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図書館司書の短編小説紹介

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図書館司書として多く本を扱って来た中で、一人でも多くの方と楽しみや感動を共有したいと感じた短編小説を紹介しています。
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#短編小説

「星々の悲しみ」(文春文庫)宮本輝著 :図書館司書の短編小説紹介

「星々の悲しみ」(文春文庫)宮本輝著 :図書館司書の短編小説紹介

 大学浪人時、予備校にあまり行かず、代わりに図書館のロシア文学やフランス文学を読破しようとの試みに時間を費やす主人公の志水靖高。
 ひょんなことから、同じ予備校に通う有吉、草間という生徒二人と友達同士になり、彼らと共に喫茶店へ行く。
 その店には、『星々の悲しみ』との題が付けられた一枚の大きな絵が入口に飾られていた。
 青々とした葉が茂る大木の下で、麦わら帽子を顔に載せて眠り込んでいる少年の絵。

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「たきび」(新潮文庫『ふなうた』所収)三浦哲郎著 :図書館司書の短編小説紹介

「たきび」(新潮文庫『ふなうた』所収)三浦哲郎著 :図書館司書の短編小説紹介

 竈の火。囲炉裏の火。仏壇の火。盆の迎え火。野焼きの火。そして、不謹慎ながら、盛大に燃える火事までが好きだったと言う男性。

 わかる気がする。私も、火の揺らめきを見るのが好きだった。どんな火でもよかった。
 ろうそくの火でも、ライターの火でも、花火の火でも。

 本文にも書かれているように、「人間は誰でも火が好き」なのだろうと思う。
 
 気を抜いて扱うと、危険と紙一重の特性を持ちながら、形を一

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「夏のアルバム」(講談社文庫『随筆集春の夜航』所収)三浦哲郎著 :図書館司書の短編小説紹介

「夏のアルバム」(講談社文庫『随筆集春の夜航』所収)三浦哲郎著 :図書館司書の短編小説紹介

 本作は短編小説ではなく随筆なので、短編小説案内としては番外編となるのだけれど、一読してふと思い出されることがあった。

 この小文の中で著者は、幼い時に祖母が亡くなった折、棺桶の中に向かって笑顔を送った、と書いている。
 こちらが笑い掛ければ、白い花の中の祖母も目を覚ますだろうと考えたのだ。
 幼さのために時宜を得ず、場違いな行動をとってしまったことは、おそらく誰にも経験があると思う。
 そし

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「ランゲルハンス島の午後」村上春樹著(新潮文庫『ランゲルハンス島の午後』所収):図書館司書の短編小説紹介

「ランゲルハンス島の午後」村上春樹著(新潮文庫『ランゲルハンス島の午後』所収):図書館司書の短編小説紹介

 ダッフルコートにしろ、革ベルトの腕時計にしろ、リュックサックにしろ、かれこれ十五年以上は同じものを使い続けている。
 元々それらに格別な思い入れはなかった。その時々で、「あ、これいいな」と思ったものを、価格以外はそこまで念入りに調べることなく財布をはたいて手に入れてきた。
 布がほつれたり、型が古くなったり、壊れたりしたら、仕方なく買い替えることになるのだろう、と思いながら。
 けれど、数少ない

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