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季語哀楽

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季語をテーマにした投稿まとめ。 365日が目標。
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2021年4月の記事一覧

四月尽

四月尽

人に愛されたいと願いながら、
同時に、人が見出した期待に猜疑を抱いている。
そして囲まれた柵の抜け穴を求めて、
誰も私を知らない世界へ行きたいと願っている。

二月尽から、早二か月。
抱える二律背反は今や恐怖を伴って、
他者と自己の狭間を彷徨っていた。

そんな私は四月人(じん)。
迷える牡羊座の生まれである。

四月尽(しがつじん)

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茶摘

茶摘

夏も近づく八十八夜、
野にも山にも若葉が茂る。

立春から数えて八十八日前後に茶摘みは始まり、以降一か月以上の間隔を空けながら続けられる。摘み始めから半月程度の間に摘んだ柔らかい茶葉が、最高級の一番茶となるそうだ。
最近知ったのだが、緑茶、紅茶、烏龍茶は、茶葉の発酵度合が異なるだけで、同じ茶葉から出来ているそうだ。こんなにも味や色が違うのにその実、正体は同じだったのだと驚いたのを覚えている。

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暮春

暮春

「今年は、部屋に春が来なかった」

春の終わり、暮春(ぼしゅん)。写真は桜が散る頃なので晩春とは言えないのかも知れないが、暮れ往く春に想いを寄せる小噺をひとつ。

今の部屋に越してきて、これで六年目の春を迎えた。玄関ドアの目の前は小学校で、境界にちらほら桜が植わり、そのすぐ向こうには教室が並んでいた。
通勤の頃になると、朝の合唱が聞こえてきて、いや正確には聞こえ始めるとそろそろ家を出る時刻が迫って

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種蒔

種蒔

稲の種である籾を、苗代に蒔くこと指す。小学校のころだろうか、稲作の授業があった。種籾を塩水にひたして、浮いたものを取り除き、沈んだものを選び取る。最終的には、バケツ稲として育てたり、実際に田植え体験も行ったりしたような。

昨年のことだが、友人からおすすめされた酵素ドリンクを、三本セットで購入すると特典で玄米が付いてきた。別の頂き物のお米があったり、新米をはさんだりと、一人暮らしでは最後までなかな

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春愁

花が咲き、小鳥は囀り、心はずむ季節なのに、何となく気持ちがふさいで、物思いにふける。それは憂鬱というほどではなく、訳もなくふと感じる憂愁の気分。

春の物思いが「春愁(しゅんしゅう)」とすると、
秋の物思いを表す季語は「秋思(しゅうし)」という。

秋の憂いは、木々が落葉し草木が枯れる物悲しい季節感から来るとして、春の物思いは何だかつかみどころがないものである。

春愁やくらりと海月(くらげ)くつ

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花水木

花水木

月火水木金土日。
日々丁寧に花を愛する彼女の誕生花はハナミズキだという。このハナミズキというのは明治45年、当時の東京市長だった尾崎行雄が、アメリカに桜を贈った返礼として届けられたのが最初だそうで、日本ではまだまだ歴史の浅い花木らしい。

その暗号に気づいてから、僕らは火曜日に花を送り合うようになった。生花の時もあれば、写真の時もあるのだけれど。

季節も晩春となり、街路樹のハナミズキは見事に満開

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鞦韆

鞦韆

鞦韆(しゅうせん)とは、ぶらんこのことである。

私にとっての思い出のぶらんこは二つあった。
一つは学童期を過ごした地元にある、町役場の公園にあったぶらんこだ。
棒状のチェーンで出来た、繋ぎ目に腕を挟まれると痛いやつ。手なんかすぐ錆の匂いが付いたりして、それでもそのぶらんこは皆に人気の遊具であった。立漕ぎや二人乗りもそこで覚えたし、靴を飛ばしたり、いかに遠くまで飛び降りるかを競ったりなんて、やんち

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亀鳴く

亀鳴く

春の朧夜に、亀の鳴く声が聞こえる気がする。

実際の亀には声帯はがないため、鳴くことはないそうだが、俳句の季語として古くから親しまれてきた。「夫木和歌集」にある藤原為家の「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり」の歌に由来すると言われている。

川越えの長い道、夕暮れ時に聞こえる声に、一体何が鳴いているのかと尋ねれば、それは亀だというそうだとか。

先人たちはその声に何を重ねてきたのだろ

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春眠

春眠

「ーー必ず幸せにするから」

絶対がないことは分かっていた。
それでも尚、二人で駆け出していた。

君が哭く声がする。
矢羽の嵐に囲まれて、
真っ赤な飛沫が舞い散った。

「どうか忘れないで。
僕が生まれ変わった暁にはーーー

重い瞼を擦る。
あの時約束したのは、誰だっけ?
心地よい温もりに誘(いざな)われて。
僕は再び、記憶の底へ落ちる。

春眠(しゅんみん)

穀雨

穀雨

薄目を開けば、カーテンの向こうはこちらよりも明るかった。

黒髪がはらりとシーツに散らばって、
少し覗く耳が美味しそうだと思う。

雨の音がした。

光る首筋に口付けを落とす。
柔らかいとこを見つけて種を蒔くように、
身体中にキスの雨が降る。
もう一度、そっと後ろから寄り添った。

温かい慈雨に草花が芽吹く。
表面にはさわさわと葉が生い茂る。

しっとりと根を張って。

こんな日は、
ベットに縫い

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春日傘

春日傘

今までで思い出に残っているプレゼントは、と言われたら思い当たるのが、実は折り畳み傘だったりする。
それは、いつぞやの4月の誕生日に、突然、郵送で届いた。
花緑青の目を引く色使いに、大判のアネモネ柄。

なぜ、印象深いかといえば、デザインが気に入っているのもさることながら、それは半年ほど前に彼が住む関西へ遊びに行ったときに、お店で一緒に眺めていたものだったからだ。色違いと迷った挙句こっちがいいな、と

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木蓮

木蓮

モクレンといえば、一般的には紫木蓮を指し、その漢名は、花姿が蓮の花に似ていることから名付けられている。木蓮は、恐竜が全盛期の時代から今と変わらぬ姿で存在していた、地球上で最古の花木とされているそうだ。

大きな花弁が揃って天を仰ぐ様は実に豪華である。しかし、開花から散るまでの寿命は意外と短い。

子供の頃はそれが少し怖かった。

枝ぶりに対して少しスケールアウトしたような大判の花びらが、次第にべろ

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蝌蚪

蝌蚪(かと)とは蛙の幼生のことを言う。つまりは、おたまじゃくし、である。

なんだい、難しい名前して。
でも確かに俳句にお玉杓子は長すぎるか。
カト。そんな呼び名があったなんてと、むしろ可愛くも思えてくる。

田舎で育った私に、おたまじゃくしは身近だった。田んぼにはうじゃうじゃと住みついていたし、手で掬って捕まえては、岩の窪みなんかに溜めたりして。そして可哀想に、干上がっているのだって見たことがあ

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百千鳥

百千鳥

小学校も始まったようで、初々しいランドセル姿も見かけるようになった。私の小学校では、集団登校をするのは、新入生が入りたてのいくらかの期間だけで、普段は各自で自由に通学をしていた。私は、そのころより一人で登校するのが好きだった。ませた子供だったので、昔から友達付き合いは上手だったけれど、学校までの1キロちょっとの道のりを、一人で歩く時間が大好きだった。その暫くの間、私の思考は遠く空を駆けていた。頭の

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