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あなたに首ったけ顛末記<その3・水野春臣の懊悩と金曜日が終わらない件>【小説】

ご来店ありがとうございます。コチラは『異能もの現代ファンタジーラブコメ』女子向けライトノベルなお話の<その3>です。お口に合いそうでしたら、ひと口だけでもいかがでしょうか? ジャンルもアレでこんな↓サブタイトルですが大丈夫、周りからはnote読んでるようにしか見えませんから!

前回までのお話:
<その1>はじめまして、首フェチの生き霊です
<その2>鑑賞は生に限るが生き霊はイタダけない

また、このお話にここまでお付き合いくださっている方へ、毎度ありがとうございます!
それでは、ごゆっくりどうぞ~。



あなたに首ったけ顛末記<その3>

◇◇水野春臣の懊悩と金曜日が終わらない件◇◇

(10300字)

御崎十緒子みさきとおこ:絵を描くのが好き、幽体離脱で生き霊になりがちな首フェチ26歳会社員女子
水野春臣みずのはるおみ:十緒子にナイスバディと認められた体の持ち主、顔立ち濃い目、口が悪く霊感体質の26歳会社員男子

<1>水野春臣の金曜日・1

(1900字)

「なんだこれ……ヘビ、なのか?」

 それを確かめた途端、俺、水野春臣みずのはるおみは、思わず声を上げた。

 ここは、十緒子とおこの部屋。
 さっきまで寝室の入口にいたヤバそうな生き霊は、去った……ベッドの上でベロチューかます、俺と十緒子を見て。

 そのすぐあと、姿を現した、それ。
 
 仰向けで脱力している十緒子と、十緒子に覆いかぶさっている状態の俺との、間の空間……つまり俺らの顔と顔の間に、なんの前触れもなく突然、それは現れた。

 至近距離で光るそれが一体なんなのかわからず、俺は体を起こし距離を取り、焦点を合わせそれを見た。
 が、今度は……そこで確かめたモノに、納得がいかない。

 それは。
 丸めれば両手に収まるほどの、小さいヘビだった。
 その体が、昼光色の蛍光灯のように光っている。

 なんで、ヘビ?
 しかもこいつ、宙に浮いている、だと?

(十緒子様。お久しぶりでございます。思い出されたのですね)

 そして、音のない不思議な声で……そいつは、十緒子の名を口にした。

 危険を感じた俺は反射的に、そいつをはたく。が、俺の手はそいつをすり抜け、バランスを崩した俺は、ベッドの下へ転がり落ちた。ドスン、という音とともに尻から着地し、その衝撃に耐える。

「っ、クッ、ソ……」
「水野さん?! だいじょぶですか!」
(十緒子様? なぜ心配などなさるのです?)

 起き上がって、ベッドの上から俺をのぞき込む十緒子と、その横で首をかしげるようなしぐさをするヘビ。

 現状が把握できないまま俺は、床に打ち付けて地味に痛む体を起こそうとした、のだが。なぜだか、金縛りにあったように、体が動かない……いや違う、まさに金縛りにあって、動けなくなっている?!

「……ぐ、がっ」

 クソッ、声も出せねぇ……なんだ、これは?

(十緒子様。この男、いかがいたしましょう。とりあえず縛りましたが。十緒子様は、此奴こやつから逃れるために、ワタクシをお呼びになったのですよね?)

 このヘビに、縛られた?
 十緒子がこいつを、呼んだ?
 ……俺から、逃れるため?

「……えーと、確かにそうなんだけど、縛る必要はない……こともない?」
(それでは。締め上げて、捨ててきてもよろしいでしょうか?)
「だ、ダメっ、待って、そういうんじゃない、けど、なんて説明したらいいの?!」
(了解しました。処分は保留、十緒子様が落ち着かれるまで、このままにしておきましょうか。それでは、深呼吸を)

 ヘビに言われて、十緒子は目をつむり、素直に深呼吸を繰り返す。十緒子が目を開けるタイミングで、ヘビが言った。

(十緒子様、やっとお会いできました。ワタクシのこと、おわかりになりますでしょうか?)
「うん……思い出した。私、なんで忘れてたんだろう。しーちゃん、だよね?」
(はい)
「しーちゃん、しーちゃんだ!」

 十緒子が、そのヘビを手に乗せ頬ずりをし、無邪気に笑う。そして顔を離すと、しーちゃんと呼んだそいつの頭を撫でた。
 ……俺の手がすり抜けた、実体のないヘビの頭を。

 生き霊を退けたあとに出現した、人語をしゃべる、明らかに普通じゃないヘビ。
 十緒子がそのヘビと親しそうに話すのを、金縛りで動けなくなった俺は、呆然と眺めるしかない。

 ……なんなんだ、この状況は。
 いや……もう、どうでもよくねぇか?

