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セルゲイ・ロズニツァ『My Joy』ソビエト後期における"ズヴェニゴーラ"の再構築

1996年からドキュメンタリー作家として活動していたロズニツァが製作した初めての長編劇映画。2010年のカンヌ国際映画祭のコンペティションに選出され、同年唯一の初監督作枠を獲得した。トラック運転手のゲオルギーが巡るソ連とロシアを横断した暴力とアレゴリーの旅路、と言えば聞こえはいいものの、中身は散乱した挿話の集合体のような体裁をとっている。"名無し"の老人、幼い娼婦、口の利けない男それぞれの挿話が象徴する要素を一つずつ吸収したゲオルギーが冬の荒野を彷徨うのを追った話で、どこか神話的な脈絡の無さは同じくウクライナの伝説を紡いだアレクサンドル・ドヴジェンコ『ズヴェニゴーラ』を思い出す。

夏のある日、トラック運転手のゲオルギーは検問で止められて長時間の足止めを喰らい、トラックを離れて戻ってくると見知らぬ老人が助手席に座っていたので乗せていくことになる。そこへ唐突に二次大戦直後ドイツから帰還した兵士だったという老人の回想が挿入される。以降も映画は自身の持つ"意識の流れ"をリニアに紡いでいく。ゲオルギーは"名無し"という亡霊に捕らえられ、名前も失っていく。次は幼い娼婦の挿話で、"偽善"を象徴させることでゲオルギーはそれを得てしまう。迂回路を通って森で迷ったゲオルギーは三人組の暴漢に襲われ、口が聞けなくなる。暴力と盲従の挿話。ゲオルギーは小屋の女主人に性奴隷として拾われる。小屋には二次大戦期からの忌まわしい記憶があり、映画はそれを連続的に取り入れる。ジプシーの女主人はゲオルギーを棄て、マイノリティが逆転する。それを"名無し"の老人が助ける。彼のもとに引き取り手のない兵士の遺体が放棄され、老人も自殺する。"名無し"が"名無し"を譲り受けるという歴史の継承。二人は共に兵士であり、国に尽くしたはずなのに、結局は国に殺されるという皮肉。

ロングショットが冴え渡っていた序盤の二つの挿話で映像的な面白味は終わってしまったような感じがするが、1秒たりとて忘れられないあたりその魔力は凄まじいものだったのかもしれない。

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・作品データ

原題:Schaste moe
上映時間:127分
監督:Sergei Loznitsa
公開:2011年3月31日(ロシア)

・評価:90点

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