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禍後の楽園から

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第16話 [カショウ]アウトバーン/過去と未来の夢 - 禍後の楽園から

第16話 [カショウ]アウトバーン/過去と未来の夢 - 禍後の楽園から

空の端っこが少しオレンジに染まりかけていたが、ほとんどはまだ青かった。
空気も澄んでいる。エアーフィルの影響か、都市の中はたいてい晴れている。

シオとサタと私は「シロ」に向かっていた。シオに例の感覚デバイス、“ヴァーヴ”に慣れてもらうことも兼ねて。

「この景色にその恰好、ほんと似合わないわね」

念のため、私もフェイスシールドとヴァーヴを着けていた。シオひとりにこの恰好をさせるのはさすがに忍び

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第15話 [シオ]生体デバイスによる感覚管理 - 禍後の楽園から

第15話 [シオ]生体デバイスによる感覚管理 - 禍後の楽園から

カショウは僕に、フェイスシールドと時計型のデバイスをわたした。

「これがないとあそこにたどり着けない」

あそこ?……頭脳都市?

「なんですか、これ?」

「ヴァーヴメーター一式だ。脳波や生体情報を測る。“Vhav(ヴァーヴ)”は、英語のvibrationとサンスクリット語か何かを掛け合わせた固有名詞、このアプリの名前だ」

とりあえず言われるままに身に着けてみる。それまで柔らかだった世界に、

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第14話 [カショウ]都市の再構成2 - ミラーリング都市機能 - 禍後の楽園から

第14話 [カショウ]都市の再構成2 - ミラーリング都市機能 - 禍後の楽園から

ある地方都市にて、エアーフィルの実証実験は始まった。

雷や、何らかの飛翔物による危険、日照の変化、人々の活動や農作物、気候への影響などが検証され、何度かの改良ののち、エアーフィルは実用段階に入った。それと同時に、その街には新たな呼称が与えられた。MIRAH-0001。それは同時に進行していたミラーリング都市計画の第一号であることを示す呼称だった。

その後、PHENO-00、つまり頭脳都市にも採

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第13話 [カショウ]都市の再構成1 - 都市清浄装置 - 禍後の楽園から

第13話 [カショウ]都市の再構成1 - 都市清浄装置 - 禍後の楽園から

あった。

倉庫の中で私は思わず声を上げた。表面に積もった塵をはらい、ツールケースを開ける。黒光りするそれらの道具は、俺たちはまだ現役だと主張しているようだった。これと同じものがもうワンセットある。棚の奥から引きずり出した小ぶりのダンボールには、ぎっしり書類が詰まっている。

それらを家に持ち込み、ダイニングの大きなテーブルに広げてみる。

ツールケースから時計型の端末を取り出し、電源を入れる。黒

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第12話 [シオ]ベーシックインカムから快適な配給制へ - 禍後の楽園から

第12話 [シオ]ベーシックインカムから快適な配給制へ - 禍後の楽園から

「物資取りに行くんだけど、一緒に来てくれない?」

サタさんの提案で、僕たちは小川沿いの小道を歩いていた。

「これ、川じゃなくて用水路なの。きれいでしょ?お花がたくさん。昔から街の人がボランティアで手入れしてるのよ」

たしかに両岸の樹木はきれいに整えられ、水面には鴨が3羽ほど泳いでいる。澄んだ水の中を魚が泳いでいるのも見える。

僕に街を案内したかったのか、サタさんは寄り道をしながらゆっくり歩

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第11話 [カショウ]新しい生活様式/号令/リミッター解除 - 禍後の楽園から

第11話 [カショウ]新しい生活様式/号令/リミッター解除 - 禍後の楽園から

私はベッドの中で、あの日のことを思い出していた。

あの日、この国のリーダーは、世界が二度ともとに戻らないことを宣言した。緊急事態宣言の解除。それが新しい時代の合図だった。

彼は“新しい生活様式”という言葉を使った。今後も人との適切な距離を取ること、通勤や通学をなるべく控えることを人々に求めた。

サタはその“号令”を聞くまで、この国がまた元の不合理な世界に戻ることを懸念していた。そのせいか、彼

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第10話 [シオ]悪の創造主/フウのゆりかご - 禍後の楽園から