 危険? このヘビが十緒子を襲う危険なんか、どう見てもあるわけねぇだろ……。

 動けない俺の体が、蓄積していた疲れを思い出す。
 クソダリぃ……そして非常に、眠い。

 いまは土曜日の深夜、というより、まだ金曜日が終わっていない、そんな気持ちだ。
 クソ長い、悪夢のような一日。
 もうどうでもいい、この状況を放り出して、眠ってしまいたい。

 だが、聞き捨てならないことを、あのヘビが言った。

 十緒子が。
 俺から逃れるために、ヘビを呼んだのだ、と。

 俺は……十緒子を、どうしようとしていたんだ?
 てか十緒子は、つまり、襲われる、と思ったからヘビを呼んだ、ってことで。

 ……ああ、そうか。
 俺は、俺のしたことを、思い出す。

 襲ってんのは……俺のほうじゃねぇか。

 最低、ってか、クソだな、俺。
 サイアク、だ。

「……っ、と、十緒子、ごっ……」

 俺の、力を振り絞って出した声は、情けないことに途中で遮られた。

(なにを、じたばたと。十緒子様が落ち着かれるまで、待てないのでしょうか? それではもう少々、深く縛らせていただきますので)
「え、しーちゃん?! みっ、水野さん!!」

 急に重みを増して、さらに動かなくなる、体。
 床に縫いつけられながら、頭がもやに巻かれたようになり。

 俺はそこで、意識を失った。



<2>水野春臣の金曜日・2

(3150字)

 電車の、同じ車両に乗った人間のことなんて、俺は覚えていない。
 十緒子は毎朝、俺と同じ車両に乗っていたらしいのだが、俺が意識していたのはまったく別のこと。

 俺には、霊感がある。
 えなくてもいいモノが視えてしまうという、やっかいな体質の持ち主だ。

 人の多く集まる場所というのは、どうしても、人以外のモノも集まりやすい。
 じゃあ人の少ないところならいいのかというと、そっちはそっちで、厄介なのがのさばっていたりする。
 結局、ヤツらはどこにでも存在するのだ。

 まあ、こっちが気をつけていれば、そう面倒なことにはならない。
 例えば、電車内にヤツらがいないか、こちらが先に気付けばいいだけの話だ。
 面倒に至る前に対処するすべを、俺はもう身に着けている。
 それを教えてくれた人間に言わせると、最低限すぎるそうなのだが。

『もうちょっと頑張るだけで、僕みたいになれるのにねえ。もったいない』

 何度も言われたけれど、俺は聞く耳を持たなかった。

 俺はただ、普通の人間でいたかっただけなのだ。

 普通に大学を出て、普通に就職して。
 普通でいるために、体を鍛えて。
 体を鍛えることで精神もタフになり、結果、いんの気が溜まりにくくなる。陰の気が溜まりすぎると、あちらと通じやすくなり、寄り憑かれてしまう危険があるのだ。

 家の結界も、身に着けている護符も、普通でいるためには、しょうがない。
 普通でない、というのは、なぜか面倒なのだ。
 面倒を避けるには……効率的に、省エネで生きるなら、普通でいるに越したことはない。

 恋愛、というものも、普通にいくつか経験した。

 向こうから付き合って、と言われ、まぁ好みかなと思えば付き合った。
 生物としての本能である生殖、要するに性的なことを、ヤツらは苦手とする。
 なら効率がいい、一石二鳥じゃねぇか、と。

 だが、耐えられなかった。

 いつの間にか、ふたりの間に生じてくる、負のエネルギー。あれをどうにかすることは、ヤツらを相手にするより、厄介で効率が悪い。
 面倒だ。
 面倒でしかない。

 俺は早々に、恋愛というものに見切りをつけた。
 だから職場でも、色恋沙汰がはじまってしまわないように、俺は常日頃から気をつけている。

 職場での俺は、ごく普通の営業マンだ。
 勤め先は、大きなグループ企業が持つ子会社のひとつ。業務用のアプリ開発を中心として、広告や音楽配信、人材派遣など、なんでも屋のごとく幅広く事業を展開しており、様々な部門を抱えている。

