強さ、言語化、心の拠り所、適切な懐疑の話
①
冒頭にお二人のnoteを引用しました
何度も読みました
まだお読みでない方がいらしたらぜひご覧ください
この記事だけでなく他の記事も素敵なアカウントなので
宝探しするみたいに探索なさってください
僕は図書館マガジン続けていて
ランダムではなく読んで良いと思ったnoteを収録しています
マガジンをフォローして下さる方々もいるから
責任も感じてやり甲斐あります
読むものが無い日は
うちの図書館マガジンもぜひご利用ください
②
今回は強さと、言葉にすることを起点に考察しました
心の寄り処とメンタルぶっ壊すことの関係
例えば、昔だったらお天道様や神様・仏様が見ていてくれると信じられた
西洋だったらキリスト教もある
現代の場合は、もちろんスピリチュアルもあるけれど——
誰が何と言おうと私は私の味方だ
今すぐ結論は出ないし証明もできないが
いずれ歴史が証明する
というスタンスは、心の拠り所がある状態の一例です
戦う姿勢、僕は好き
③
そういう心の構えは美しいと思うのです
けれど、僕の病名の場合は、これやっちゃうと
万一の場合に看護師・医師が止めてくれても
分からない可能性がある
ですから、健康な頃の私と比べると
ものすごく高いレベルで
自分を程よく疑うことのバランス取っています
信じすぎてはいけない
でも疑いすぎて壊してもいけない
健康な方も過信はいけないけど
自信を持つことは大丈夫
メンタルやると持てなくなる
あくまでも、主語は私
④
そんな逆境を生き延びて、世の中は公平だと
僕は思っています
病名宣告されて「第2の人生考えろ」と
精神科医に告げられて
正直受け入れがたかった
「一生懸命働いたら過労で倒れて障害を負っちゃいました」
という状況を、唯一の、一度きりのかけがえの無い人生であるからこそ
「何でこうなっちゃったんだろう」と
答えのない問いと生きた期間もありました
泣きたい日もある
でも、その時々に黙々と
出来ることを努力し続けた結果
一定の回復が与えられました
僕にとって嬉しいのは、誰かに認められたとかっていうこと以前に
心身を壊す前の自分より今の自分の方が気に入ってること
自惚れではなく人間として成長し
マシになったと考えています
だから心の拠り所の話から
引用した2つの記事に戻っていくと
心の拠り所があることは
強さにつながる
心の拠り所は通常言葉にするはず
言語化できない心の拠り所や
抽象的なものもあるだろうけど
例えば「うちのふるさとはいい感じ」の
「いい感じ」は言語化しにくくても
故郷を大事にしていることは言葉になっている
というわけで、noteは広大で1人では探索出来ないので
紹介しあったり、手分けして探索出来たらいいですね
部活動
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