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熊の飼い方 18

影 10

「昨日は取り乱しちゃってすみません」ごっさんは爽やかな笑顔で声をかけてくる。
「いえ、もう大丈夫でしたか?」
「聞いてもらってスッキリしました。ありがとうございます」
 そう言うと、昨日のことは無かったかのようにごっさんは仕事に取り掛かっていた。無論、自分も何事も無かったように仕事を行う。しかし、気になって仕方がない。
 僕に興味を持って、信頼できる人間であるからあのようなことを言ってきてくれたのか?それとも、僕に何らかの関係があるのか?もしかして、あの事件に関係しているのか?しかし、ごっさんとの関係はここで出会っただけで、それ以上でもそれ以下でもない。
 また今日も思考が頭を終わりなく巡る。このようなことに心を惑わされるなど、いつぶりだろうか。記憶にあるのでは、小学校六年生の時だ。
 当時、一番仲がよかった親友の健二と喧嘩した時以来だ。給食費が無くなり、健二が僕を疑った。僕しか給食費の在り処を知らないとの理由で。僕は悔しかった。仲が良いと思っていたのに。しかし、犯人は僕ではない事が分かった。その一件の後、健二は担任の先生と親と共に謝ってきたのだが、その後僕は話しかける事が出来ずに、卒業を迎えた。その時の僕は、裏切られたショックで元の関係に戻る事が出来なかった。今、その謝られた後の気分と同じである。自分は何もしていない。しかし、自分からはどうしてよいか分からない。その一件から極力人との関わること、喧嘩することから避けてきた。これは、喧嘩と呼べるのかというとそうではない。しかし、何故かわからない緊張感が漂っている。
 ラインに流れてくる食材を見ながら、片目でごっさんを見る。こちらを気にしているかと期待したが、その様子は全く無かった。顔はさっきの笑顔をなくしていた。「なんでも話聞きますよ」なんて言ってみたい。しかし、そんな性格ではないし、僕が話しかけると落ち込んだ気分をさらに助長してしまいそうでできなかった。
 期待したことに後悔を覚える。食事の時も、食事の後もごっさんと話すことはなく一日を終えた。今日は少し、喉にご飯が通らなかった。

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