 俺のような、人付き合いを面倒と思う人間が営業職なんか出来るのか、とはじめは思ったが、売り手と買い手、という立場がはっきりした顧客との関係を俺は楽だと感じた。
 職場の上司や同僚とも、仕事という共通の目的があることで、それなりに問題なく関係を保てている。

 この会社は、社内の別部門とのやり取りが、余所と比べて多いのだと、転職組から聞いた。別部門が、それぞれの顧客を上手いこと紹介しあって、仕事を得ることもある。
 顧客のために、別部門の手を借りたり貸したりする、この流れがスムーズに、当たり前になったのは、結構最近のことらしい。いい時期に入社出来てよかった。職場環境がいいのは、面倒が減って、なによりだ。

 まぁ残念ながら、職場の全員が、立場をわきまえているわけではない。
 どうしても、たまに立場を勘違いしている、例えばこの流れを堰き止めるようなクソを相手にしなくちゃならないことは、ある。


◇◇◇

「じゃあ次回のために、ミーティング、しなくちゃですよねぇ」

 金曜の午前、同行した顧客への挨拶から帰ってくるなり、そいつは言った。
 2年くらい後輩の、別部門の女子社員。
 
「いや。担当の方にも、必要ならご連絡くださいと伝えたし、それで充分。次回僕が行く必要はない」
「えーでもぉ、水野サンがいるだけで、なんか違うんですよぉ」

 なんか、って、なにが?
 大体、俺が行く必要はまったくなかった。向こうの担当者も、首かしげてるような雰囲気があった。どうやらこの女は、仕事をダシに、俺とどうにかなろうとしている。

 面倒くせぇ。
 俺は職場では、当たり前だが、言葉にも気を遣っている。それが、いちばん面倒ではないからだ。
 だが、この状況を打破するのに、罵倒以外の方法を考えるのは、とても面倒で疲れる。

「水野くん? いま、ちょっといいかしら」

 イライラがピークに達しようとしていたまさにそのとき、通りかかった主任に声を掛けられた。
 もちろんこのチャンスを、俺は逃さない。
 
「はい、大丈夫です。じゃあ、そういうことで。お疲れ様でした」
「あっ、水野サン……」

 足早に後輩女子から遠ざかり、主任に近寄ると、俺はつい、ふう、と息を吐いてしまった。

「悪いわね。邪魔したかしら」
「いえ、正直助かりました。また勘違いさせてしまったようで……」

 俺より4年先輩の、俺の直属の上司。実は彼女には、同じような状況になったときに、何度か相談していた。それとなく、釘を刺してもらったこともある。

「そうなのね。困ったものね。カノジョが出来てもこれじゃあ、ねえ」

 例の十緒子との噂……俺に社食デートしているカノジョがいる、というネタを、主任も耳にしていたようだった。
 もちろん本当はカノジョではないのだが、俺はあえて否定をしていなかった。
 いまも、そこは適当に流すようにしておく。

「……声を掛けたのは、僕を助けるためだったんですか?」
「そうよ、と言って恩に着せたいところだけど。残念、もっとやっかいな、オシゴトの連絡よ」

 主任が軽く、冷静に言い放った『オシゴト』は、現実とかなりの温度差があった。
 要するにそれは、部門内でのミスにミスが重なった事故の処理、それに付随する関係各所への謝罪と調整その他諸々で、今日中にそれが発覚したことだけは幸運だった、言えるような異常事態だった。

 部門の全員が、そのとき取り掛かっていた仕事を中断させられ、その対応に追われる。
 昼メシ前だったが、社食になど行けるはずもなく、追われるように出た外回りでコンビニになんとか寄り、片手で食べられる、もう覚えていないなにかを流し込んだ。


 最近の十緒子との昼メシは、待ち合わせの連絡などはしていなかった。
 俺の都合がよければ、あの共同社食に行く。
 十緒子がそこにいない、ということはなく、あいつは毎日、あの社食でメシを食っていた。

 十緒子が勤めるのは、俺の会社と同じオフィスビルにある、多業態を展開する飲食系の会社だ。その広告部門で、広告ツールやメニューなどの作成を担当しているらしい。
 忙しい時期が月に何度かあるが、概ね定時に食事、退社出来るそうだ。

