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練習帳の中から特に自分が気に入っている小説たち。 設定や人物をしっかり考えれば面白い話になるんじゃないかなぁと思ったりしたもの。ネタ帳的な感じ。マガジン内は消えたり増えたり入れ替… もっと読む
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吉田とそれと私 後編

吉田とそれと私 後編

前回のお話↓

 その時、波打つ液体の一部が大きく跳ねてこちらに向かって来た。

「え、やだ! 何?」

 咄嗟に目をつぶり顔に手を当てると、冷たくてどろりとした感触が手の甲にぶつかった。

「うわ……」

 吉田が引きつった声を上げた。
 うわって何? 何でそんな風に言うの? 傷付くんだけど。そんな声を出さなくても良いじゃん。そこは「大丈夫か?」じゃないの? スライムが私に飛びかかってきたの? 

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吉田とそれと私 前編

吉田とそれと私 前編

 とろりとした液体をプラスチックのコップに入れ、吉田は別に用意していた水をその中に混ぜた。

「ここでよーく混ぜる。色をつける時はここで入れるんだって」
「何色にしよう」
「水色で。その方がスライムっぽい」
「絵の具を入れるの?」
「食用色素がある。粉のやつ」

 私の所属する科学部は文化祭で出す出し物を何にするか決めている最中だった。
 何名かの部員がチームを作り、班になって班ごとに発表をする。

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長崎県産につき(仮) 後編

長崎県産につき(仮) 後編

前の話↓

 怪しいじゃがいもは出てくるのだろうか。出てきたとして、捕まえた方が良いのだろうか。噛んだり毒を出したりしないだろうか。どんな生き物だろう。見た目はじゃがいもだけれど。
 いや、待て。
 そもそも何かと見間違えたのではないだろうか。そんなものは最初から存在していない。育児ノイローゼによる幻覚だろう。
 私は酷く疲れている。

「おーい、チャラポテ。カッコいいオープンカーだよ。いつもウェ

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長崎県産につき(仮) 前編

長崎県産につき(仮) 前編

 畳んでいない洗濯物の山。見るだけでげんなりする。
 いや、タオルは何枚か畳んだが、それ以外は取り込んでから床に放置してそのままだった。
 その畳んだタオルの上に頭を乗せて、おもちゃの車で遊んでいる息子。

「けいちゃん……洗濯物の上に頭を乗せないで」
「ぶーん」
「けいちゃん……」
「どうんっ! ぶふー!」

 息子はこの前見せたアニメ番組に感化され、ずっと車のおもちゃでレースごっこをしているら

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持ち込むべからず

持ち込むべからず

 麗かな午後のひと時。
 小鳥がさえずり、手入れのされた薔薇のアーチを眺めながら紅茶を飲む。
 優雅で満たされた美しい時間。

 もう最高。

「フレイラ様、お菓子を焼きました。いかがですか?」
「ありがとう。頂くわ」

 使用人のロザリーが焼き立てのマドレーヌを持ってきた。バターの芳醇な香りがふわりと鼻をかすめ、これは食べなくても美味しいものだっていうのが分かる。
 5個くらい一気に食べたい。誰

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坂ノ上不動産 後編

坂ノ上不動産 後編

前回の話↓

 駅で降りた二人は商店街とは反対側の通りを進み、いくつかの細い道を曲がると目的の物件「山吹荘」に到着した。
 一階の扉は傾いて開き、廊下に面した窓は割れている部屋もあった。
 空き家なのは一目瞭然だった。
 山吹荘の向かいには比較的真新しいアパートや一軒家が建ち、山吹荘だけが辺りとは別の次元に存在しているように朽ちている。
 「山吹荘」と書かれている木札は地面に落ちていた。建物の周り

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坂ノ上不動産 前編

坂ノ上不動産 前編

 暗く急な階段を上り、薄暗い廊下をつきあたりまで進んだ扉に書かれていた。

『坂ノ上不動産』

 他の部屋は使われていないのか建物内は死んだように静かで、廊下の蛍光灯はちかちかと点いたり消えたりを繰り返している。
 薄暗くどこか陰気でじめじめとした匂いのこもる建物だった。

