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セルゲイ・ロズニツァ『破壊の自然史』"空襲と文学"と無差別爆撃について

大傑作。セルゲイ・ロズニツァ通算30作目。W.G.ゼーバルト『空襲と文学』から着想を得たということで、同じくゼーバルト作品に着想を得た『アウステルリッツ』の血族か。20世紀末、ゼーバルトは講義にて"第二次大戦時ドイツのほとんどの都市は無差別な空襲を受けたが、戦後ドイツ文学においてそのことが書かれることはほとんどなかった"とし、"空襲と文学"についての論争を巻き起こした。原作はそんなゼーバルトの講義と余波をまとめた一冊である。民衆は圧倒的な非日常を前に茫然自失とし、精神保護プログラムのように災禍を忘れることで急速な復興をなし得た、とゼーバルトは書いている。そして、数少ない先行作品を参照しながら、国民や文壇がなぜ意識的な健忘症に罹ったのかを検証していく。ゼーバルトの作品には写真が添えられていることが多く、原作でも同様である。作中でゼーバルトは、生存者の証言にはステレオタイプな言い回しが多く、想像を超える現実は生色を失って嘘くさくなってしまう(そしてそれこそが精神防衛機構である)と触れており、言葉ではどうしても曲げられてしまう生の現実を目前に展開するために写真を使用していると考えられる※。ロズニツァの撮った本作品の存在は、それに近い印象を受ける。まず映し出されるのはのどかな日常風景。子供は道端に座って果物を食べ、船では船乗りが音楽を奏で、ガチョウの群れが野道を歩み、海辺のカフェでは男女が曲に合わせて踊っている。すると今度は、戦闘機から都市を見下ろす映像に変わって、遥か下に広がる大都市の光をめがけて爆弾を落としていく。次に出てくるのは燃えた建物、消火する兵士たち、救助活動をする市民たち、通りに転がった死体、逃げ出す市民たち。まさに"群衆"というテーマ性でロズニツァとゼーバルトが交わる部分である。
※個人的に、ゼーバルト作品における写真の使い方はラドゥ・ジュデのドキュメンタリーでのそれと似ていて(例えばThe Exit of the Trains)、この二人のほうが相性良さそうな気がするんだが、ゼーバルトは多分ルーマニアのことは書いて無いと思うので交わりそうにないなあと。

しかし、そういった市民についての物語は最初の30分で終わってしまい(終盤でもう一度戻ってくるが、その時点では違う意味を持っている)、残りはひたすら軍需工場と飛行場の風景を捉え続ける。イギリスとドイツの風景が交互に登場するが、そこに違いは見出だせない。そして、イギリス軍のモントゴメリー元帥が工場で行った演説とフルトヴェングラーが工場で(?)「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を指揮する映像、チャーチルとゲーリングの被災地訪問は対置される。また、ドイツ本土への無差別空爆を熱烈に支持し、それを産業化した(と原作で言及されている)イギリス空軍の"ボンバー"ハリスによる"無差別爆撃でドイツ国民を戦意を喪失させよう(大意)"という言葉と、それに対するゲッベルスの決起を促す演説は、まさに無差別爆撃が全く戦意喪失に関係がなかったというゼーバルトの主張を裏付けている。だって無差別爆撃されたイギリスは挫けなかったじゃないか、という映像の並置と対置の積み重ねも強力な意味を帯び始める。

ゼーバルトは『空襲と文学』を"ドイツがスターリングラードを爆撃した事実を忘れてはならない"と締めくくっているわけだが、ロズニツァはここに着目し、無差別爆撃についての議論を一般化したように思える。それは勿論ロシアのウクライナ侵攻とも、それ以外の戦争とも結び付けられる。同時に、映像という強力なメディアは原作と相互補完の関係にもある。やはり一筋縄ではいかないな。

・作品データ

原題:Die Naturgeschichte der Zerstörung
上映時間:110分
監督:Sergei Loznitsa
製作:2022年(ドイツ)

・評価:90点

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