか、と思った俺の予想が残念ながら当たり、ヘビは全部で十匹いる、という。
 十緒子が急に思いだして、スケッチブックに名前を書き出して……。

 そこから、いつになくハイテンションな、十緒子。
 いや悪くない、のだが。
 ちょっと普通じゃない、ような。

 ジャズに合わせて、青、紫、灰色の3匹のヘビが、体をくねらせている。
 赤いヤツは、十緒子の体の中に戻ったらしい。
 白だけ、十緒子がさっき書きなぐっていたスケッチブックに、目を落としていた。

「おい、なんかあんのか」

 つい、白に話しかけてしまった。

(ワタクシ、少々心配なだけです。あまり急激に封印が解かれるのはやはり、よろしくはないかと)

 確かに、そうだ。
 こんな規格外なヘビを、十匹も使役する。
 そんなん、デタラメすぎだろ。
 でも過去には十匹、揃ってたんだよな?
 それが、封印された……?

「よーし、じゃあ、みんなを呼び出してみるねっ」

 炒飯用のスプーンを持って戻った十緒子が、スプーンをちゃぶ台に置いて、白の横からスケッチブックを取り上げた。
 座り直し、スケッチブックを両手で持ちながら、眉間にシワを寄せる。

「じゃあまず、もーちゃん!」

 ヘビどもが全員ピタリ、と動きを止め、十緒子の様子をうかがう。
 俺も瞬間、息を詰めた。

 が、なにも起きない。

「……あれえ? じゃあ、みーちゃん! きーちゃん、だいちゃん? ちゃーちゃんっ!」
(十緒子様、おそらく、お力が足りないのです。それにそう一度に呼び出されるのは、赤のがいるとはいえ、お体にはよろしくないかと)

 言われて白を見た十緒子の表情が、一瞬にして抜け落ちた。

「私。おっきく、なったのにな……」

 ぼそりとつぶやき、それからワイングラスに目をやって、中身を一気に飲み干した。ボトルから手酌で注ぎ、またきゅうっと飲み干してみせる。

(十緒子。今日はワタシだけ、だけど)

 灰色のヘビが、十緒子のベタ座りした膝の上に乗った。

(みんな、アナタのそばにいるから。これからゆっくり、呼び出してあげて?)
「はーちゃん……そっか、そうだよね。ねえ、みんなはもう、どこにも行かない?」
(ワタシたちはいつでも、十緒子のそばにいるわ)

 あんなに、酒をあおっているというのに。
 灰のヤツを両手で持ち上げて頬ずりをする十緒子が、幼い子供のように見えた。


◇◇◇

「それではいきますっ、一発芸、幽体離脱ぅ~」
「ば、おまっ、やめっ」
「むむ~出来ませんっ。この前わかったと思ったのに。やり方、教えてくださいっ」
「知ってたとして、教えるかよっ」

 で。
 十緒子がふたたび飲みはじめ。
 俺はそれに付き合うハメになり。
 白ワインと赤ワインの空ボトルが転がり、手渡されたコップに一升瓶から日本酒を注がれ。

 あの一瞬、どう見ても落ち込んでいた十緒子は、それをなかったことにして、はしゃぎはじめた。
 いつもの三倍はしゃべる十緒子に思わずひるむが、それよりも。
 はしゃぎっぷりにはっきりと違和感を感じるのに、どうにも指摘しづらいまま、結果酒がガンガンすすんでしまい……。

「おまえ、酔ってるんだよな」
「はい、ふわふわで、気持ちいいです! 極楽、極楽ぅ~!」
「使いどころ違うんじゃねぇかな……にしても滑舌、はっきりしてんな。おまえ、酒強いのか?」
「うーん、そうですね、たぶん。学生時代もバイトでも会社でも、飲み会で酔いつぶれたことはないですね。記憶を失くしたことも、吐いたこともないので」
「うわばみ、か。まあ、ヘビだもんな」

 卵食べて精力回復するんだから、そういうことなんだろう。
 酒には強い。でも、酔っ払いはする、のか。
 で、いまも酔っ払いのテンション、なわけで。
 だが。ダイニングバーのバイトでの失敗談。いまの会社へ入社したのは、バイトで書いていたブラックボードがきっかけだった、という話。笑って話しているのに、なんだか……。