 今朝も、いつもの車両で、十緒子を見た。

 ひとつ向こうの扉。
 目が合うと、軽く会釈が返ってくる。
 小さな背丈(158センチとか言ってたか)、二の腕にかかる長さのまっすぐな黒髪。ふっくらとした頬と、丸くていつも光を内包した目の、和製としか思えない顔立ち。

 俺はなにも返さず、スマホに目を落とす。
 いまごろこちらを、それこそ舐めるように『鑑賞』しているのだろう。
 なんでアレに、気付けなかったのか。それは今更、しょうがないとしても。

 俺はなぜ、いまもそれを許しているのか。

 会社で似たようなことをされれば、高確率で気付く。
 多少なら我慢するが、回避できるものなら回避する。

 だが結局、俺は十緒子の『鑑賞』を許し、十緒子と縁を切らないことを、選んでしまった。

 いや……幽体離脱した十緒子は、体に戻れなければ、死ぬ。
 そう、だから俺は、そうせざるを得ない。

 本当に、そうか?
 人の命がかかっているとはいえ、ここまで関わる必要は、ないはずだ。

 なのに、なぜ……俺は。



<3>水野春臣の金曜日・3

(2750字)

 主任の冷静な判断と指示、メンバー全員の意地もあってか、一時間ほどの残業で処理を終え、退社することができた。
 何人かは、勢いでこのまま飲みに行くらしい。俺は疲れを理由にその誘いを断った。

 オフィスビルから駅に向かう途中で、俺はスマホを取り上げた。
 一瞬迷い、でもすぐに操作を再開する。

『今日ですか、だいじょぶですよ。あっ、でも、ゆっくり来てくださると助かります』

 電話越しの、いつもの声。十緒子はすでに帰宅していた。

「てめえ、さては掃除してねぇな」
『ふふ、お見通しですね、最近すっかりサボってました! これから大急ぎで掃除機かけますので!』
「なんか買っていってやるから、その間に終わらせろ。リクエストはあるか?」
『もしかして、おごっていただける……わけ、ないですね。ええと、ギョーザがいいです。冷凍の、フライパンにのっけて火を付けるだけのを、3パック……で、足りるかな? 駅前のスーパーに安いのがありますので……あ、しまった、じゃなくて、あっちのドラッグストアのほうが遠くて、いえ、安かったかも』
「時間稼ぎかよ。嘘が下手すぎるぞ。じゃあスーパー寄ってから、行くわ。心して掃除しろよ」
『っ、了解しましたっ』

 今日は一日中、他人に振り回されるような仕事ばかりで、相当疲れていた。
 速攻帰って、シャワーを浴びたかった……はずなのだが。

 俺はまた十緒子の部屋で、十緒子に悪態をついている。

 こいつは俺の体、特に首を観るが、俺自身に興味がない。
 最近、なんとなく、それが気に食わなかった。
 顔を合わせても、イライラが増えそうなものなのだが、それでも俺は、ここに来てしまった。

 ……面倒な、ことに。

 いつも下ろしている長い黒髪を無造作にまとめ、無邪気にギョーザを頬張る姿を、酒の肴にしている。


◇◇◇

 帰宅してシャワーを浴び時計を見ると、もう22時近かった。
 普段の俺は、出勤前に走り込みや筋トレをするので、21時にはベッドの中にいる。
 寝る前にも、家の中で出来る範囲で体を動かすのが日課となっている俺は、スパイダープランクをしながら、ぼんやりと考えていた。
 後輩の勘違い迷惑女と、十緒子との違いを。

「……毒、か」

 毒があるか、ないか。
 いや、迷惑な後輩が毒女、というわけではない。
 俺にとって毒だというだけで、ああいうタイプが好きな男はたくさんいるだろう。

 俺にとって、十緒子は毒じゃない。

 おのれのフェチを、開き直って遠慮なくヒトに押し付けてくるし、いわゆる女子力も低いダメ女だが、あいつは……素直に、人の言うことを聞く。

 俺がダメ出しして、改善しろと半ば命令したことを、あいつはすべて実行した。
 部屋の掃除はともかく、髪型や化粧、服装は、俺の言うことに従う必要もなく、反抗してもよかったはずなのだ。

