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住吉界隈いま・むかし[36]【住吉神社東南細江川周辺】

『住吉界隈いま・むかし』は、1918(大正7)年生まれの白井伊之助さんが記憶と想像で描いた昔の「住吉界隈」(住吉区の西半分と住之江区の東半分 ※ 住之江区は1974(昭和49)年7月22日に住吉区から西部を分離して成立)と、同じ場所で撮った1980(昭和55)年(古くは明治時代)と現在の写真を見比べて移り変わりを見てみようとする企画です。

阪神沿線×タイムスリップ写真館」を見て我が町でもやってみようと思い立ちました。

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これまで35回に亘り、次のスポットの移り変わりを見てきました。

地図「掲載頁と所在場所」

住吉界隈いま・むかしの第36弾は、住吉神社東南細江川周辺(上住吉2丁目~墨江1丁目)を紹介します。『住吉いま・むかし』P.16~17からの転載です。

著者が江戸時代の1796(寛政8)年発刊の「摂津名所図会」を模写し色付けしたものです。

寛政8年が1786年となっていますが、1796年の誤りです。

戦国を歩こう「住吉の社家 津守氏」より
戦国を歩こう「住吉の社家 津守氏」より

明治維新後廃寺となった「慈恩じおん寺」は、上の地図「掲載頁と所在場所」では[59]の辺りにあったと思われます。

この42年前の写真は高い所から撮った写真と思われますが、一般人が上がれる高い所が無く何処からのアングルなのかは分かりませんでした😢

戦国を歩こう「住吉の社家 津守氏」より (2019-09-06)

そんな中、慈恩寺の痕跡を探された方の写真がありましたので⤴3年前の写真ですが見比べてみることにしました。

2022-05-16

手前の民家は改装されたようですが、余り変わっていないようで、奥の住吉っさん(住吉大社)の木々も生い茂っていました。2つのマンホールの蓋も変わらずです。

2022-05-16

こちらは反対側から撮った写真です。この辺りに150年ほど前まで津守家菩提寺・慈恩寺があったとは\(◎o◎)/!

摂津名所図会にも描かれているように江戸時代、慈恩寺の「車返しの桜」は住吉の名勝の一つでした。

大阪市住吉区「住吉かるた(2)く、や、ま」より

後醍醐天皇が南北朝時代の1337(延元2)年、住吉っさんに|行幸《ぎょうこう》の折、慈恩寺の桜が余りにも見事であったので車を引き返らせたことから、「後醍醐天皇車返しの桜」と呼ぶようになりました。

2022-05-16

1999(平成11)年、この桜の花を偲び(財)住吉名勝保存会が、京都嵯峨の八重枝垂れ桜を住吉っさんの南東にある住吉武道館前に植樹しました。当然のことながら今年の桜の花はもう散ってしまいました。

公益財団法人 住吉名勝保存会「後醍醐天皇車返しの桜」より

🌸4月初旬だと満開です🌸


#この街がすき #住吉界隈いま・むかし #慈恩 #車返しの桜 #タイムスリップ

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