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メヒコ暮らしの話をします

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エネルギーに溢れていて、どこか危ういけれど、惹きつけられてしまう。メキシコはそんな国です。
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近くて、すごく遠い世界

近くて、すごく遠い世界

ずっと、メキシコの"陽"ばかりを書いてきた。
オープンで温かい国民性。せかせかと急がない、のんびりとした街の空気。どれもぜんぶ、嘘じゃない。

けれど明るい光が射せば、かならず暗い影ができる。そしてその影のなかにも、人々の暮らしがある。

そんな「当たり前」を、強烈に思い知らされる出来事があった。



週に一度、わが家の掃除をしてくれるマリアという女性がいる。共働きで3人の子どもを育てる彼女は

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言葉を贈り合う

言葉を贈り合う

週末の朝。
洗面所でピアスをつけていると、鏡の右端にぴょこんと小さな黒髪の頭が映り込んだ。くりくりとしたふたつの目と鏡越しに視線がぶつかると、”にーっ”と笑って言う。

「おかあさんのピアス、めっちゃ可愛くてとっても似合ってる!」

そぅお?ありがとう。照れ隠しに答えるわたしの言葉を終わりまで聞かずに、黒髪頭は鏡から消え、パタパタとどこかへ走り去っていった。

誰かに褒めてもらうこと。

それって

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太陽のようなハグをくれる先生

太陽のようなハグをくれる先生

娘が通う幼稚園まで、車で10分。通園バスがないので、毎朝同じ道をかれこれ1年半送り迎えに通い続けている。緩い坂道をのぼり、角を曲がって園舎の正面まで来ると、職員さんが近づいてきて車のドアを開ける。

何度繰り返しても、この瞬間が苦手だ。

通い始めて1年半が経とうという今でも、ドキドキしながら、職員さんに手を引かれ歩いていく小さな背中をじっと目で追ってしまう。

そんなとき、幼稚園の入口で周りが振

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溶岩の上に立つ家

溶岩の上に立つ家

泣きたくなるほど素敵な家に出会ったことがあるだろうか。部屋の片隅に差すわずかな光までが美しく、思わず胸がつまってしまうような。

かつての溶岩地帯に立つその家は、わたしにとってまさにそんな場所だった。



メキシコシティの中心部からおよそ15km南へ下り、静かな住宅街に立つ一軒の邸宅前で車を降りる。待ち合わせたガイドとともに、荒々しい表情の石塀をたどり木製の門をくぐった。

カサ・ペドレガル。

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【写真エッセイ】季節を連れてくる人々

【写真エッセイ】季節を連れてくる人々

最近身体が東京の秋を忘れかけている。

トライアスロンのような夏を走り切って、倒れ込むように辿り着く秋。火照った全身をひんやり優しく冷やしてくれる秋。

メキシコシティの気温は今ちょうど東京のそれと同じくらいなのに、過酷な夏を越えていないだけで、秋の感じ方がまったく違う。ここでは季節は自然に移り変わっていくのではなく、ぐいぐいと人々が引っ張ってくるものらしい。

目抜き通りで行われたフラワーフェス

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ジャカランダの木を守る家

ジャカランダの木を守る家

メキシコに来て好きになったものの一つに、ルイス・バラガンがある。
すらりと背が高く、生涯独身を貫いたメキシコの天才建築家、ルイス・バラガン。
彼の残した作品のなかに足を踏み入れるたび、日常から離れ、心の波が穏やかになっていく。

今回はそんなルイス・バラガン最後の傑作と言われる作品、ヒラルディ邸を写真と共に紹介したい。



首都メキシコシティで暮らす人々の憩いの場、「チャプルテペックの森」のす

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【写真エッセイ】この色彩のなかで

【写真エッセイ】この色彩のなかで

メキシコで暮らしていると、ときおりはっとするほど美しい色彩に出会う。

そしてそのたびに思うのだ。3歳の娘の小さな瞳に今この景色はどんなふうに映っているのだろう、と。



旅が得意なわけじゃない。とりわけ「街歩き」がメインの旅は、ベビーカーに不向きながたがたの石畳に、子どもが食べづらい伝統料理のレストランばかりで、正直言って楽しさよりもまず疲れを感じてしまう。

