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セルゲイ・ロズニツァ『国葬』赤は共産主義の赤、そして…

1953年3月5日、長きに渡ってソ連に君臨した独裁者ヨシフ・スターリンが亡くなる。厳かに運び込まれた棺には悠久の眠りについた彼の亡骸があり、その周りを色鮮やかな花々が囲んでいる。本作品は五日間に及んだ彼の国葬風景をモノクロ、カラー入り乱れる様々な映像から復元し蘇らせたロズニツァ通算25作目である。ソ連中の人々がラジオから発せられるスターリンの死とその詳細について、涙ぐみながら静かに耳を傾け、帽子を脱いで喪に服し、巨大な花束と遺影を持って通りを練り歩き、銅像に献花する。人民がスターリンの棺を拝みに大量の列を作り、通り過ぎながら死に顔を眺めるシーンは、どこか美術館で有名な絵画を眺める人々を警備員が誘導して循環を促す風景に似て滑稽だ。一番面白いのはスターリンの野暮ったい肩書を全て読み上げるシーンだが。こうして、プロパガンダとして本来持っていた熱量を完全に抜き去り、ただの葬式というとても退屈な儀式へと後退させる手腕には感嘆する。ロズニツァのフッテージ再構築ものでカラーの映像が出てきたのは初めてなんだが、やはり共産主義の"赤"、そしてより原義に立ち返った"血"としての"赤"に包まれた映像は、綺麗な思い出を並べる映画に反してグロテスクなまでに過去を掘り下げようとしているように見える。

様々な場所で追悼集会が開かれ、ラジオを始めとして様々なメディアからスターリンの業績を称え、死を惜しむ声が響き渡る。遺影や国旗と共に広場に集まって追悼演説を聴く人々の風景は『The Event』にも似ているが、本作品の人々には全く熱気が感じられない。『粛清裁判』で登場した、デモ行進をする群衆に似た作為的な何かを感じてしまう。一方、アーマンド・イヌアッチ『スターリンの葬送狂騒曲』で触れられた中央委員会の高官たちも、旧共産圏の首脳たちを迎え入れながら、おべっかを並べてスターリンを称賛しながら、裏では政治闘争を繰り広げているんだから笑ってしまう。追悼集会の司会はフルシチョフが務め、マレンコフ、ベリヤ、モロトフというスターリン以後急速に失脚していった面々が演説をするさまは圧巻。
ちなみに、『Blockade』における音楽はロズニツァによる後付けなのだが(これはこれで凄まじいパワーがある)、本作品における不自然とも思える音楽たちは全てその場にいた音楽隊による音源を使用しているらしい。断片になってもそれが流れ続けるのは、中央委員会による荘厳な演出の一端に触れるというテーマの一環なんだろう。

厳かに運び出されるスターリンの棺は、真っ赤なフリルに巻かれた脱出ポッドのような、ある種の悪趣味な滑稽さがあり、そこに重なる弔砲は彼が殺してきた数々の人々の記憶もチラついてくる。『炎628』のラストが脳裏から這い出てくるのだ。そして葬儀が終わると、ロズニツァは子守唄でまとめた後、すかさずスターリンの"業績"を付け加える。ロズニツァもまた、後世に記録を残す上で重要な役割を担っていることを忘れず、画面外にある現代の文脈、或いは表面的で文脈を読まない抜粋による情報の歪曲から本作品を読み取れなくなった場合すら想定しているはずだ。

追記
公開初日に観に行ったことで、ベルリンにいるロズニツァ監督とZoomで対面することが出来た。国葬後に一旦は完成した『The Great Funeral』というプロパガンダ映画がお蔵入りしてアーカイブ送りとなり、ソ連崩壊とともに解放されたことをきっかけにフィルムの存在を知り、誰もそれに手を付けないことから自らが立ったのだ、と彼は言う。ロシアにおいてスターリンの評価は未だ定まっておらず、だからこそ彼のことを知る一番の手段は少しの間タイムトリップして、空気を目撃することだと続け、本作品や緩くリンクしたペアとなる『粛清裁判』はその可能性を探る作品だったとしている。

ちなみに、ロズニツァ特集のパンフレットは1400円であることが信じられないくらい読み応えがある。5000円くらいでも買うべき必読の書。

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・作品データ

原題:Государственные похороны / State Funeral
上映時間:135分
監督:Sergey Loznitsa
製作:2020年(リトアニア, オランダ)

・評価:80点

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