 それほど俺の首に魅力があった、といえば、それまでなのだが。

 でも俺は、そうやって他人の言うことをなんなく飲み込んでみせる十緒子に、内心舌を巻いていた。
 俺が出来るのなんか、飲み込んだフリくらいなものだ。
 面倒を避けるためだけの。
 あんな強さは、俺にはない。

 毒のない。
 素直、しなやかで強い。
 そう、なんというか、穢れのない。
 透明な、トオコ。


 初めてあいつの生き霊を見たとき、鳥肌がたった。

 目鼻立ちがはっきり見える、白く……美しい、女の霊。
 それが、こちらに向かって、手を伸ばしている。
 相当力のある、やっかいなモノかもしれない。

 ビビっているのを悟られないよう、出来る限りの力を、目と声に込めた。
 退けることに成功して、どれほど安堵したことか。
 張り直した部屋の結界は、2回目の来訪でまたも破られたが、冷静に観察すると彼女にはコードがあり、それに結界のダメージが見て取れた。

 こいつは、生き霊だ。
 それも、邪気のない……なぜだか、イヤな感じがまったくしない。

 生き霊の、間の抜けた『バリアみたい』というセリフに、俺は警戒心を解いた。
 そして、生き霊が体に戻れるように、手助けをはじめた。


「……眠れねぇ」

 ベッドに入ってたものの、頭が冴えてしまっていた。
 疲れと、いろいろ考え込んでしまったのと。
 寝る前のトレーニングを、いつもより余計にやりすぎてしまったかもしれない。

 一時間くらい悶々として、最後に見た時計の時刻は、0時33分。
 そのあたりでやっと、睡魔が襲ってきた……。


◇◇◇

 あの、美しい、と思ってしまった、生き霊姿の十緒子が。
 なぜかいま、俺の目の前に、俺と同じように横たわっている。

 手を伸ばせば、届く距離。

 初めて名前を聞いたとき、”トオコ”は透子、と書くのだろう、と思った。

 だがこいつは、首フェチのヘンタイで、普通じゃない。それに、幽体離脱を繰り返して俺に手間を掛けさせる、面倒なヤツだ。

 俺の信条に、ことごとく反する存在。

 最近の十緒子は、最初の頃のもっさりした感じが薄れ、生き霊のときの印象と違和感なく重なることが多くなっていた。

 目の前の、この生き霊の姿こそが、きっと本来の十緒子の姿なのだろう、と思う。

 俺がいま手を伸ばしている先にいる、白く淡く光を帯びる、美しい霊。
 やわらかそうな、頬。

 こうして……手を伸ばせば、届いてしまう。
 それに触れることが、出来てしまう……。

『……っ。首フェチヘンタイ生き霊女、御崎みさき十緒子とおこ、26歳。おまえ……また、なのか?』
『おはようございますぅ……お手数、おかけします……』

 俺はいま、なにをしようとした?
 なにを、考えて?

 力が、抜けた。

『に、二度寝っ? あの、最高に気持ちいいときに申し訳ないんですが。体に戻れないと私、死んじゃうんで』
『寝てねぇし……わかってるし!』

 十緒子の声を遠ざけるように頭を抱え、熱くなる顔を手で覆った。

 俺はいま、十緒子に、触れようとした。
 その肌の感触を、確かめたくて。

 これは生き霊で、手を伸ばしたところで俺の護符が弾くというのに。
 寝ぼけていたにしても、これはダメだろ。
 実体と生き霊の区別なく、十緒子に手を伸ばしていた、とか……。
 アホか。
 ヤバかった。俺はなんとか、その手を止めた。

 でもそのあと、その努力を。
 俺は自らブチ壊してしまった。

『私っ、カノジョじゃないですから! これーーーーっぽっちも、そんな気ないですから! 誤解ですからっ』

 ……これっぽちも、だとぅ?
 ふざけんな、俺の気も知らないで!
 そうやってブチ切れた俺は、自分の欲望を、満たした。

 十緒子の唇を……ただふさぐだけでは満足できなかった俺は、己の舌でそれをこじ開け、中を蹂躙する。

 その場の、勢いで。
 生き霊を退ける、ついでに。
 無抵抗の女に、同意も得ずに。

 マジ、か。
 クソありえねぇ……。



<4>水野春臣の懊悩のはじまり

(2500字)