それでも、ホテルのプールで遊ぶ

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だから、もう少しここにいたい

だから、もう少しここにいたい

娘が通うメキシコ幼稚園の先生と話していると、こちらの視界がぱっと開けるような感覚を味わうことが度々ある。

正解のない日々の子育てのなかで、迷い悩んで足元がぐらりと揺らぎかけたとき、背中を「ぽんっ」と叩いてくれる。

ついこの間も、わたしはそんな彼女らにまた一つ救ってもらった。



バレエ教室の入り口で

娘が通う幼稚園の園庭は、狭い。都市部の園だから仕方がないけれど、日を追うごとに活発になり

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夕暮れの"マニャニータス"が教えてくれたこと

夕暮れの"マニャニータス"が教えてくれたこと

これぞメキシコという誕生日会に行ってきた。
7時間かけて驚いて、笑って、最後にはホロリとした、先週の土曜日の話。
忘れないうちに、書き残しておきたいと思う。



「始まり」なんてないのがメキシコ流

誕生日会に招いてくれたのは、娘が通う幼稚園のクラスメイトだった。

参加者はインド人パパとメキシコ人ママの両家親族、幼稚園のクラスメイト達とその家族で、およそ70人。賑やかなパーティーだ。

この

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中でも、外でもないーーメキシコに広がるパティオの世界

中でも、外でもないーーメキシコに広がるパティオの世界

メキシコで暮らしていると、パティオと呼ばれる中庭によく出会う。

中でも、外でもない。建物と自然が調和することで生まれる不思議な空間ーーそんなパティオの世界に、わたしはいますっかり魅了されている。

地方都市で出会う、古き良きパティオパティオはもともと、スペイン風建築の中庭や庭を意味する。けれど、ラテンアメリカに場所を移せば、その建築スタイルに関わらず広く中庭や囲い場を表すことが多い。

メキシコ

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幼稚園に伝えたい101回目のグラシアス

幼稚園に伝えたい101回目のグラシアス

もしいつかこの数年のメキシコ生活を振り返って、一番感謝を伝えたい相手は誰かと問われたら、わたしはきっと「娘の通った幼稚園の先生たち」と答えるだろう。

「ここはあなたの娘とあなた方家族にとっての、第二の家なのよ」ーーかつて先生からもらった言葉が、いまも忘れられない。あれからもうすぐ8ヶ月だ。

「グラシアス(ありがとう)」を100回言っても足りないほどの感謝を、娘の成長の記録と共に、ここに書き留め

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【写真エッセイ】メキシコ最大の祭り「死者の日」を彩るマリーゴールド

【写真エッセイ】メキシコ最大の祭り「死者の日」を彩るマリーゴールド

一年に一度メキシコが最も盛り上がる季節が、今年も終わりを告げた。"Día de Muertos"(ディア・デ・ムエルトス)、「死者の日」だ。

映画『リメンバー・ミー』によって世界に広く知られたこの祭りを、メキシコの人々は昔から変わらず愛し、守り続けている。

そんな「死者の日」には、いくつもの伝統がある。なかでも欠かせないのが太陽のように輝く花、マリーゴールドだ。今回は、スペイン語でcempas

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「1万kmを旅する絵本」と娘の物語

「1万kmを旅する絵本」と娘の物語

リビングのはじっこ、窓辺の小さな陽だまりのなかに、娘の本棚はある。ここはわたしがこの家で一番の好きな場所だ。

本棚の前に体育座りをして、並んだ背表紙を指でなぞると、絵本1冊1冊が愉しげに語りかけてくる。絵本のなかの物語。そしてそれに出会った頃の、娘の物語を。



すこし前、今年の夏の話だ。

その日迎えの時間に幼稚園へ行くと、出てきた娘の手には、小さな白いプラスチックカップが大切そうに握られ

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「世界一荘厳なピンク」に恋をして

「世界一荘厳なピンク」に恋をして

「メキシカンピンク」と呼ばれる色がある。スペイン語で、Rosa mexicano(ロサ・メヒカノ)。

当たる光の加減によって、時に可憐な少女のように、また時に妖艶な女性のように見えるこのピンクに、わたしは少しばかり思い入れがある。



夫に転勤辞令が出たのは、2019年の春だった。

臨月だったわたしは日本に残り、娘を生んだ。乳児が打つ予防接種は、約5ヶ月で一区切りを迎える。そのタイミングで

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