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初版500部の世界

芥川賞候補になったこともある小谷野敦氏の新刊は、初版500部だという・・


初版部数で1000部とか2000部って言われたら、そらもう自分で出しますわ〜ってなると思うんですよね。
(綿谷恵太 2024/8/6 12:00)


私は最近500部になってるが、自分で出す資力はないなあ
(小谷野敦 2024/8/6 18:15)


小谷野敦氏が「最近は初刷500部」と書いてて衝撃…学術書並み。
(坂本淳 2024/8/6 22:14)



昨年、むかしの出版仲間に、最近は初版2000部がスタンダートになっていると聞いて、衝撃を受けたが、いまは500部か・・



40年前、わたしが出版界に入ったころは、初版8000部が基準だった。

10年前にわたしがやめるころは、初版4000部くらいに落ちていた。

それが、いまは1000部とか500部とかの世界。


初版部数は、全国の書店に十分に播く、という観点から決まった。

書店数は、1980年代には2万5000店くらいあり、そのほかにコンビニや駅の売店があった。

それが、いまや店数で3分の1になり、最近は坪数比の減少が急だ。そしてコンビニや駅で本を扱うこともなくなりつつある。

漫画のおかげで、出版市場の売上の減り方は2分の1くらいだが、漫画以外の出版物に関しては、もう体感8分の1とか10分の1とかになっている。



書店に関しては、早稲田の文禄堂が閉店というニュースがあった。

たしか早稲田大学界隈で、唯一の新刊本書店だった。



わが新百合ヶ丘に2022年に開店した三省堂書店も、この7月で閉店した。わずか1年半のスピード閉店だ。

田舎で、人口が減って閉店した、という話ではない。

大学の近くとか、新百合ヶ丘のような、こう言っちゃなんだが高収入・高学歴の人が比較的多いところで、書店が潰れている。

そのことに危機の深まりを感じる。

新百合ヶ丘の三省堂書店も、店の表で宣伝していたのは、漫画の新刊ばかりだった。




500部で出版する意味があるのか・・というのは失礼な言い方だろう。

500部の本は、原価だけなら、(ページ数によるが)ざっと70万円くらいでできるだろう。

部数を減らし、編集費や宣伝費を極限まで削って、なんとか本を出している現状が浮かぶ。

その努力には敬意を表する。

500部から、徐々に増刷し、著者や版元の利益を出していく展開がありえないわけではない。

自費出版からベストセラーが生まれる例も、非常に稀だが、ないわけではない。

・・でも、限りなく厳しいだろう。



わたしの現役時代では、10万部売ることが、とりあえずの目標だった。

10万部売れる前に、10万部刷れば、まず作家への義務が果たされる。

10万部の印税で、1000万円以上が保証されるからだ。それで1年は生活できるだろう。

そして10万部が実際に売れれば、版元の利益は数千万になり、編集者や営業マンの人件費も出る。

そういう商売だった。

それは、ほんの数十年前の話なのに、遠い昔の話になってしまったようだ。



カネのこともあるが、そもそも出版業を含めたマスコミは、広く人びとに知識を知らしめることに喜びがあった。

多くの人を喜ばせ、多くの人の反響に作家や版元が喜ぶーーそれが「マス」の意味であり、やりがいだった。

編集者としてのわたしに関しては、自分が発見した才能が、広く世に知れ渡るとき、いちばんの生きがいを感じた。

そうした動機が失われて、なお作家や出版者のモチベーションが保てるのだろうか。



昔話をしていても仕方ない。

書店の減少に関しては、政府がなんとかしようとしているようだが、なんとかなるとも思えない。

いまはセルフプロデュース時代であり、SNSが繁栄することで、出版の凋落を埋め合わせていると考えるべきだと思う。

その先に、新しい希望を見出せるかどうかは、わたしより下の世代の問題だ。



<参考>



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