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夏目漱石論2.0

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#芥川龍之介

近代文学2.0の中間報告

近代文学2.0の中間報告

読んでる人いる?

 一応そろそろこれまでやってきたこと、これからやることを整理しておきたいと思います。

 この記事で述べたように近代文学2.0では「丁寧に読む」という信条によってこれまで、

・谷崎潤一郎の初期作品が極めて政治的なもの、体制批判的なものであり、ドミナとは捏造されるものであること
・夏目漱石作品もまた明治政府・明治天皇制に批判的であり、その粗筋がほぼ読み誤られたまま多くの人々に論

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岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する169 夏目漱石『明暗』をどう読むか⑱ そう言えば書いていない

岩波書店『定本漱石全集』注解を校正する169 夏目漱石『明暗』をどう読むか⑱ そう言えば書いていない

彼女はいつでも彼女の主人公であった

 ごく当たり前のように書かれているが、実はこのことこそが津田にとっては当たり前でないことなのである。お延は、

・お延は自分で自分の夫を択んだ
・津田を見出した彼女はすぐ彼を愛した
・彼を愛した彼女はすぐ彼の許に嫁ぎたい希望を保護者に打ち明けた
・その許諾と共にすぐ彼に嫁いだ

 ……と一直線である。普通はそうなのだろうといったん思ってみる。津田が変わっていて

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芥川龍之介は漱石文学を継承したか? ①

芥川龍之介は漱石文学を継承したか? ①

 私はこれまで繰り返し、太宰治が芥川龍之介文学を継承する様を指摘してきた。

 しかしいかに憧れがあったとは言え、太宰は芥川に対してさえ遠慮がない。

 芥川が激賞する芭蕉の句をスルーして天狗になる。芥川の場合、夏目漱石文学に対してはもう少しクールなところがあり、勿論速読の芥川なら主要な作品は読んでいたと考えられるものの、その直接的な影響を見出すことは困難である。やっと昨日になって、

 漱石の『

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サバイバーズ・ギルトのない風景

サバイバーズ・ギルトのない風景

 芥川龍之介が直接的に戦争について書いた作品は『首が落ちた話』と『将軍』のみであると言って良いであろうか。「東西の事」を書いた『手巾』が戦争に関して書いたのではないとしたら、そういう理屈になるのではなかろうか。

 しかしこんな残酷な風景はむしろ付け足しである。芥川にとって戦争とは単なるプロットに過ぎない。芥川は『将軍』でも『首が落ちた話』でも戦争を材料にはするが、戦争そのものを云々する意図は見

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ライズィングジェネレエシヨンの爲めに

ライズィングジェネレエシヨンの爲めに

 この手紙では久米との海水浴の話がつづられる。芥川龍之介とって夏目金之助は師でもあり、どこかに畏怖があった筈なのだが、この手紙は妙に慕わしい。

 こんなシーンはあたかも大正三年に書かれた『こころ』の冒頭の海水浴を思わせるが、残念、このライジングジェネレーションの手紙は、漱石の晩年、大正五年の八月一宮から出されたものであろうとされている。漱石に『鼻』を絶賛された直後である。『こころ』の冒頭の海水浴

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読み誤る漱石論者たち ダミアン・フラナガン② 谷崎は芥川の弟子ではない。

読み誤る漱石論者たち ダミアン・フラナガン② 谷崎は芥川の弟子ではない。

 ダミアン・フラナガンが毎日新聞にまたいい加減なことを書いている。これを読むのは主に外国の人なのだろう。間違った情報が海外に発信されているとしたら、いや、実際にされているのだが、これは彼個人の問題ではなく、そのプロフィールで公にされている出身大学やこの記事を掲載している新聞社の問題でもある。
 まず基本的な誤りを指摘すれば、谷崎潤一郎は芥川龍之介の弟子ではない。敢えて言えば、永井荷風の引きで世に出

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『三四郎』を読む⑪ 青春小説を読むとはどういうことか

『三四郎』を読む⑪ 青春小説を読むとはどういうことか

 ここしばらくどうでもいいことを書いてきたので、そろそろ文学の本質的な話をしたいと思う。初心な田舎者、明治元年くらいの頭の意気地のない男、そう三四郎を笑おうとした人たちは、この三四郎が捉えた美をどう眺めただろうか。

例えば言葉そのものはいささか軽いが、結果として「青春小説の金字塔」としての『三四郎』という見立てに私は大きく反対しない。子持ち女に迫られて風呂場から逃げ出す三四郎も、与次郎にラ

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ある死をめぐる考察 静子が殺されたことは明らかにおかしいのだ

ある死をめぐる考察 静子が殺されたことは明らかにおかしいのだ

 吉田和明の『太宰治はミステリアス』(社会評論社、2008年)は太宰治を聖化しようとする太宰ファンたちの神話を突き崩そうという試みであり、少なくともこれにより太宰の死に顔は微笑んでいたという神話は明らかに突き崩されているように思える。しかし太宰ファンではない、ただの太宰信奉者ではない、単なる浅はかな太宰作品の愛読者であるこの私にとって、太宰の死体がぶよぶよであったことなどはどうでもいい。ここから始

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漱石・芥川・太宰・三島のらっきょう

漱石・芥川・太宰・三島のらっきょう

 鞄に入る入らない問題、そして副知事室に4500万円トイレ設置で有名な作家猪瀬直樹は三島由紀夫について『ペルソナ 三島由紀夫伝』でこう述べている。

 らっきょう頭から生まれる絢爛たる文学といえば、やはり芥川龍之介のことを思い出さざるを得ない。芥川龍之介の小中学生時代のあだ名はやはり頭の形から「らっきょう」だった。このらっきょう頭、太宰では顔になり、精神になる。

 このらっきょう顔について、夏目

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[小説] ぼくの心が変だ

[小説] ぼくの心が変だ

ぼくの心が変だ

火を入れた艶消しのアルミニュウムの筐体は寝起きの癖で低く唸った。南国の色艶やかな蝶々が飛び違い、光彩に消える。たたさよこさに乱れる浪漫文字が間もなく一つの言葉を結ぶ。そしてどことも見当のつかない剣呑な西洋の崖が現れる。すっかり葉の落ちたまだらの枯れ木に嘴の短い鴉が一羽止まっている。この地に辿り着いた者が弁当を使い、引き返して風呂に入るまで、一体何日かかるのだろう? ようこそ春陽村

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