マガジンのカバー画像

Random Walk

288
執筆したショートストーリーをまとめています。
運営しているクリエイター

#小説

【ショートショート】三日月ファストパス

【ショートショート】三日月ファストパス

「ファストパス取った〜」
満面の笑みを浮かべて彼女が駆け戻ってくる。手には二枚のチケットが誇らしげにヒラヒラと揺れている。
「けっこう高かったでしょ。そんなに無理しなくてもよかったのに」
彼女からチケットを受け取りながら僕は尋ねた。
彼女がブンブンと勢いよく首を降る。
「何言ってるの、せっかく久しぶりの二人っきりのお出かけなんだからさ、するでしょこれくらい」
スキップしそうな勢いの彼女が飛び出さな

もっとみる
【ショートショート】私の彼は

【ショートショート】私の彼は

「ええっと、砂糖に、カカオバター、ミルクパウダー、カカオリキュール、レシチン、バニラと。バランスはどうしようかな。砂糖の値を増やしすぎないように気を付けないと」
 教室の隅でデバイスをいじりながらアカリがなにやら呟いている。
「なにさっきからブツブツ呪文みたいに唱えてるの」
「んー? なにってバレンタインのチョコを作ってるの」
「作ってる? レシピを検索しているんじゃなくて?」
 アカリがしている

もっとみる
【短編小説】LOVE POTION NO.9(後編)

【短編小説】LOVE POTION NO.9(後編)

先を行くお兄さんに気づかれないように、私は美春にこっそりと尋ねる。

「そもそもあの人なんなの?」
「お店の人なんだけど、なんて言えばいいのかな、古道具屋さん?」

……古道具屋さん? 古道具屋さんがいったいなんでチョコレートなんて取り扱っているのだろうか。
先を行くお兄さんはまるでウィンドウショッピングを愉しむかのように飄々と町を歩いて行く。どれだけ歩いただろうか、いつの間にか私達は駅前の裏路地

もっとみる
【短編小説】LOVE POTION NO.9(前編)

【短編小説】LOVE POTION NO.9(前編)

きっと、バレンタインのせいだ。

二月になると教室の空気がなんだかそわそわしてくる。他愛ないおしゃべりだったり、視線を交わす仕草にもなんとなく緊張感が漂っているみたいに感じる。

でも、私は正直に言うとみんながなんでそんなにバレンタインに必死になっているのかが分からないのだ。同級生の男子がなんだか子供のように思えてしまって、よっぽど仲の良い女友達と話している方が楽しいと思うんだけど、みんなはそうじ

もっとみる
【ショートショート】秘密の合言葉

【ショートショート】秘密の合言葉

 会員制の秘密のバーに連れて行ってやる、と先輩が僕に告げたのは大口の商談がようやくまとまった打ち合わせの帰り道だった。
「どうせ今日は直帰だろ? せっかくだし飲みに行こうぜ」
「いいですね、なんて店なんですか」
「『粉雪』っていうんだよ。洒落てるだろ? でもなぜか人気がないんだよな」
 先輩に連れられた先は雑居ビルの地下だった。暗がりの奥に瀟洒なデザインのドアが鎮座している。先輩が前に立つと、ドア

もっとみる
【ショートショート】輝け、願い

【ショートショート】輝け、願い

 暗くなりかけた冬の道を、幼馴染のトモヤと二人で近所の神社に初詣に向かう。もう中学生だから恥ずかしさもあるのだけど、昔からの習慣だからと今年もトモヤは誘いに来てくれた。照れ隠しにぶっきらぼうな返事をしながら、実はあらかじめ決めてあった一番お気に入りの冬服を着て出かける。
 いつものようにお参りを済ませた後、おみくじを引こうとしたところでトモヤが言う。
「へえ、夜光おみくじだって。なになに、願いの強

もっとみる
【ショートショート】クリスマスの忘れ物

【ショートショート】クリスマスの忘れ物

「ねえ、なんでこのケーキ屋さんはクリスマスツリーをまだ片付けないの? もうクリスマスは過ぎちゃってるよ」
 無垢な瞳をした少年にそう話しかけられて、店内の掃除をしていた私はピシリと固まった。そういえば片付けろと言われていたツリーを店の外に出しっぱなしだった気がする。私は少年を引き連れてツリーの所まで行き、「MerryCristmas」と模られたオーナメントにちょっとした細工をする。
「ほら、ここに

