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忘れられない友人の話


※この記事には精神疾患などの描写が含まれます。ご注意ください※
今回は、私の人生でも忘れることの出来ない友人について書いていこうと思います。


出会い

あんまりよく覚えていませんが、強いて言えば大学で同じ学科で同期でした。
初対面は品行方正な令嬢でした。
言葉遣いが丁寧で所作も上品で、「あぁ階級から違う世界の人だな」と思ったことを覚えています。

彼女について

ご家族に専門職の方や読書家の方がいるというだけあり、年齢に見合わない博識さを持った学科内でも評判の優等生でした。
彼女の発言や回答は非常に的確で本質を突いており、しかし周囲には優しく柔和に接し、彼女のことを悪く思う人は基本的にいなかったように思います

また、彼女は高IQに該当する人でもあり、大学まではそれも本人の苦労の一つのようでした。
同時に共感覚もあることから、小学校では何度も色と組を間違えてしまい(彼女の感覚では1は青色だそうですが、大抵の1組は赤色です)、成績は優秀な事も仇となり、優等生ながら「何故こんな事が分からないのか」と教師に叱責された事もあったそうです。
上記事情から彼女にとって高校までの勉強は簡単に過ぎたこともあり、「大学で初めて好意を持てる授業や教授に出会えた」との事でした。

※共感覚とは↓

彼女の高IQに纏る苦労を聞いていると、「過ぎたるは及ばざるが如し」ということわざをしみじみと噛み締めるようになりました。
適切な支援やサポートが当時にあれば良かったのでしょうが、彼女の小学校時代はギフテッドという言葉すらない時代。
その分、人知れず多分に大変な学生時代を送っていたようでした。

なぜ親しくなったか

ほぼ同じ凸 似た趣味

私は専ら言語性IQ凸の人間ですが、彼女もそのようでした。
また似たような趣味でエミール・シオランやらの哲学書を読んだり、反面、ランニングをしたりと趣味も似ていました。

「言語性IQ」という言葉についての説明はこちらから↓

そこで一度、話してしまえばトントン拍子に話が進んでいくことから、自然と親しくなりました。
ただ、これについては、そもそも彼女が同年代とは思えないほどの博識さと寛容さのある人柄だったので、そこもかなり大きかったと思います。
大学時代の私は数えるほどしか話せる相手のいない、社会不適合者の見本の様な人間でしたから。

似てる凹 分かち合える快

彼女は一見すると誰とでも華麗に関われる人間でしたが、実際は自身の核心を突いてしまう賢さより、かなり対人関係に気を遣い苦手意識を持っていました。
そう、彼女は彼女のままに話してはその聡さ故に周りがついて行けず、場が静まり返ってしまうのです。それに気が付く聡さもあった彼女は「人は結論より共感を求める」と認識、周囲に合わせていたそうでした。
ASDである私も能力値は異なれど、似たような部分はあったため、彼女の言わんとする苦労に偶然にも寄り添うことが出来ました。
「雑談には方向性がないから、どうしたら良いのか分からない」という私の悩みに、「方向性がないのが雑談の定義だから、方向性を考えない方が良い。相槌を打っておけば良い。」と諭してくれた時には非常に感銘を受け、私なりに定型発達の人々のコミュニケーションを解する上での大きな助けとなったので、当時の的確な彼女の回答には今でも感謝しています。

彼女の高IQの苦労についてはこちらから↓

また彼女はこれまでの教育上、クラシック音楽に明るい一方でロックも好きな人でした。
私もロックは好きだったので、楽しくカラオケに行ったことを覚えています。
彼女はベースを弾き、私はギターを弾いていました。
生前にはいつかセッションをしようとも約束していました。

彼女の事情

いつも落ち着いていて、上品な彼女でしたが、時にひどく物憂げに見えることもありました。
ただ、その時は私が偶然、近所で彼女を目撃した時だけだったので声を掛けるに掛けられず、翌日は何事もなかったように振る舞いました。
その時には彼女もいつもの彼女だったので、突っ込むのも野暮かと思い、私は見なかったことにしていました。
誰にでも人に見せない一面はあるかと思いましたし、その一人の聖域に私がズカズカと入り込んだところで、彼女のような聡明な人の役には立てないと思ったからでした。

これが後の後悔に繋がるとも知らずに。

そんな日々が過ぎる中で、少しずつ彼女の事をより知っていきました。

・高IQの苦労ゆえに10代からうつ病を患い、現在も治療中であること。
実はASDの診断も下っており、それも相まって人付き合いが苦手なこと。
自身のASD特性(興味の偏り)を自覚しているので、クラシックだけでなくロックなど幅広い分野に関心を持つようにしていること。
・感覚の過敏さが強いため、出来れば常時お酒に酔っ払って感覚を紛らわしていたいこと。
・どうしても理屈や整合性を重視するため、哲学など答えのない分野に手を付けている一方、小説ならミステリーを好んで読み、特に数学を得意とすること。
・数学の中では特に数列を好み、フィボナッチ数と黄金比が大好きなこと。
・他には統計を好み、統計の理論通りに行かないところに魅了され、夏は高校野球を熱心に見ていること。