「それではいきますっ、一発芸、メデューサぁ~」

 十緒子の頭から生えてきたように、4匹のヘビがうねうねと動いてみせた。
 俺が固まっていると、十緒子が声を上げて笑った。

「あははっ、水野さんノリがいい! 石化しちゃった!」
「ノってねぇ。違う意味で動けなくなったんだ」
「えええ、石化してない? でも……そっか。じゃあ今度は、みんなが揃ってから再チャレンジしよっかな……」

 後半から急に沈むような声になり、十緒子がうつむいてしまった。
 なんだこの落差は……こいつやっぱり、無理してたんじゃねぇか。
 
 かけることばが見つからない俺、そして白や紫、青までもが動けなくなった、なか。
 灰ヘビが、十緒子の顔の真下から十緒子を見上げてふるふると光りながら揺れ、頭を十緒子の頬にすりつけた。名状しがたい、透明なステンレスのような、色。

(十緒子、疲れた? 眠い?)
「はーちゃん……うん、そうかも。眠いかも」

 かくん、と倒れてきた上体を、俺は受けとめた。十緒子を横抱きにした状態。十緒子は重いまぶたを、必死に開けようとしているようだった。

 なんだ?
 突然、眠気に襲われた……のか?

(十緒子を、運んでやってくれるかしら?)

 ペコリと頭を下げた灰ヘビに言われるがまま、俺は十緒子の膝下に片腕を滑らせ、十緒子を持ち上げた。

「……わあ、これって、お姫さま抱っこだあ」
「ちゃんと、つかまってろ」

 十緒子は素直に、俺の首に手をまわす。ちゃぶ台から寝室のベッドまでの、2メートル程の短い距離。十緒子をベッドに下ろして「じゃあ俺は帰るからな」と言い、背を向けようとしたところで、十緒子に手をつかまれた。

「ちょっとだけ……ちょっとだけ、横にいてくれたり、しませんか?」

 驚きながらも冷静さを装い、「わかった」となるべく平坦な声で言う。
 だが、まあ。
 ワイシャツを脱いでベルトを外し、空いていた壁側のスペースに添い寝するように横たわった俺は、勢いでそんなことをするくらいには、きっちり酔っていた。

 至近距離でちょっとからかってやれば、いつもの、顔を真っ赤にして困る十緒子が見れるかと思ったのだが。
 俺の行動はスルーされ、十緒子は体を俺のほうに向け、重くなったまぶたを何回も上下させながら、俺をじっと見つめる。

 顔が熱くなりいたたまれなくなった俺は、手を伸ばし十緒子の頬をつまんだ。

 すると十緒子が、うれしそうにふわりと笑う。

「……水野ひゃんは、」

 手を離し、十緒子のことばを待った。
 その手をつかまれ、彼女の手で、目を閉じた彼女の頬の上に置かれる。

「水野さんは。突然いなくなったり、しないですよね……」

 ついにまぶたが持ち上がらなくなった十緒子から、すーすーと寝息が聞こえてくる。
 俺の手を、取ったまま。

 突然、いなくなる。
 それは、あのヘビどものことなのか。
 失っていた記憶と封印。
 ちゃんと聞いてやりたいのに、状況がそれを許さない。
 このあと目が覚めて、俺がいなかったら。
 こいつはそれと同じような喪失感を、味わうのだろうか?
 ……まあしばらくは。
 様子を見てやる、か。

(灰のー、わざとだろー)
(十緒子ったら、無理してるんですもの。少し眠ったほうがいいわ)
(致し方ありませんね。しかしこの小僧はどうしてくれましょう)

 そんな声がして、4匹のヘビに見下ろされた。
 紫のヤツは、黙ったまま。
 わざと、って? どういうことだ?

