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熊の飼い方 22

影 12

「にっしーさん知ってますか?家庭での熊の飼い方」ごっさんが急に話しかけてきた。
「熊って飼えるんですか?」
「飼えるんですよ。実は。コツはなんだと思いますか?」
「目を隠すとかですかね。目を隠してたら、暴れようがないし、余計な刺激を与えないと思いますね」
「その発想はなかった。さすがですね。でも違います」
「全然思い浮かばないですね」
「考えといてください。いい答えまってますよ!」
 ごっさんとの間に流れる空気は、気付いた時には自然に戻っていた。時間に身を任せると言ったものだ。いつものように、作業着で仕事をしている。
僕は数年間ここに落ち着いている。ここで仕事をしている。ご飯にも困っていない。
 よく大人に言われた。―――落ち着いた大人になれ。ちゃんと仕事して、社会に貢献できる大人になれと。落ち着くとは何だろう。その場に居続ける事なのだろうか。それとも心を常に沈めておく事なのだろうか。それで生きてると言えるのだろうか。僕は、落ち着いて生きるつもりだった。いや今でもそうだ。でも、生きる実感を持てるためには、認められるという実感が無ければいけないのではないか。この仕事をしていて、確実に落ち着いてるとは思う。これでいい、このままでいいと思う。しかし、物足りなさは感じる時がある。その物足りなさは、使われているということだ。
 よく大人に言われた。将来使われたく無かったら勉強をしろ。使う側の人間になれ。
 僕は勉強した。使われる人間になりたくないから。世に言う一流企業に就職した。使われない人間になるために。でも、結局使われた。雑用させられた。ゴミ扱いを受けた。結局使われるのだ。そう思った。
 社長と言われる人物が頭を下げる映像をよく目にした。アイドルや芸能人がコマーシャルで言いたくないようなことを言っていた。みんな使われていた。結局勉強しても、世間で活躍しても使われる。駒になる。流れて来る弁当を眺めながらそう思った。この食材も全部自分の役割を果たしながら人間に食べられる。植物や動物が人間に使われる。今日は、ご飯が不味くなりそうだ。
 気分が落ち込んできて、食欲を失った。

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