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ショートストーリー

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短い物語をまとめています。
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迷宮入り。

迷宮入り。

嘘しかつけない日に良い事があった。
正直に過ごそうとした日は怒られた。

嘘をついてはいけませんと教えられたけど、正直なことが良いわけではないらしい。ついていい嘘というのもあるらしい。

嘘をついて、笑って見せた。
正直に泣いた。

朝から、元気に挨拶した。
やりたくないことを断った。
みんなの話題に話を合わせた。
知らないところで起きた悲惨なニュースを消して、ゲームの続きをした。
もう会う気のな

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気まぐれに、夕暮れ時に。

気まぐれに、夕暮れ時に。

靴の中の石ころが、かかとを突いてくる。
いつもと同じ仕事をして帰る、いつもと同じ悩みの中を歩く。
「日常を楽しむのは難しいことではない」と発信する配信動画を見ながら食べる夕食は何にしよう。そんな気持ちでするスーパーでの買い物は、もはや散歩みたいなものだ。つまらない。時間だけが過ぎ、よくわからない季節限定パッケージのお菓子がカゴの中には入っている。

スーパーの外は寒かった。
結局、夕食は温めるだけ

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伝統とは、幻想とは。

伝統とは、幻想とは。

月の下、竹灯籠の明かりが揺れていた。
安らぎを求めて集まる人々が寺町を散策し、その路地に灯る無数のろうそくは、ぴったり人数分あるかのように各々が安心感を受け取っていた。
時折やってくる夜風が背中を押すから歩き出せる、そんな夜だった。

屋根の上に、影が一つ。
月光には決して当たらぬよう、そして夜風に衣擦れが届かぬように一匹の鬼が寺の屋根瓦に胡坐をかいていた。
琴、三味線、尺八、和太鼓。古典の音色が

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保存状態のいい、雨の跡地。

保存状態のいい、雨の跡地。

久しぶりに帰ってきた公園のベンチは雨に濡れていた。
今朝降ったばかりなのだろう、。黒く湿ったそこには座れそうにない。
ポケットから煙草を取り出してから、もう自由に吸えないのかと戻した。
随分と神経質になった。
ここに通っていた頃には、道路に飛び出さないことぐらいしか気にしていなかったように思う。
公園の草花は膝下しか隠してはくれず、見上げていたはずの木々も歩くのを邪魔をするようだ。すこし露をつけた

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