そうやって盃を交わす中で大学時代は過ぎ、就職をしてからも彼女との逢瀬は続きました。

彼女の異変

しかし、彼女の就職先はどうも彼女にはあまり合わないところのようで就職後は会ってもどこか冴えない顔色の日が多く、転職を悩んでいました。

また、最愛のお祖母様を亡くしたこともあり、当時は会うこともできませんでした。

そんな暗雲の立ち込めていたある日、急に彼女から連絡が来ました。

「今週末に会えない?」と。

当時の私は彼女とは異なる事情で適応障害を起こし、休職中でした。
とてもじゃないけれど、人と会える体調でなかった私は、断腸の思いで詫びを入れて断りました。

今となっては無理を押してでも会えば良かったと後悔しています。

それから数日後、通勤に向かう道すがら彼女が丁度向かいで信号待ちをしていました。
その時の彼女は、これまでに見たどの顔とも違う深い沈み方でした。

この前の断りもあり、殊更大きく手を振って(あなたのことが嫌なわけじゃない)と伝わるように声を掛けると、彼女も気が付いて笑顔で大きく手を振り返してくれました。

それが最期でした。

突然のはがき

それから私は当時住んでいた寮が、療養には向かないという理由で医師の勧めで、精神科にしばらく入院することとなりました。

入院して1週間後、寮長から私宛に届いたはがきを渡されたらしい看護師さんから「注意して渡してほしいとのことですが、大丈夫ですか?」と問われました。
私にはがきをくれる人は彼女くらいしかいないこと、彼女とは毎年年賀はがきのやり取りをしていたので、今年はお祖母様の喪中だからその内容のはがきだろうと、私は大して深く考えずに受け取りました。

そのはがきの差出人は彼女のご両親でした。
内容は彼女が亡くなったから新年の挨拶は控えさせてもらう、という内容のよくある喪中のおはがきでした。

お祖母様ではなく、彼女本人。

一瞬、意味が分かりませんでした。
何かの書き間違いではないかとも思いました。
けれど何度はがきを読み返しても、その内容に誤りはありませんでした。

信じられませんでしたし、実感もありませんでした。
それでも勝手に涙だけは流れ、その日は病室にこもっていました。

彼女は生前、定期的に希死念慮と格闘している様子をSNSで発信しており、気が付き次第私はそれに返事をして何とか食い止めた日もありました。
希死念慮はうつの症状の代表的な症状ですし、特に仕事での悩みや親族の不幸が続いたときには増幅し易いものですから。
会えなくても私に出来ることはそれくらいでした。それでもしないよりマシだと思っていました。

でも、それでは不十分でした。
彼女は此岸から彼岸へ旅立ってしまいました。

その後、ご両親にお会いして事情を伺いました。

・発見当時はもう絶命していたこと。
・デスク脇に大量の処方薬とアルコールと「私は生きることに向いていない」と達筆の彼女らしくない歪んだ走り書きがあったため、警察は自殺と断定したこと。
・亡くなる数週間前に変更された処方薬が大変強い薬で、国によっては却って希死念慮を高めるという副作用の報告もあることから、少なくともイギリス、台湾では処方が禁止されていること。

・亡くなる当日は至って普通で(彼女は実家に住んでいました)、何なら「パスタが食べたいから」という理由でお昼にコンビニに元気に出かけて行ったこと。

そのどれもを1年が過ぎても昨日のことの様に話すお母様を見て、私は何とも言えない無力感と喪失感で全身の力が抜けそうでした。
同期の友人達と一緒にお焼香をしに行きましたが、その痛烈な感覚のせいか帰り道の事はあまり覚えていません。

最後に

正直、今でも彼女の死がうつ病によるものなのか処方薬によるものなのか、それともそれ以外の何かなのか誰にもわかりません。

それでも私も共通の友人も後悔は尽きません。
お母様も死の直前に彼女と喧嘩をしたことが良くなかったのかもしれない、うつ病を患う原因になった進学を勧めたことが彼女に良くなかったのかもしれないと、自死遺族の自助会に参加しながらもご自身を責め続けています。

今更、誰にもどうにも出来ません。
それでも遺された人々は、彼女の事を忘れることは出来ません。
だから、彼女の命日や彼女の好きなフィボナッチを満たす向日葵の季節になると思い出すのです。

もう還らない、けれど今でも忘れられない友人のことを。

誰にも誰かの命をどうにかすることなど出来ません(物理的な過激な違法行為を除いて)。
けれど、この記事を読んでWHOの発表によると、原因はどうあれ世界中で8秒に1人は自分の意志と推定される状態でこの世界から消えてしまっていること、その大半は精神疾患を患っていたり患っている可能性が高いこと、誰でも精神疾患(特にうつ病や適応障害)にはなりうること、それらは命にも関わることもよくある大変な病であることを少しでも思い出していただければ幸いです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。




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