 それがわかったのは、青ヘビに尻尾でペシリと額を叩かれたあとだった。

(寝かしとくさー。十緒子がさみしがるからなー)
(このコがいればさみしくないわね)
(ヘタレ小僧など放り出したいところですが、致し方ナシでしょう。念のため、深めに落としてください)
(りょうかーい)

 ヘビどもの声が、強烈な睡魔とともに遠のいていく。
 青が俺にかけた、術によって。
 つまり十緒子も、灰ヘビに眠らされて……?
 クソッ、あいつら……んなことしなくても、俺は十緒子になにかしたりはしねぇ……たぶん……。



<3>御崎十緒子は二度寝する・2

(5500字)

 水野さんの腕の中から脱出できず、二度寝天国に召された私は。
 気がつくと、はーちゃんに導かれた、夢の中にいた。

 まるでファンタジーの世界。
 でも私、こういうのに、だいぶ慣れてしまったようだ。

「あおちゃんともこの前、夢でお話したんだ」
(青のは、水が水面に映す夢。ワタシは、風が光に映す夢。ともに流れる者である青のとワタシは、とてもよく似ているの)

 はーちゃんは、この前のあおちゃんのように、私より大きな姿をしていた。
 私はやっぱり、子供の姿っぽい。ゆるくとぐろを巻いたはーちゃんの上で、はーちゃんに寄りかかって座っている。

(でも風は、実体を持つ水とは違う。そこにいて、そこにはいない。風は影。影は光によって生まれ、実体を持たない)

 はーちゃんのやさしい声に、耳をかたむける。
 でもなんでだか、この先を聞きたくないような気がする。

(影は光から生まれたのに、光がある場所にしかないのに、風のようにその存在を隠される。そして十緒子はワタシを呼んだ。助けが、ほしかったのでしょう?)
「……そう、なのかな」
(ワタシは十緒子の影に呼ばれたの。だから封印が解けた。十緒子が本当に望まなければ、封印が解けることはないの)
「でもっ、ほかのみんなにも、本当に出てきてほしい、って、思ったよ?!」
(そうね。それも本当よ。大丈夫、言ったでしょう、ゆっくり呼び出してあげて? みな、アナタの役に立ちたくてここにいるのだから)

 はーちゃんの口が、私の頭をつんつんとやさしく小突く。
 私は、はーちゃんの体に抱きついて、しがみついて。

 私がはーちゃんを呼んだ、その意味が少し、わかってきた。

「……あのね、さみしかったよ。みんながいなくなってから、ずっとずっと、ひとりだったんだよ」

 影の私が、ぽろぽろとしゃべり出す。

「ほんとに、またいなくなっちゃったり、しないよね?」
(そうね。絶対に、とは言えない、それは十緒子が決めることだから。ワタシたちは、十緒子のためにならない行動は取らないし取れない。ごめんね、こんなふうにしか、答えられなくて。でもワタシたちは、十緒子といたいから、十緒子を選んだのよ)

 はーちゃんは、口元で器用に私の髪を撫で続ける。

 私はたぶん、わかっている。理解している。
 でも、影の私の口が、ぽろぽろ、ぽろぽろと止まらなくなる。

「やだ、絶対いなくならないって、言ってほしい。ずっと一緒だったのに、記憶ごと消えておいて、でも、あのポッカリとした気持ち悪さだけ残していくなんて、みんな……みんな、ズルいっ。ズルいよぉ」

 ぽろぽろ、ぽろぽろ。

 こんな自分が、イヤだ。
 我慢できないなんて、弱っちすぎる。

 そう、私は文句を言いたかった。
 みんなにまた会えてうれしかった、その喜びとおんなじくらい。
 これまでの、理由のわからなかった空虚、虚無感を、みんなに理解してほしかった。

(あのときは仕方なかった。小さい十緒子のために、みなでずいぶん悩んで。でもそれは十緒子には関係のないこと。つらい思いを、させてしまったわね)
「っ、ううん、違う、違うの、困らせたくないの! 私のためだったんだろうな、ってことくらい、わかってる、だから……こんなふうに、こんなわがまま、言いたくないのに!」

 私は、泣いてはいなかった。
 涙は夢の中で、実体を持たないからかもしれない。
 実体のある水が、目から出てくるようなことは、なくて。

 だけど、この胸のもやもや。
 人のいる場所で目にするようになった、あれ。
 あの暗い灰色のあれを、私もまたここに抱えていて。
 それが。すごく、すごく気持ち悪い。