 目が覚めると、俺はベッド脇の床で寝ていた。

 小窓から差し込む、日差しが明るい。
 掛け布団にくるまれ、頭の下には枕。だがフローリングの床が、背にゴツゴツと当たる。
 なんの気なしに起き上がって、体が動くことに気付いた。

 振り返って、ベッドの上に眠る十緒子を見つけた。

 毛布を耳元まで深くかぶり、こちらに顔を向けている。
 グシャグシャの黒髪、力の抜けた眉間、閉じられたまぶた。半開きの、そのうちヨダレが垂れてきそうな口元。

 俺はわずかに視線をそらす。
 ベッドのヘッドボードに置かれた目覚まし時計の表示は、土曜日のAМ8:37。
 徐々に、深夜に起こった出来事を思い出す。

 あのヘビは、見当たらなかった。

 床に座ったまま、再び十緒子の寝顔に目をやる。
 しばらくの間、頭をアホみたくカラッポにしたまま、俺はそれを眺めていた。

 と、「んむ……」と声がして、十緒子のまぶたがゆっくりと開いた。
 俺を見つけたその瞳が、ふんわりと、笑うときのそれになり。
 十緒子は、俺に向かって両手を伸ばした。

「ごちそうさまでした……」
「『ごちそうさまでした』……?」

 俺がオウム返しにつぶやくと、それを耳にした十緒子の表情が、はた、と静止した。
 がばっ、と起き上がり、俺と反対側の壁に背中を押し付け、それから毛布をかぶり直した。
 そのうち、隙間から目の部分だけこちらに見せる。

「お、オハヨウゴザイマス」
「……おう」

 俺も十緒子も、言葉を発さないままお互いを見ていた。
 が、俺と同じタイミングで、十緒子も言った。

「悪かった、ごめん」
「申し訳ございませんでした」

 え? という表情で、十緒子が毛布から顔を出した。
 たぶん、俺も似たような顔をしているはずだ。
 十緒子が固まったままだったので、俺は続けた。

「おまえの同意もなしに、無抵抗のおまえに触って……キス、したのは、悪かった。ごめ……申し訳ない」

 途中で、言葉を変えた。
 十緒子の顔が、見る間に真っ赤になってゆく。

「訴えられても文句は言わねぇ」
「う、訴え? いえ、でも、あの……あれはその、あの生き霊さんに体に戻ってもらうための、きゅきゅ、きゅ、救命救急的な、モノでその、必要悪? だったんですよね。いえあの、悪、っていうか、びっくりはしたんですけど、私、初めてでしたし、」

 しどろもどろに話す十緒子のセリフに、またも聞き捨てならない単語があった。

「……初めて?」
「ふあ、ふぁーすときす……って、ヤツですか? 26歳にもなって、アレなんですけどね、あはは」
「……マジか……」

 シャレにならんと思いつつ……このどろりとした『してやったり』感は、なんだ?
 そう、俺のキスで十緒子の生き霊が体に戻った、と思ったときにも、これを感じた。
 俺は、鬼畜か。

「えっと、そう、ですね。次回は、ひと言声を掛けていただいてからのほうが、いいかもしれませんね。私、死ぬかと思いました。心臓が、ありえないほどヤバかったので。ほんとに、死ぬかと思うくらい……わああっ」

 十緒子は急に叫んで、頭に毛布をかぶった。十緒子の肩が、大きく上下に揺れている。
 急に、なんだ?

「お、思い出しただけでっ、動悸がっ。だって気持ちよすぎとか、ハアッ、初めてにはっ、ハッ、ハードル高すぎてっ」
「……十緒子? 落ち着け、ちゃんと息しろ」
「心臓が壊れて、死ぬかと思ったんです、だから私、私も、水野さんに断らないで、触ってしまいました……ごめんなさい! 死ぬ前にもう一度だけ、って思っちゃったんです、結局私死んでないし、これじゃただのお触りですよね、許されませんよね?! もう、私……私、死ねます、思い出し悶え死に、でも死んでないし、うあああん!」

 毛布越しに頭を抱え、真っ赤な顔で一気にまくしたてる、十緒子の混乱っぷり。
 それを見た俺も、だいぶ混乱していた。
 俺に生じた、感情に。

 ……かわいい? これが?
 俺がそんなこと考えるとか、おかしくないか?

