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セルゲイ・ロズニツァ『マイダン』ウクライナに栄光あれ、英雄たちに栄光あれ

2013年11月21日。ウクライナのヤヌコーヴィチ政権はEUとの連合協定を見送る方針を発表した。しかも、サミット直前に。これによって長く燻っていた国民の怒りに火が付いて燃え広がり、"ユーロマイダン"と呼ばれる一連のデモ活動へと発展していく。ウクライナ語で"マイダン"は広場のことを指し、オレンジ革命以降は反政権へのデモ行動を指す言葉として広く定着していたようで、それに事の発端となった"ユーロ"を足して、今回の特定のデモについてこう呼ぶようになった。それら一連のデモ活動を時系列順に扱いながらも、ロズニツァが題名を"マイダン"のみにしているのは、これまでも同様の形態をした抗議活動が展開され、これからも展開されていくべきであるという一般化の意味も込められているのだろう。大小に関わらず数ある"マイダン"の中で、今回のがある種の"大きな結果"を伴ったものであったというだけで、一過性のイベントとして特別視したくないという感じの。題名を一般化するのは彼のキャリア全体に言えることなのだが、短い期間に起こった特定の出来事を扱ったのは今回が初めてなので余計に強く感じてしまう。

監督通算17本目にあたる本作品は、翌年に製作されたソ連8月クーデターについてのファウンドフッテージ再構築映画『The Event』と姉妹編と呼ばれるほど似通ったエネルギーを持つ、ロズニツァ渾身の"同時代の記録"である。これまでも"同時代の記録"として多くの短編ドキュメンタリーを撮ってきた彼のキャリアの中で、本作品は初めて田舎から脱して都会にやって来た記念碑的な作品なのだ。しかし、『The Event』と異なる点は数多くある。同作はカメラマンが一人の登場人物のようにレニングラードの街を彷徨い、広大な広場を埋め尽くすほど集まった人々の熱気と興奮を共有していたが、本作品はいつものロズニツァ作品のように、フィックス長回しで"観察"するに留まっている。扇動者の目線から人民を見下ろすように撮っていた『The Event』とは逆に、壇上ではなく広場に立って、参加者/炊き出しなどに協力する裏方スタッフなどの姿も収めていくことで、マイダン=広場に集まった人々全体のモンタージュを作成し、デモ活動の全体像を俯瞰的に観察しようとしているのだ。
その思考は、デモが取締法によって弾圧され、抗議活動の形態が変化していった後でも変わらない。歌や話し声に溢れ屋台が乱立し、ある種の"活気"があった広場は、一瞬にして怒号と悲鳴にまみれ、炎と煙に包まれていく。そんな中でも、ロズニツァのカメラは怒る国民たちと盾の向こうで顔も見えない治安部隊を物静かに観察し続けている。替え歌や楽器演奏など"音楽"が印象的に配されていた前半を考えると、人々が楽器から石(歩道を破壊して投石用の石を確保していた)や火炎瓶に持ち替えた中盤にポツンと姿を表す、燃えるトラックを前にバグパイプを吹く男のシーンはあまりにも現実離れしていて詩的ですらあって強烈な印象を残す。弾圧されても残り続ける人間性の象徴のようなシーンだ。

ここで後の長編劇映画四作目『Donbass』へと強固に結びついていることに今更気付く。ヤヌコーヴィチ亡命でひとまず幕を下ろす本作品に対して、ロシアのクリミア併合後のハイブリッド戦争を描いた同作は、時系列的な観点からも本作品の続編的な立場の作品になっているのだ。劇映画である同作は、観察映画たる本作品とは異なり、一応の語り部となる視点人物がいるのだが、ほぼ地続きで同じ題材を扱っているので、ロズニツァのドキュメンタリー映画と劇映画に対するスタンスの違いと共通項を見つけることが出来る。

本作品で唯一カメラが意図せず場所を変えるシーンが中盤にある。それは広場に設置されたカメラ付近に催涙弾が炸裂し、咳き込みながら別の場所に移動させるシーンだ。観察者が観察者でられなくなる瞬間のようで、"真実"を扇情的に扱っていかなる方向にも歪曲したくないという想いと故国の現状に対する怒りのジレンマが可視化されたシーンにも見えた。

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・作品データ

原題:Майдан
上映時間:130分
監督:Sergei Loznitsa
製作:2014年(オランダ/ウクライナ)

・評価:80点

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