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職務と職能のダブル等級制度

最近よく「ジョブ型人事制度」が話題になっています。日経新聞などでも頻繁に記事になっており、日本企業の特長だった「メンバーシップ型」から「ジョブ型」へ移行するのが人事の世界ではトレンドになりつつあるように見えます。

当社でもジョブ型人事制度への移行をお手伝いするケースが増えて来ており、以前から「職務ベース」の人事制度設計・導入のサポートを数多く手掛けてきた立場としては、ノウハウもありますし積極的に御手伝いしたい分野ではあります。

しかしながら、日本企業の実際のあり様、社員の気質、組織文化やマネジメントの特徴などを考えると一気にジョブ型人事制度を導入するのはかなり無理があるケースも多く、また実際に定着させるのは非常に険しい道のりであると言わざるを得ません。以前「アメリカ企業と日本企業の違い」という記事でも書かせて頂きましたが、日本企業においてはジョブ型人事制度が機能する条件(業務の仕組み化、職務定義の明確化など)が整っていないケースが多く、また整えようとしても一朝一夕には行かないことの方が多いでしょう。無理にジョブ型に一気に移行すると社内が混乱し業績が低下することにもつながりかねません。

そこで当社が最近よくお勧めしているのが、「職能等級」と「ジョブグレード(職務等級)」のダブル等級制度です。多くの日本企業で取り入れられている職能等級は残したままで新たに職務等級を導入し、両方の等級で個人を処遇しようとするものです。公表されているケースでは、コインパーキング「Times」を運営するパーク24株式会社さんの事例があります(労政時報第3984号)。正確にはパーク24さんの場合は職務等級ではなく役割等級と能力等級のダブル等級制度ですが、役割等級は職務等級の亜種といった位置づけですので(異論はあると思いますが)、当社がお勧めしている制度とほぼ近いコンセプトです。

二つの等級で処遇することは一見複雑で難しく、混乱を招きそうとお感じになるかもしれませんが、実は多くのメリットがあります。例えば、ある社員を現状より高いポジションに就けようとする、特に思い切った抜擢人事の場合、職能等級はそのままでジョブグレードだけを上げるといった運用が可能となります。この場合、同じ職能等級の他の社員よりもジョブグレードが高い分、給与も高くなるわけです。賞与をジョブグレードと連動させておけば更にインパクトを生むことが出来ます。

そしてその社員が新しいポジションで成果をあげることが出来た場合には、能力も向上していると認められるため職能等級を上げることが可能となります(ジョブグレードは同じ職務に就いている限りあがらない)。逆に成果を上げられなかった場合、その職務から外れる(ポストオフ)のでジョブグレードは下がりますが職能等級は従前のままです。

職能等級制度のもとでも「役職手当」といったジョブに対応する報酬を設けているケースは多く、これと何が違うのかというご質問もよく受けます。ジョブグレード(に対応する給与)と役職手当との大きな違いは、役職手当は原則として組織の(マネジメント)ポジションに就いた人にしか支給されませんが、ジョブグレードは組織内のすべての仕事に割り当てられるということです。

また当然、同じ職務に就いている人でも能力が向上したと認められれば、ジョブグレードは従前のままで職能等級だけアップさせるという運用も出来ます。つまりその人の「能力が高まった場合」と「就いている職務がグレードアップした場合」それぞれで異なる運用、柔軟な対応が可能となるのです。実態に合わせてスピーディな処遇変更が実現出来るわけです。

もしこれが職能等級一本ないし職務等級一本だった場合は、もっと硬直的な運用しか出来なくなります。職能等級一本の場合は、社員をあるポジションに就けて成果があがらなかった場合でも、「能力が下がった」と証明するのは難しいため職能等級を下げることは非常に難しいと思います(日本企業で良くあるケースです)。また職務等級一本の場合には、職務を変えることでしか大きな処遇のアップダウンが実現出来ませんから、組織の都合で(本人の意向と関係なく)同じポジションで働いてもらう人の処遇を変えることは非常に難しくなります。もちろんどちらの場合も評価に基づく昇給額や賞与額のアップダウンは実現出来るわけですが、等級を変更するインパクトの方が遥かに大きいことは言うまでもないと思います。

このダブル等級制度は、先日掲載した「管理職任期制」とも相性の良い制度です。一定期間、管理職に就いている間だけジョブグレードを高くしておいて、職務から外れた場合にはジョブグレードは下がりますが職能等級を下げる必要はありません。役職定年制の場合でも、ポストオフと同時に一律で年収カットといった乱暴な手段を使う必要がなくなるわけです。

この制度の導入により社員一人一人の「職務」に対する意識は間違いなく高まりますし、将来ジョブ型に完全に移行する準備として位置付けることも可能です。一気にジョブ型に移行するよりもハードルが低く、多くの日本企業にマッチしていると考えています。もちろん職務の定義や序列をしっかり定める必要があるという点では手間がかかりますが、メンバーシップ型の良い点を残しつつジョブ型の良い点を取り入れることが可能という意味において当社ではお勧めしています。柔軟性と機動力を実現する仕組みとして、検討してみられてはいかがでしょうか。

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