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【長編小説】熊の飼い方

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新社会人になり、不安と期待を寄せる青年。 一方で平凡な毎日に飽き飽きした青年。 そんな二人の青年の苦悩と不安を描いた小説。 ※フィクションです。登場人物や団体は架空のものです。
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#文学

熊の飼い方 29

熊の飼い方 29

  光 15

 翌日、会社に行かなかった。行きたいという気分が全くなかった。ベッドの上で天井を眺めながら考えを巡らしていた。
学校も休んだことなどなく、皆勤賞をもらったこともある。別に友達がいるわけでもないが、家にいても親を不安にさせることも嫌だったのもあるが、サボったところで特にすることもなかったので行っていた。いじめを受けていなかったといえば嘘になるが、そこまで陰湿ないじめもなく難なくこなし

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熊の飼い方 28

熊の飼い方 28

 影 15

 作業着を着替えに更衣室に行くと、ごっさんが着替えていた。服がロッカーの上にあったり、籠の中に作業着が乱雑に投げ込まれ、ロッカーは所々凹んでいる。壊れて開かないロッカーも稀ではない。ごっさんは着替えながら会釈をし、心配そうに僕を見ていた。
「大丈夫ですか?」服を着るのを一回止め、ごっさんは言った。
「え、あ、はい」と僕は俯きがちに答えた。
「にっしーさん、前に僕が問題出したこと覚えて

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熊の飼い方 27

熊の飼い方 27

 光 14

 気付いた時には、家の床にうつ伏せで転がっていた。寝返りを打ち机の上を見ると、半分残っているウイスキーの瓶と、封が空いているスナック菓子があった。
腹筋に力を入れて起きようとしたが上手く力が入らず、そのまま元の位置に戻る。壁に掛っている時計を確認すると、午前三時だった。
 記憶があまり無い。早く仕事を終え、帰って行ったところまでは覚えている。そこから思い出そうとしても上手く思い出せな

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熊の飼い方 26

熊の飼い方 26

影 14

 僕は追いかけている。緑あふれる丘の上で。周りは綺麗な芝生に囲まれている。日光が芝生を照らし、さらに緑が映えているように見える。空には、所々に薄い雲が流れ、その他は青色が一面に広がっている。心地良い風が額をすり抜けていく。このような場所で一生暮らせたら幸せだろうな、と微かに思った。
 僕の前を走っているのは、高校生ぐらいの女の子だろうか。髪が肩に当たるか当たらないかぐらいで、走る度にな

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熊の飼い方 25

熊の飼い方 25

光 13

 いつもより早く仕事が終わる。午後七時。外はまだ少し明るい。大阪の街は、夜の仕事が始まる準備をしている。少し遠回りをして帰ろうと思い立った。気分があまり良くないからである。
また今日も、いつものように上司からの罵倒。今日は、「お前見とるだけでイライラするねん。もう帰れ」と言われた。どうやら会社にいることも許されない。張り詰めていた糸がプチンと音を出して切れた。
 二ヶ月以上罵倒され続い

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熊の飼い方 24

熊の飼い方 24

影 13

 ほぼ変化がないという環境では時に激しい感情が生まれる。ふとした時に、どうしようもないぐらいの感情が湧き上がってくることがある。知らぬ間に頭で思っていたのもが体の全てに浸透している。行動に出た時には、ことが終わってしまっている。今日は、流れてくる同じ食材が三回ほど手に収まらず、突然怒りが巻き起こった。
 気付いた時には、医務室のベッドで寝ていた。後から聞くと、ひどい荒れようだったらしい

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熊の飼い方 23

熊の飼い方 23

光 12

 昨日のセミナーのおかげで、今日は会社に行くのが先週よりも少し楽になっていた。しかし、気持ちが変わっただけだった。やはりミスをし、上司に罵倒されることは収まらなかった。結局、島崎と僕は違う人間。昨日、セミナーに来ていた人間も何かしらのやりたいことの為に成功をし、自分に自信のある人達なのだと確信を持てた。
「佐々木くん、この前のプレゼンよかったよ。次も楽しみにしてる」
 そんな声が聞こえ