 『次回』、『気持ちよすぎ』というワードをしっかり拾ってるとか。
 だから、次に発した自分のことばのおかしさにも、俺は気付けない。

「っ、落ち着けって、言ってんだろ! 触りたきゃ触れ、このバカ!」

 とっさにベッドの上に上がり、毛布を剥いで十緒子の手を取る。その両手を引っ張って、手のひらで俺の首に触らせると、十緒子が「うひゃっ」と小さく叫んで一瞬息を止め、それから脱力した。

 俺の首に、十緒子の両手。その両手を、俺の手が覆う。
 お互いの熱と拍動が重なって、さらに熱を生む。

 十緒子は、ぽかんと俺を見上げていた。
 ぐしゃぐしゃになった長い髪。
 赤く熱っぽい肌。
 涙目になっている、黒く丸い瞳。

 顔が、クソ近い。
 目が、逸らせない。

 どれくらい、そうしていたのか。
 十緒子がつぶやくまで、俺は息を止めていたのかもしれない。

「……私のこと、殺す気ですか。魂抜けそうですぅ……」
「はあっ……は? おまえがそれを言うとだな……いや、大丈夫そうだな。おまえ……呼吸、落ち着いてきてるじゃねぇか」
「わあ、なんででしょう。私、そんなに触りたかったんですかねえ」

 そんなに、俺の首に触れたかったのか、おまえは。

 で、俺は。
 俺もおまえに……触れたかった?

 触れる、触れたい、触りたい。
 これって、なんなんだよ。

 ムカつくことに。
 十緒子にとってこれは、おそらく恋愛ではない。
 ああ、だから俺も。
 これは、恋愛では、ないよな?

 そう、ただ触りたかった、それだけだ。
 なんだ、そうか。
 それだけの、ことか。
 俺も、十緒子のようなヘンタイだった、と。

 ……………………。

 クソッ!
 そんなわけ、あるかっ!


(十緒子様、ただいま戻りました)

 そのとき、俺の背後からそんな声がして、振り返ると例の、昼光色の蛍光灯なヘビがいた。当たり前のように宙に浮き、人語をペラペラとしゃべるヘビ。

(なんですか、イチャイチャと。おふたりともワタクシのこと、すっかりお忘れになられてたようで)

 ああ、すっかり忘れてたよ。
 それどころじゃなかったし。

「で、なんなんだ、おまえは?」

 俺は十緒子の手をしっかり握ったまま、そいつをにらみつけた。




つづく →<その4>はこちら

あなたに首ったけ顛末記<その3>
水野春臣の懊悩と金曜日が終わらない件・了

(この物語は作者の妄想によるフィクションです。登場する人物・団体・名称・事象等は架空であり、実在のものとは一切関係ありません。)


【2022.11.04.】up.
【2023.01.18.】加筆修正
【2023.03.03.】章タイトル追加
【2023.07.02.】加筆修正
【2023.08.24.】微修正
【2024.02.09.】加筆修正


☆あなたに首ったけ顛末記・各話リンク☆

<その1> はじめまして、首フェチの生き霊です

【生き霊ストーカー・編】
<その2> 鑑賞は生に限るが生き霊はイタダけない
<その3> 水野春臣の懊悩と金曜日が終わらない件
<その4> 御崎十緒子のゴカイ☆フェスティバル
<その5> 手は口ほどに物を言うし言われたがってる
<その6> 日曜日には現実のいくつかを夢オチにしたっていい

【ヘビたちの帰還・編】
<その7> 吾唯足知:われはただ「足りない」ばかり知っている
<その8> 天国には酒も二度寝もないらしい
<その9> どうしようもないわたしたちが落ちながら歩いている
<その10>「逃げちゃダメだ」と云わないで
<その11> アテ馬は意外と馬に蹴られない
<その12> ”〇〇”はゴールではない、人生は続く
<その13> イインダヨ? これでいいのだ!

【御崎十緒子の脱皮・編】
<その14> 耳目は貪欲に見聞し勝手に塞ぎこむ
<その15> 人生と誕生日は楽しんだもん勝ち
<その16> 隠者のランプは己を照らす
<その17> 闇で目を凝らすから星は輝く
<その18> トラブルには頭から突っ込まないほうがいい
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【前編】
<その19> 痴話喧嘩は甘いうちにお召し上がりください【後編】

【(タイトル未定)・編】
<その20> 招かれざる客は丁重にもてなせ


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 ↑ 第一話から順番に並んでます。
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