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唐仁原昌子
2024年6月16日 20:03
十年以上も別々な人生を生きてきた、いろんな人間がごちゃ混ぜに存在する学校みたいな環境だと、どうしても「いじる人間」と「いじられる人間」が生まれる。 俺たちのクラスも、例に漏れずしっかりその「病」にかかっていて、俺はどちらかいうと「いじられる側」の人間だった。 昔からそうだったから、そういうものだと思っていたし、自分としてはさほど違和感はなかった。 だからこそ、俺を「いじる人間」がずい
2024年5月19日 22:00
授業中、教科書とノートを自分の座る席の机上に広げる。 そこは私にとって、五十分を過ごすにはあまりに狭い世界なので、私はときどきノートの「なか」に救いを求める。 授業がつまらないなとか、教室を出てどこかに行きたいなと思うたびに、ノートの最後のページにさかなの落書きをすることにしたのは高校一年生の頃だ。 本当に、「つまらないな」と口に出して言ったり、どこかに行ったりしてはいけないというこ
2024年4月28日 23:11
じわりと夜が滲むような、春の夕暮れで満たされた廊下を、ものも言わずに歩いていく。 そんなミオの背中を、私も同じく黙ったまま追いかける。決してミオのためではない。私は、たぶん私のために彼女を追いかけている。 部活の後、ミオは確かに泣いていた。 ロッカールームに忘れ物をしたことに気がついて戻ったとき、私はそれをみてしまった。 一年の頃から同じクラスで、同じグループで楽しくやってきたけれ
2024年4月21日 20:59
「中島ちゃーん。次の数学の課題、終わってたりしない?」 休み時間になると、青木さんが声をかけてきた。 終わってたりしない?なんて聞いておきながら、彼女は私が課題を終わらせていることを、ほぼ確信して聞いてきている。多分。「あ…うん、終わってるよ」「よかった!ごめんだけど、お願い!見せて!」 手のひらを合わせて、ごめんのポーズをしながら、大して悪びれた様子もなくそんなことを言う。まあ
2024年4月7日 22:39
「 ──いや、マジで。本当に私のママうるさくって」「ウケる。それで門限十七時になったの」「そう。ヤバすぎるでしょ。そもそも部活終わったら十八時前なのに、十七時門限とかどういうことなの」「もう時空を超えて帰ってこいってことじゃないの」 何かあったよね、そういう話。何それ、聞いたことないけど。え、知らない?嘘だあ、待って調べるから。 駅構内、チェーン展開されているカフェにて。隣の席の女子
2024年3月31日 19:35
三月の終わり、ぬるい春の日。 私は、今か今かと時計を見つめる。 ジリジリと進む秒針が、私の視線の熱で溶けて出す…なんてつまらない妄想をしながら、時が過ぎるのをじっと待つ。 しばらくして、待ち焦がれたチャイムが鳴る。教壇で先生が何かを言う。それを聞いたクラスメイトたちがどっと笑う。 いつもの空気、いつもの教室。 掃除のために机を動かす音、椅子を引いて立ち上がる音。誰かの笑い声に、
2024年3月17日 20:06
「ねえ」 沈黙を破ったのは、やはりミオだった。「冬のすきなもの、挙げっこしようよ」「…冬の好きなもの?」 あまりに唐突で、聞き返してしまう。「うん。私、石油ストーブが点いたときの匂いが冬っぽくてすきなんだよね」「ふうん」 石油ストーブが身近にないから、そんな匂いはしばらく嗅いでないなと、コンクリートの階段に座り、剥げかけた赤いマニキュアを見ながら思う。「後は…コンビニで買
2024年3月10日 23:36
深夜二時、スマホの画面がぼうっと光る。 日曜日の夜中に、こんな時間まで起きているやつなんて、私には一人しか心当たりがない。 光った画面には、想像した通りカオリの名前が眩しく示されている。ベッドに寝転んだまま、スマホを手に取り通話ボタンをタップして応じてあげることにした。「…なにー?」「お、やっぱり起きてた」 夜の隅っこで、だらだら睡魔を待っていた私を知ってか知らずか、声の主は嬉し
2024年2月25日 20:30
絵を描くことがすきだ。 別に、特別に上手いわけではない。そんなの自分が一番わかっている。 それでも私は、絵を描くことがすきだ。 思っていることを伝えるのは、いくつになっても難しいけれど、いまの気持ちを色で示すことはできる気がする。 考えていることを問われるのは、昔から変わらず苦手なままだけれど、描きたいものをそのままキャンバスに表すことならできる気がする。 絵は、正解がないからす
2024年2月18日 21:21
夕暮れの美術室に、彼女はいた。 一人で鼻歌を歌いながら、全身で大きめのキャンバスに向かっているその背中は、普段教室で見る姿よりもずっと眩しかった。 その日、俺が美術室にペンケースを忘れたことに気づいたのは、放課後になってからだった。 五、六時間目の美術の移動で美術室に持って行き、そのまま置き忘れて教室に戻った。 帰宅前、とあるプリントを職員室へ提出することを思い出したときに、同時
2024年1月7日 22:23
放課後の教室。 すっかり夕暮れが通り抜けていった後、じわじわと夜が染みてくるようなそんな時間。 みんなもう帰って、ぽつんと残っている自分と、がらんとした教室の空気。それだけで満たされた空間。 ここにあるのは、ただそれだけ。 自分の席に座って、ぐるりと全体を見渡す。 机の数は、全部で三十六。 いまの私の世界の大部分を構築している、その数字を頭の中でなぞりながら、日々それぞれの机
2023年12月24日 23:43
「なあ」 金曜の終礼前、隣の席の冬田に急に声をかけられた。 冬田は大人しいというより、無口という印象が強い。 親しい人とはよく話しているが、それ以外の人間にはまるで興味がないと言わんばかりのポーカーフェイスで、隣の席になって一週間以上経つのに会話はほぼゼロだ。 そんな相手にいきなり話しかけられたものだから、私ははじめ、自分に向けられた「なあ」だとは思わなかった。 しかし、彼は明ら
2023年11月26日 22:24
「ああー、大人になりたくないー!」 突然そう言って、アカネは校庭の真ん中にずんずんと歩いて行き、そこで持っていたバッグをドサリと下ろす。 そして、何をするのかとついて行った私たちの目の前で、制服のまま何の躊躇もなく校庭に寝転び出した。「いや…何。ちょっと、起きなよ」 下校のタイミングなので、それなりに人通りはある。周囲からの好奇の目を気にしつつ、スズが慌ててそんなアカネの手を掴んで起
2023年11月19日 23:49
通学路に、少し勾配のきつい下り坂がある。 その坂の先に十字路があって、そこを通り過ぎた先で右に曲がると、私の通う学校が見える。 何てことはない、いつもの道。 その日は、私には珍しく早起きをして気まぐれに早く家を出たので、通学路に同じ制服の人間はほぼいなかった。 通い慣れた道なのに、目に入る景色が少し違うだけで異世界のように見えて、不思議な気持ちになる。そんなことを考えながら、ゆっく