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電楽の短編

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#短編小説

ボルゾイに血まみれ錦鯉をぶん回す

ボルゾイに血まみれ錦鯉をぶん回す

 浦井先生はボルゾイに似ている。輪郭がしゅっとしてるところなんてそっくりだ。高校時代はバレー部の主将だったらしく、筋肉質な身体はボルゾイの白くてがっしりした姿と重なる。
 他にもまだある。今日の先生は無印の白いブロードシャツを着ている。肌の白さとマッチしていてかなりボルゾイだ。
 そんな浦井先生が駐車場に倒れている。舌を出して目を半開きにして尻を突き出したまま微動だにしない。センター分けにした黒髪

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クレンザー KILL!!KILL!!KILL!!【VS. ブレインジャッカー】

クレンザー KILL!!KILL!!KILL!!【VS. ブレインジャッカー】

 むせかえるような血の匂いで俺は目が覚めた。部屋の中は夜闇で満ちている。それが返って血の匂いを強めていた。
 汗の匂いまで混じってきた。俺は頭が痛くなった。最悪なときはどうするか。まずは酒だ。一杯やらないと気がすまなかった。立ち上がり、二、三歩歩いて躓いた。夜に目が慣れてくる。足元に女がうつ伏せで倒れている。ピンクと黒のフリルのブラウス姿で、チョーカーを首に巻いている。背中には楽器ケースを背負って

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エンの眠るまえに

エンの眠るまえに

 涙が出ない乾季は遠くを見がちになる。青々とした山のふもとでエンが歩いていた。大きな体を揺らす姿がもの珍しいのは3日だけだった。
 ピロティに風が吹く。砂利のすきまで雑草がそよいでいる。午前中よりも涼しくなり、嫌でも文化祭の終わりを感じさせた。
 私たちダンス部のショーケースは無事に終わった。これで三年生は引退する。
 来週から有紗さんは部活に来なくなる。当たり前の事実に、胸の奥が重くなった。有紗

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KANDAホームにようこそ!

KANDAホームにようこそ!

 アパートの階段を降りると、クマゼミが死んでいた。仰向けでピクリとも動かない。
 危なかった。踏む直前に気がついた。通り過ぎていればクマゼミが大暴れし、階段から転落死もあったかもしれない。
 私は階段の両側の手すりに体重を預け、両足を浮かす。下手くそな吊り輪の選手のポーズのまま、よちよちと手を前にずらしていく。この瞬間にも、クマゼミが騒ぎださないか心配だった。手汗がにじみ、錆びた手すりから滑りそう

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臍帯者

臍帯者

 夜、目の前で老婆が轢かれた。つい20秒前に道を訊かれたばかりだった。僕は駅の行き方を教えてやり、老婆が歩き出したところだった。青信号の交差点でミニバンは老婆だけを綺麗にボンネットで撥ね飛ばした。10メートルほど老婆は転がった。五回も転がるともうネズミの死体と見分けがつかなくなっていた。
 ボロ布の肉塊はカラス避けをしたゴミ捨て場の前で止まった。老婆が最後に残したのはアスファルトに付いた三つの血痕

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rooms

rooms

 あ、ヘッダーの画像気に入ってくれました? これ、私が作ったんです。大学の廊下を思い出して3Dソフトで床から壁から全部やってみました。ぱっと見、意外とそれっぽく見えるでしょ?
 ネットではこういう画像をリミナルスペースと呼ぶみたいです。見たことないのに見た気がする。不気味さとノスタルジーを同時に感じるのが魅力のようです。
 SNSで検索するとこの手の画像を集めて投稿しているbotもあり、フォロワー

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緑の部屋

緑の部屋

 ちょっと会えなくなります

 百合香とのメッセージはサークルの肝試しの後で途切れている。付き合って2年まであと数日だった。私は渡そうと思っていたプレゼントを持て余してしまい、友人から慰めの言葉をかけられた。彼女の住所も電話番号も私は知らなかった。自分から聞くのを躊躇っていただけだと言っても、酒の席で笑いの種にされるだけだった。
「お前に合う女なんかすぐ見つかるって」
 酔うたびに友人が言った。