第10話 [シオ]悪の創造主/フウのゆりかご - 禍後の楽園から

「気をつけろよシオ。そいつには時間の観念がない」

忠告するならもっと早くするべきだった。外はすでに白んでいた。

「何が“私が世界を壊したの”、だ。自分が破壊のヒロインか何かだと勘違いしてるんじゃないか?昔から自意識過剰なんだ、おま、いや、キミは」

「うふふ。だってそうじゃない?」

サタさんはそう言いながらテーブルの上を片付け、カップとティーポットを奥へさげた。

「たとえサタの言う通りでも

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第9話 [サタ]世界を壊したのは私 - 禍後の楽園から

第9話 [サタ]世界を壊したのは私 - 禍後の楽園から

それで私、一生懸命ジャンプの法則を実践したの。うーん、一所懸命じゃないわね。リラックスが大事だから、ひたすらダラダラして。ダラダラしても罪悪感を感じないように、自分の心のクセや思考のクセを書き換えるようにがんばったの。がんばっちゃいけないんだけど、ある意味でがんばったの。

そしたら2つの変化が起こったの。一つは引っ越し。急に決まったから、荷物を整理する間もなく、急いで引っ越したの。だから、積み残

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第8話 [サタ]世界を創る/並行世界/ジャンプの法則 - 禍後の楽園から

第8話 [サタ]世界を創る/並行世界/ジャンプの法則 - 禍後の楽園から

私ね、その子のために新しい世界を創ることにしたの。

それはこんな世界なの。

まず、学校はオンライン教育ね。たまに体育や音楽を一緒にやる以外は、おうちで授業が受けられるの。

あとはPTAの廃止ね。私、ママ友とか公園デビューとかPTAとか、そういうママ社会?そういうのに耐えられる自信なかったの!そんなの、消耗しかないと思わない?まあこれは、あかちゃんのためじゃなく、自分がイヤだっただけだけどね、

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第7話 [シオ]不妊治療/発達障害 - 禍後の楽園から

第7話 [シオ]不妊治療/発達障害 - 禍後の楽園から

「そろそろ帰るか」

話しきって満足したのか、それとも疲れたのか、カショウはそう切り出した。

さすがに子連れのグループは帰ったらしく、“シロ”はすっかり落ち着いた空気に包まれていた。相変わらず雲のない夜空と大粒の星たちは、さらにコントラストを強め、夕暮れとはまた違った美しさを見せていた。

「お前、オレばっかりにしゃべらせて。今度はお前がしゃべれよ?」

“お前”なんて乱暴な言葉、自分の世代でも

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第6話 [カショウ]ウイルスの観測問題 - 禍後の楽園から

第6話 [カショウ]ウイルスの観測問題 - 禍後の楽園から

COVID-19は、最初は肺炎を引き起こすという触れ込みで始まった。しかし次第に、他の症例も報告されるようになった。嗅覚の異常のほかに、血管内への侵入や、それと関連して肺以外の臓器もダメージを受けることがわかってきた。一口にCOVID-19と言っても、その症状の出方は千差万別だとの現場の証言もある。

もうひとつ、サイトカインストームというワードも目にするようになった。

サイトカインストームとは

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第5話 [シオ]呼吸/境界/破壊 - 禍後の楽園から

第5話 [シオ]呼吸/境界/破壊 - 禍後の楽園から

カショウは僕を連れ出した。晴れた美しい夕暮れだった。雲ひとつない空は、オレンジから濃紺へグラデーションをなし、ところどころに大粒の星をレイアウトしていた。

この世界では、どの街も自然と人工物が調和した美しい光景が見られるが、このカショウの住むMIRAH-0041も例外ではなかった。

僕たちは“シロ”に向かって歩いた。カショウによると、シロとは、古い城の周りにある盛り場のことらしい。

砂や雨の

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第4話 [カショウ]MIRAH-0017からの来客 - 禍後の楽園から

第4話 [カショウ]MIRAH-0017からの来客 - 禍後の楽園から

その青年が私を訪ねてきたのは一昨日のことだ。彼はシオと名乗り、頭脳都市(PHENO-00)へ向かうと言った。

この世界では、他の土地から人がやってくることはあまり多くない。たいていのことがオンラインで事足りてしまうということもあるが、危険が街と街との交流を阻んでいるのが最大の理由だ。

母に会うため。青年はそう言った。母に会うため、MIRAH-0017(MIRAH-XXXXとは行政区画ナンバーだ

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第3話 頭脳都市/情報統制 - 禍後の楽園から

第3話 頭脳都市/情報統制 - 禍後の楽園から

頭脳都市。

すべてにおいて例外的な場所。
この社会のすべてを管理している中枢都市。

そこに僕の母がいる。

そこは地方とはまったく勝手が違う。
そこにいる人たちは、この社会システムのために働いている。

この世界に民間企業はほとんどない。だからここにいる人たちは、たいていが(あなたたちの世界の)官僚のような仕事をしている。

各地のステーションから拾い上げたデータや、オンライン上の情報を元に、

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