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熊の飼い方 22

熊の飼い方 22

影 12

「にっしーさん知ってますか?家庭での熊の飼い方」ごっさんが急に話しかけてきた。
「熊って飼えるんですか?」
「飼えるんですよ。実は。コツはなんだと思いますか?」
「目を隠すとかですかね。目を隠してたら、暴れようがないし、余計な刺激を与えないと思いますね」
「その発想はなかった。さすがですね。でも違います」
「全然思い浮かばないですね」
「考えといてください。いい答えまってますよ!」
 

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熊の飼い方 21

熊の飼い方 21

 光 11

 小さな雑居ビルのエレベーターを登る。
『島崎流 自己啓発セミナー』
 二階に到着し、扉が開いった時に目の前に見えたのがこの看板である。看板があるところの部屋のドアを開ける。
 そこは教室ようだった。椅子と机が前のホワイトボードに向かい並べられている。ホワイトボートマーカーの匂いが教室全体にほんのりと香っている。このような教室に入るのは中学校の塾ぶりのようで、少し懐かしい気持ちに浸り

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熊の飼い方 20

熊の飼い方 20

影 11

 今日の外は、騒がしくなく静かだった。窓から差し込む光は鮮やかな橙色をしていた。どのようにしてこのような景色が作られているのか理解しがたい。しかし、何かが合わさってこのような色に変化しているのだろう。この辺りの一部だけであろうか。それとも、日本中を覆っているのだろうか。この景色に感動している人はこの世にいくらいるのだろうか。高い窓から差し込む木洩れ陽をライトに机に向かった。途中で書けな

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熊の飼い方 19

熊の飼い方 19

光 10

 いつものように、デスクで資料を作っていた。今日は会議までの時間に余裕がある。時計を見るともう午前十一時だ。出勤時間から三時間も経っている。
 今日はいつものようにいかない。何故か手から汗が滲み、心臓がいつもよりも早く打つのがわかる。初めてのことではない。高校時代にも同じような経験をした。
 あれは、高校三年生の日本史の授業中のことである。先生は強面で、いつも日に焼けていた。授業はいつ

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熊の飼い方 18

熊の飼い方 18

影 10

「昨日は取り乱しちゃってすみません」ごっさんは爽やかな笑顔で声をかけてくる。
「いえ、もう大丈夫でしたか?」
「聞いてもらってスッキリしました。ありがとうございます」
 そう言うと、昨日のことは無かったかのようにごっさんは仕事に取り掛かっていた。無論、自分も何事も無かったように仕事を行う。しかし、気になって仕方がない。
 僕に興味を持って、信頼できる人間であるからあのようなことを言って

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熊の飼い方 17

熊の飼い方 17

光 9

 雲が人間に光をできるだけ当てないように空を覆っている。僕は、進んでいるようだが進んでいない足を持ち上げ会社に向かう。今日はどのようなことで怒られるのだろうか。部長の怒った顔が自分の頭を占領している。周りの社員も最近は、僕の陰口を言っているようだ。
 足は会社の方角に向かっている。サボりたいのは山々である。いつも気がついたら会社にいる。事務所にはまだ誰もいなかった。いつものことだ。気持ち

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熊の飼い方 16

熊の飼い方 16

影 9

 夕食を終え、自室に戻ろうとしたとき、自分を呼ぶ声が聞こえた。にっしーさんと呼ぶのは彼しかいない。それに加え、自分を呼ぶ人物など彼しか考えられない。
 いつものように爽やかな屈託の無い笑顔でこちらに寄ってきた。どうしたのかと聞くと、話しましょうとごっさんは言ってきた。何気無いが自分にはそのような提案を人にする事がないので少し驚いた。表情を変えずに頷き談話室へと向かった。
 長い間ここにい

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