「ごめんください……」

 恐る恐る扉を開けると扉はぎいと甲高い音を立てた。蝶つがいの部分が錆びているのだろう。廊下に大きく

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青色と緑色

青色と緑色

 俺は三軒目の文房具店に来ている。探している物は見当たらなかった。気持ちばかりが焦ってしまい、試し書きの用紙を引きちぎり床に投げつけた。

「青色と緑色のボールペンで氏名を書かないと一時間後に貴方は死にます。熱で消えるタイプの物はダメです」

 ステッキを持った黒いスーツの男にそう告げられ俺は文房具店に来ている。頭のおかしい男なのだろうと思ったが、顔が青白く口から見える舌が異様に長かった。そいつが

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マンボー・極

マンボー・極

 珍コロウィルスによる第36波が日本を襲った。人口1,400万人の首都東京ではまん延防止等重点処置、略してマンボーが実施されることとなり、昨日より飲食店を含む全ての施設で営業時間短縮が求められている。

『華陽飯店』

 俺は今、火鍋を提供する超有名店、華陽飯店へと来ている。
 マンボー……いや、何度も改訂されたもはやマンボー・極と言える恐ろしい程の時間短縮を余儀なくされた都内全ての飲食店は、昼時

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ポニーテールの猫柳さん

ポニーテールの猫柳さん

 お隣りの部署には猫柳さんという先輩社員がいる。ポニーテールをした涼しい目元の美人さん。
 猫柳さんは淡々と業務をこなし、いつも定時ぴったりに帰る。定時ぴったりに上がれるということは、その時間までに自分の業務を終わらせることができ、スケジュール管理がきっちりとできている証拠なのだと思う。なのでとても仕事の出来る人なんじゃないかと密かに思っている。たぶん仕事の出来る人なのだろうけど、猫柳さんはあまり

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エレガント物語(改)

エレガント物語(改)

※高校生の頃に書いた小説を大人になった今、作り直してみました。

↓高校生の頃に書いた小説

 この物語は、マダムとナルシストの不毛極まりない何の実りもないどうしようもないご近所抗争の記録であると同時に、それを取り巻く人々の愛と憎悪と罵り合いと競争と喧嘩と妬みなどのいろいろな物語であるかもしれないし、そうでないかもしれない。
 とにかく間違いなく言えることはタイトル詐欺だということである。

1.

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冬はドキドキの多い季節

冬はドキドキの多い季節

 大晦日の深夜0時前。歌合戦は終わって、年越しをカウントダウンする番組が始まっているのだと思う。芸人だらけの内輪で盛り上がる番組。そういう番組はあまり好きではないけれど、年末には頭を真っ白にしてぼんやり眺めていたい気もする。次の日は早く起きなくても良いんだし。
 吹く風は強くて容赦なく冷たい。時折り髪をぼさぼさに乱していっては、手ぐしで直す気にもならなかった。保冷剤のように冷たい鼻先からは体温が奪

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クズ侍

クズ侍

「だ、誰か……」

 夜の辻に男が二人。暗闇で顔がよく見えないが、ぶつぶつと小声で何かを言いながら女ににじり寄っている。女はすっかり腰を抜かし尻もちをついて後退りをするしかなかった。

「ひぃ、助け……」

 男の大きな手が襟にかけられ、女はこの時に初めて気が付いた。最近、市中に出没するという追い剥ぎだと。着てる物から持ち物まで全て取られた後に殺されるのだ。先月も川から裸の死体が上がっていたではな

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Let's Go Home

Let's Go Home

 終礼のチャイムが鳴り響く。
 レースは今、この瞬間に始まる。熱田はごくりと唾を飲み込んだ。

「明日の持ち物は……ですので、忘れないように。はい、今日の授業はここまで。帰って良し」

 担任の黒縁メガネがそう言うと同時に勢い良く椅子から立ち上がり、いの一番に教室から飛び出した。同じクラスの鈴波が後から慌てて教室から出てきては

「熱田、そのまま行け! 俺、今日日直だから!」

 熱田は振り返ると

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