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『特異点紀行』- 偽史、フェイクロア、創られた伝統を巡る旅路

はじめまして。私のnoteは各地の偽史フェイクロア創られた伝統といった背景を持つ場所や存在を巡り、撮影した写真を投稿しているフォトグラファーです。しかしながら、それらは中々聞きなじみのない言葉かと思います。ですので、簡単な説明を行うとともに、なぜ私がそのような撮影を行っているかを述べたいと思います。

偽史とは

偽史とは、偽りの内容、歴史でありながら、史実として語られ伝承してきた出来事や文献、史跡などです。例えば近年話題となった、近畿一円に頒布している『椿井文書』。江戸時代後期、椿井政隆によって作成された数百点もの古文書群で、地域によっては貴重な史料として現代でも活用されています。ですが、その多くは椿井によって創作された「偽文書」であることが、歴史学者の馬部隆弘氏によって本格的に明らかとなりました。

一例として、大阪の枚方市にある指定史跡『伝王仁墓』を紹介します。ここは王仁(わに)という、4世紀末から5世紀初め、朝鮮半島の百済から日本へ、『論語』や『千字文』をもたらした人物が没した場所とされています。しかし、その根拠となった文書が椿井文書であったことが判明しました。偽の史跡である以上、墓の扱いや地域史を再考する必要がありますが、自治体は「地域にとって大事なものである」とした見解を述べ、今も変わらず地元で親しまれています。

フェイクロア、創られた伝統とは


フェイクロア(疑似伝承ともいいます)と創られた伝統は近い要素があります。これらは、古来より伝わる伝統と思いきや、実は近代に意識的(意図的)に創作された由緒や文化などを指します。

例えば、兵庫の神戸市にある『湊川神社』。鎌倉末期~南北朝時代に活躍した武将、楠木正成を祭神とする神社です。兵庫県内有数の参拝客を誇り、「楠公さん」の愛称で親しまれています。ですが、創建は1872年と歴史としては意外と新しいです。もちろん100年余りの歴史も十分伝統と言えるものではあります。しかし、創建の背景には皇国史観という、明治に確立した天皇を君主とする歴史観がありました。というのも、楠木正成は「天皇に忠義を尽くした英雄」として有名です。それを人神として祀ることは国民に、楠木正成を手本にして、天皇を崇敬することを推進するという意味が込められていることが、当時の時代背景から読み取れます。いわば湊川神社は、近代ナショナリズム的側面をもって由緒が創られた神社といえます。

現実と妄想が交差する「特異点」

こうしてみると、一見どれも良くない印象を受けられるかと思います。ですが私は、これらを大変興味深いものとして捉えています。

なぜなら、このような背景を持つ場所や存在は、人類が生み出した、豊かでときに狂気じみた想像力と、当時の時代背景に違った側面から迫れるからです。そして何より、ネットの全世界的な普及、都市計画や再開発などによって合理性と遍在化が追求される現代においては、恐らく実現不可能な代物だと考えます。

そこで私は、様々な思惑や妄想が、神社や跡地といったかたちで表象して、現実と交差している様相を「特異点」と定義しました。そして日本各地の「特異点」が、地域にどう溶け込み、活用されているのかという視点から観察し、対象と周辺をアーカイブするような方針で撮影を行っています。

奇想ともいえる歴史の産物ですが、実はそこに人類にとって不可欠な営みがあると考えています。奇妙で興味深い「特異点」の世界を、これから紹介してきたいと思います。ご興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひ今後とも私のnoteをご覧頂ければと思います。

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