 あのときみんながいなくなってしまったのは、私のせい。
 詳しくは思い出せないけど、それだけは確かだって、わかる。

 私が悪いのに、私はみんなを責める。

 イヤだ。
 こんなの全部、消してしまえたらいいのに。

「ねえ、はーちゃん。私の中のもやもや、『おかたづけ』できないかなあ。そしたらみんなを困らせたりしないのに」
(それはね、十緒子。あんまり『おかたづけ』しなくてもいいかもしれないわ)
「でも、だって。こんなイヤなもやもやがあったら、みんながいなくなっちゃう」

 いなくなっちゃう。
 みんなも、みんな以外も……。

(ニンゲンはみな、持ってるのよ。あんまり多すぎると、困ってしまうかもしれないけれど。十緒子はニンゲンが、嫌い?)

 ふと、思い出した。
 あのもやもやを抱えて、生き霊になってしまった彼女のことを。

「冬芽さん……」
(十緒子は、そのコから離れて、いなくなりたいと思うの?)
「思わない。思わないよ」
(もやもやを抱えているのに? それなら、一緒に眠ってるあのコは? あのコは十緒子のもやもやを知って、どちらを選ぶかしら?)

 ……水野さん?

 急に、視界が高くなった。
 自分の体を見下ろし、両手を広げてみる。
 どうやら、いま現在の私の姿になったようだ。

 こんな、もやもやを抱える私。
 私はほかにもまだ、もやもやを抱えている。
 決して水野さんには言えないような、もやもやを。

 イヤな、私。
 それを、知られたら。
 彼が私から離れたいと思って、いなくなるかもしれない。

 いなくならないかもしれない。

「わかんないけど……いなくなっちゃっても、仕方ない、よ」

 だって。
 たぶん、ずっと一緒には、いられない。
 番いでも、なんでもないのだから。

 もう、あんな。
 みんなを失ってしまったあの感じを、味わいたくない。
 だから、早くあきらめなきゃ。
 元々、私の世界にはいなかったヒト、なんだから……。

(本当の気持ちを、影にして隠しても。実体をなくしても、それはそこにあるわ)
「はーちゃん、むずかしくて……わかんないよ」
(あらあら。むずかしくしてしまったのは、十緒子なのに)

 はーちゃんが笑うように揺れ、はーちゃんのゆりかごの中にいる私をも揺らした。

(そのもやもやは、アナタという光から生まれた、影。一緒に、いてあげて? そして本当の気持ちを、教えてあげて。そうすれば影は、安心するはずよ)

 やっぱり、むずかしくてよくわからない。
 うーん、とうなっていると、はーちゃんの体が、ふわふわと光りはじめた。

(そのうち、ワタシにも。十緒子がワタシを呼び出して、本当に打ち明けたかったことを教えてね)
「本当に、打ち明けたかったこと?」
(十緒子の、本当の気持ち。いまの十緒子は、影のワタシにも隠したいようだから。でも少しは吐き出して『おかたづけ』、出来たかしら? さあ、もっとよく、眠りなさい。おやすみ、十緒子)

 そして私は。
 はーちゃんによって、夢のない二度寝に、意識を溶かされていったのだ。


◇◇◇

「……寒っ」

 すうっとした寒気を感じて、私は掛け布団にきつくくるまる。
 眠い……もうちょっと寝たい……。
 まだ目覚めない方向でひとつ、お願いします……。

(なんだよー、せっかく気を利かせたってのにー、よろしくやってないなんてさー。片付けするより、十緒子のそばにいてやれよー)
(よろしくまでは必要ありません。まあヘタレ小僧でも、共寝くらいは出来ると思ったのですが。ヘタレはヘタレでしたね)
「っせぇな、仕方ねぇだろ。ニンゲンには生理現象というものがあってだな……理性も、」
(そんじゃま、もっかいイッとくかー?)
(そうね。また横になってくださるかしら)
「っ、なるかっ! ヘンな術、勝手にかけんじゃねぇ! クソッ、なんでこいつらに対して護符が効かねぇんだ……」

 いつも私が眠っているときは静かなのに、今日のみんなはにぎやかだな……。
 でも寝る……けど、うう、トイレ行きたい。

 目がほとんど開かない状態でどうにか起き上がり、目をこすりながらトイレに向かう。
 と、みんなの声が止んだような……。
 用を足し洗面所で手を洗い、ぼーっとした頭のままベッドに戻りながら。ほとんど目を閉じたまま、私はみんなに声をかけておく。