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ぽこちゃん

ぽこちゃん

 私がそれを見つけたのは6月最初の月曜日だった。学校からの帰り道、電柱にくっついた黒い塊を見つけた。切り開いた茄子のような形をしている。近づいてみると、それはカブトムシだった。すぐに判別できなかったのは、艶のある翅が歪み、捲れていたからだった。ツノの形で辛うじてカブトムシだと分かった。
 カブトムシの背中をみる。柔らかそうな肉の部分に、ごつごつとした岩がくっついている。それは頭から尾の先まで続いて

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ビャクラン

ビャクラン

 砂を撒くような音がする。トンネルの曲面にぶつかり歪んで響く。外では雨が降っている。ショーは壁にもたれていた身体を剥がす。
 夜の雨は幽霊が最も好きな天気だ。ショーは経験から知っていた。幽霊は人間と違って雨に濡れない。だから純粋に雨を愛でられる。今日現れる奴もきっとそうなのだろう。
 ……耳鳴りがした。電灯が明滅する。前方から橙色の細波がショーを通りすぎる。
 ショーは家着のままだった。黒のパーカ

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ヘリオス・ティガ・ドラゴン、社交ダンスに行く

ヘリオス・ティガ・ドラゴン、社交ダンスに行く

 人にそれぞれ氏名があるように、私の名前はヘリオス・ティガ・ドラゴンだった。
 母はヘリオス・ティガ・満。父はヘリオス・ティガ・三郎。私は女の子でも独立独歩していけるよう「ドラゴン」と名付けられた。
 そんな私は引っ越しの準備のため、荷造りをはじめていた。はじめるまでは、億劫だった気持ちも段ボールに荷物を詰めこむ中で小さくなっていった。
 ベランダに西日が差し始めたころ、私の荷造りもいよいよ終わり

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渦の果て、墓標は流れつき

渦の果て、墓標は流れつき

 夕暮れの影が坂にのびる。背丈ほどのススキが風に揺れる。僕の住む街は少しずつ輪郭を歪めていた。
 はじまりは3日前。夕方のニュースで、アナウンサーが明日の天気予報をした後だった。
 不思議な事件だった。夜中にサラリーマンが道端に捨てられていたのだという。しかもお腹にナットが沢山入っていたらしい。
 事件現場の映像が流れると僕は驚いた。タンポポがまばらに咲いたブロック塀に挟まれた道とススキが伸びる空

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ミュータント男子とジップガン

ミュータント男子とジップガン

 幼なじみの和矢がミュータントになったのは小学生の頃だった。
 私の家のすぐそばには裏山があった。その日は流星群の話で持ちきりで、山の上で何十分も前から空を見ていた。
 紫色の大きな光球が夜空を裂いていったのを覚えている。きれいだった。テレビで見た北極のオーロラよりも、どこかの王家の秘宝よりも何倍もきれいだった。
 それを和矢と見られたのが、なによりも嬉しかった。
「すごいね」
 私はそう言ってい

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ワタヌキさん

ワタヌキさん

 4月の暖かさは、脳液にとろみがついてしまう。あの日はもっと日差しが強かった。
 私は何度目か分からない欠伸をした。机はチェックし終えた漢字ドリルで山積みだった。
 脳内はへんとつくりがあべこべになった漢字で溢れていた。「詩」と「持」の寺はどちらが左だっけ……どちらも左か。
 小学3年生の自信満々の創作漢字は、大人を惑わせる魔力がある。
「佐山さん、家庭訪問なんです?」
 ふと後ろから冴島先生の声

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メタリック・ハルコ

メタリック・ハルコ

今日はあんたかね。この前担当した人はおらんのかい。
ああ。そう。もう辞めたのか。
なに、昔見た女にそっくりだったんだよ。こんな老いぼれになっても忘れぬことは沢山あるよ。あんた達に体を洗われてる時、飯を口に運んでもらってる時、記憶の旅をしとる。
ん。旅は旅だよ。広大な土地、世界、そして時間を旅してきた。あんたにはおよびもつかんだろうさ。
気が向いた。すこし話しておこう。いつ死んでもいいように。あんた

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