もっとみる
【ショートショート】表彰台

【ショートショート】表彰台

偉業を達成した男性にインタビュアーがマイクを向けている。
「苦節二年。今のお気持ちはいかがですか」
「まさに感無量です。」
 男性が立っていたのは表彰台だ。しかしただの表彰台ではない。それは高さがエベレストをも凌ぐ超巨大な表彰台だった。二年前の今日、突然現れたなんか四角くて青い体で黄色い唇をした謎の宇宙人がどかんと太平洋に落っことしていったものだ。
 それを見て多くの人々は困惑したが、一部の人間は

もっとみる
【ショートショート】白骨化スマホ

【ショートショート】白骨化スマホ

「白骨化スマホを手に入れたんです」
 同僚のアレックスが嬉しそうにそう告げてきた。
「……は?」
 思わず目が点になる。白骨化、スマホ? アレックスは来日してからまだ日も浅いのでときどき不思議な日本語になるのだが、しかし白骨化スマホとはいったいなんだろうか。
 戸惑っているこちらの様子に気がついたのか、アレックスがポケットからスマホを取りだしてこちらに見せてきた。
 目の前に差し出された物を見て、

もっとみる
【ショートショート】棒

【ショートショート】棒

「う~ん」
棒である。
「うう~~~~~~ん」
紛うことなき、棒である。
コンサルタントの西尾は悩んでいた。
「あのー、どうだべか。なんぞ良いアイデアでもありませんかのぅ」
呻き続ける西尾を不安そうに老人が見つめている。この老人が西尾の依頼主だった。
「いま必死に考えてます。ええと、もう一度確認しますが、この棒、あ、いや、このゴボウが村の唯一の名産なんですよね?」
「んだ」
西尾の質問に老人が頷く

もっとみる
【ショートショート】荒野を行く

【ショートショート】荒野を行く

ガタゴトと音を立てて、一台のトラックが荒野を走り抜けていく。
運転席では男性がハンドルを握っている。
助手席にも男が一人座っており、不貞腐れた様子で運転席とはそっぽを向いて窓の外を眺めている。
「なあ、そんなに怒るなって。俺が悪かったからさ」
運転席の男が宥めるように言うが、助手席の男は視線を窓の外へと向けたままだ。しかし運転席の男は諦めることなく、なあ、おい、としつこく何度も声をかけ続ける。しば

もっとみる

【ショートショート】初期ステータス

「ふあああ……おはようございます、博士。なんです、そのおもちゃの銃みたいなものは」
研究所二階の自室から降りてきた助手は博士が手にしているものを見て首をかしげる。博士は徹夜したのか真っ赤な目で興奮気味に告げた。
「おお、助手ちゃんか。見たまえ、ついに完成したぞ。これがゲームの中に入れる装置じゃ!」
言いながら問答無用で助手の女の子にビームを浴びせる博士。
ビビビビ。
「ちょっ、まっ、私まだパジャマ

もっとみる
【ショートショート】筋肉数え歌

【ショートショート】筋肉数え歌

ふっ、ふっ、とリズミカルに息を吐き出す音が室内に響く。声の主は一人の男性。パンツ1枚の姿で全身にじんわりと汗を滲ませている。男性の筋肉は見事なまでに鍛えられており、美しい曲線を描き出している。男性の前には目出し帽を被ったまま椅子に縛られているもう一人の男がいた。
筋肉を剥き出しにした男性が数え歌を口ずさむ。
「ひとつ、筋肉1キロ、消費カロリー13キロ」
ピクッ。
「ふたつ、筋肉2種類、速筋、遅筋」

もっとみる
【ショートショート】ワガママ殿

【ショートショート】ワガママ殿

「いやじゃ、もう歩きとうない」
立派な身なりをしたお殿様が、服が汚れるのも構わず道端に座り込んでいる。
(また始まった……)
家来一同が一斉に溜息をつく。
このお殿様がとつぜんワガママを言い出すのはいつものことではあるが、だからと言って慣れるわけでもない。
「しかし殿、カゴに乗りたくない、自分で歩くと仰ったのは殿ではございませんか」
そう言いながら家来が宥める。
「カゴは周りが見えないから嫌なのじ

もっとみる