「みんなごめん、もうちょっと寝るね……」

 掛け布団に潜り込み、力を抜く。まだ抜けきっていない睡魔に、ふたたび身をまかせて……。

 と、ズレていた掛け布団に、外に出ていた足先をふわりと包まれ。
 布団がほどよく引っ張られて、私の身を守るように温める。
 ……気持ちいい。
 目を閉じたまま「えへへ」と笑ってしまう。

「十緒子、帰るからな」

 耳元で、名前を呼ばれた。
 ちょうどいい、心地よい声の大きさで。

「また、月曜に」

 玄関の開閉する音、鍵の掛けられる音。
 静かになった部屋で、私は声を反芻する。

 『また』っていう、次の約束を、思って。

 そこから結局私が起きたのは、お昼の12時になろうかというところで。

 片付けられた酒瓶、洗われた食器、炊飯器には炊き立てのごはん、キッチンに置かれた即席味噌汁と、きれいに、きれいに焼かれた玉子焼き。
 それらを目にしてうめき、身悶えし、赤くなった顔を手で覆ってもなにも変わらなかったので、私はお湯を沸かして味噌汁を作り、ごはんをよそい、玉子焼きとともにちゃぶ台に運んで「いただきます」と手を合わせた。

 調子に乗って飲みすぎちゃったな、おもてなし失敗だよね、とか。
 抱き枕の件はバレてないのだろうか、とか。
 あれやこれやをぐるぐる考えつつ、べにちゃん以外の4匹に囲まれながら。
 私は、玉子焼きをおいしくいただいたのだった。


◇◇◇

 月曜日、会って早々に「生春巻き、うまかった。ごちそうさん」なんて水野さんに言われ。

 焦った私はどうにかこうにか、すみませんでした、飲みすぎて急に眠っちゃって、片付けまでしてもらって、お見送りもしないで、あまつさえ朝食まで作らせちゃって、なんてことばを返すことができた。

 いやもう、わりと厚顔無恥な私でも、恥ずい。
 お酒も、おいしかったし。
 二度寝も、気持ちよかった。
 それぞれの天国を味わってしまったぶんだけ、恥ずかしさが襲ってくる。
 おもてなし出来なかった以上に、ダメダメだったこととか。
 お酒が入ったゆえの、浮かれ発言とか。
 二度寝の原因になった、抱き枕の件とか……。

 抱き枕状態だったことに関しては、水野さんからなにも言われなかった。
 バ、バレてないなら……いいよ、ね、言わなくても。
 また本人に無断で、勝手に触ってしまった罪悪感、でも今回は不可抗力だったしなあ。
 よーし、いったん忘れよう!
 って、あんなの忘れられるわけ、ないけど!
 せめて思い出すたんびにジタバタするの、少なくしていこう……できるかな?

 あれから、水野さんの様子が、ちょっとだけ変わった。
 ……ような、気がする。

 私になにかを言いかけて、やめる。
 ほっぺに手を伸ばしかけて、下ろす。
 帰り道のコイビトツナギも、気がついたらなくなってた。

 あれ、やっぱり。抱き枕の件、バレてんじゃない?
 ドン引きされた、とか……。

 いや、本当は、そうじゃなくて。

 彼が私から離れる、その前段階なのだと、したら?

 なのだけど。
 毎週金曜日の夜、都合が合えば当然のように、一緒にごはんを食べてくれる。
 しかも水野さんが料理を作ってくれるようになってしまったので、むしろ親切度が増しちゃって、非常に申し訳ない。
 そもそもは、私の生き霊化を防止する『鑑賞』が目的なのであって。
 だから「食材は、ぜっっったいに、私が買いますから!」と強く言ったら、金曜日の帰り道は、一緒にスーパーに行くようになってしまった。

 それが、年が明けても続いていて……。
 なんだ、これ。
 ……ああ、でも。
 彼は心配なのかもしれない。
 料理どころか、食材をストックすることすら、おぼつかない私。
 そんな私を鍛えるために、目の前で料理を作ってみせてくれている、とか。
 で。
 そうやって、少しずつ。
 彼がいなくてもだいじょぶな私に、してくれようとしているのかも、しれない。

 そっか。
 たぶん、そうだ。

 水野さん私、だいじょぶですよ?
 そんなに、やさしくしてくれなくても。
 私には、ヘビのみんながいてくれるから。

 今夜も、ウチに置きっぱなしのエプロンを着け、キッチンに立つ彼の横顔を見つめながら、心の中で彼に言う。

 早く、声に出して、言わないと。
 水野さんを、私という、こんな面倒なモノから解放してあげないといけない。
 なのに。

「これはおまえの仕事な」
「はいっ」

 水野さんに言われ、シンクの前で隣り合わせになって、ゆで玉子のカラを剥きながら。
 いまが、すごく楽しくて、うれしくて。

 影の私はそうやって今日も、目と耳をふさぎ、口を閉ざすのだ。


 ピンポーン、とインターホンの音がして、私はビクッ、と飛び上がった。
 ほとんど反射で、手に付いた玉子のカラを水で洗い流して手を拭き、玄関に飛んでいく。

「おい、まずはインターホンでやり取りしろよ」

 あわてて追って来る水野さんの声を背中越しに聞きつつ、私は解錠し「はーい」とドア外の人物に返事をしながらドアを開け。
 そこに立っていた彼女を見た、その瞬間。
 私は見たモノの情報を処理しきれずに、固まってしまった。

 明るいハチミツ色の、やわらかく巻いて落ちる長い髪。
 髪よりわずかに濃い色の美しい瞳と目が合うと、その整った顔が、甘くとろけるように微笑む。

 それから。
 彼女の肩、髪のあいだから顔をのぞかせる、小さなヘビ。
 キラキラと輝く、まぶしい、金色の……。

(本当に、封印が解けておるな)

 金のヘビが言い、みんながポンッと移動してくる。

(金のー? おー、ひっさしぶりー)
(あらあら)
(…………)
(フン、金の。何用ですか)

「十緒子、久しぶり。さっきメッセージ送ったのだけど、既読もつかないし。通話もつながらないじゃない、直接来ちゃったわよ」

 甘い華やかな笑みを浮かべる彼女に、そう言われて。
 私はようやく、声を出した。

華緒子かおこ、おねえちゃん……」



つづく →<その9>はこちら

あなたに首ったけ顛末記<その8>
◇◇◇ 天国には酒も二度寝もないらしい ◇◇◇・了

(この物語は作者の妄想によるフィクションです。登場する人物・団体・名称・事象等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。)


【2023.02.01.】up.
【2023.02.12.】あおちゃんの語尾の誤を修正(気付くの遅)
【2023.04.01.】ヘビ一覧の順番修正
【2023.09.11.】加筆修正
【2023.11.03.】加筆修正


☆あなたに首ったけ顛末記・各話リンク☆

<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です

【生き霊ストーカー・編】
<その2> 鑑賞は生に限るが生き霊はイタダけない
<その3> 水野春臣の懊悩と金曜日が終わらない件
<その4> 御崎十緒子のゴカイ☆フェスティバル
<その5> 手は口ほどに物を言うし言われたがってる
<その6> 日曜日には現実のいくつかを夢オチにしたっていい

【ヘビたちの帰還・編】
<その7> 吾唯足知:われはただ「足りない」ばかり知っている
<その8> 天国には酒も二度寝もないらしい
<その9> どうしようもないわたしたちが落ちながら歩いている
<その10>「逃げちゃダメだ」と云わないで
<その11> アテ馬は意外と馬に蹴られない
<その12> ”〇〇”はゴールではない、人生は続く
<その13> イインダヨ? これでいいのだ!

【御崎十緒子の脱皮・編】
<その14> 耳目は貪欲に見聞し勝手に塞ぎこむ
<その15> 人生と誕生日は楽しんだもん勝ち
<その16> 隠者のランプは己を照らす
<その17> 闇で目を凝らすから星は輝く
<その18> トラブルには頭から突っ込まないほうがいい
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【前編】
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【後編】

【(タイトル未定)・編】
<その20> 招かれざる客は丁重にもてなせ


マガジン・小説『あなたに首ったけ顛末記』
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#InHeavenThereIsNoBeer #よーしビールは現世で飲んでくか

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