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2020年2月の記事一覧
出世コースではない長期の海外赴任生活。それでも実績を出すことで役員▶️社長に
僕が社長になった理由-檀原 徹典さん-
ヨーロッパを中心とした海外旅行を企画するベンチャーとしてスタートしたミキツーリストの社長を務める檀原さん。社会人2年目にスペインに赴任し、まさかのそのまま20年以上ヨーロッパで過ごすことになったといいます。日本での経験がほとんどないという、かなり特異なキャリアでありつつ、現地から会社の変革を推進していった立役者です。ご自身のキャリアについて、旅行にまつわるお
自分の時間の使い方。最高のバランスは、仕事とプライベートと社会貢献が3等分
僕が独立した理由-菊地 天平さん-
菊地さんは地元でもない長野にIターンし、古民家をリノベ―ションして暮らし、仕事のときは東京に出てくるスタイルで働いています。しかも自分の時間を3等分して、ひとつは仕事時間、ひとつはお金とは別の社会貢献としての時間、残りのひとつを自分のプライベート時間として考えているそうです。そんな理想的な働き方にシフトしたのは、どんな考えと選択の結果なのでしょうか。菊地さんのキ
病気の治療ではなく予防ケアが大切。どの世代にも必要な運動情報を提供
私が独立した理由-相馬 綾子さん-
小さいころからクラシックバレエをやっていた相馬さん。現在、静岡県藤枝市のご自宅に教室を構え、運動や身体の不調をケアする「ポポラ」を主宰しています。高校まで体操を続け大学では保健体育の教師を目指したという相馬さん。卒業後は運動教室のインストラクターという、はたから見ると天職のような仕事に就くも、別の道を選んで進み直したそう。自分で気づいたときにやり直せばいい、そし
飲食店経営と研修事業を行うプロの社長。人材育成がいい会社の基本
僕が社長になった理由-星 浩司さん-
日本橋の下町に生まれ育った星さん。「実家は鶏肉の卸問屋、周りはみんな商売やっている家ばかり。自然と社長業をやりたいな、と思っていた」と言います。「逆に、サラリーマンとか会社員はわからなかった」のだそう。それでも、サラリーマンを経てから社長に。星さんのあえて"社長業"と表現するのには意味があるそうで、その意味はのちほど判明しました。
2019年夏、”いわみんプ
家族にとってのインフラとも言える学童。そこから新ビジネスが生まれる可能性
僕が社長になった理由-亀岡利寛さん-
世田谷で3つの学童を運営している亀岡さん。「子どものころの夢はバリバリ働くことでした」といいます。テレビで見たビジネスマンの姿にあこがれていたのだそう。大きな挫折もないまま10代を終え、就職活動で初めての挫折を味わい、目指したのは独立起業家としての道でした。思ったとおりにはいかないこともある中、現状に合わせて最善を進む。そんな亀岡さんのキャリアストーリーです。
子どもたちが得られる学びは教員次第。これからの時代に必要な教師像
僕が教師になった理由-鈴木 洋介さん-
静岡で私立の高校教師から公立の中学教員へ、今は教育委員会で働く鈴木さん。お話を聞いていて感じたのは、この先生の授業は絶対に楽しいだろうな、ということです。私の中学時代には残念ながら出会えなかった熱い想いと遊び心いっぱいを持った先生。生徒たちをうらやましく感じました。
とはいえ、もしかしたらアメリカへ渡っていたのかもしれないのだそう。どんな思いを経て教員になっ
ドラえもんのいる社会を実現させたい! 開発好きな社長の目指す未来
僕が社長になった理由-田子智志さん-
IT企業の社長歴12年という田子さん。本当に開発のお仕事が好きだということがよくわかるお話でした。でも、ここに至るまでには、ヤバイときも含めて(笑)、いくつもの遠回りがあったそうです。会社の成長を考えながらも、自分が目指す子どものときからの夢の実現。人生にはきれいごとばかりじゃないという現実味のあるお話を聞かせてくださいました。
2019年夏、”いわみんプロ
大企業、エリートコースより、自分が好きな仕事を75歳までやり続けたい
僕が独立した理由-平山 正人さん-
大企業の幹部にいて頼れる上司のような風格の平山さん。ところが、彼が目指すところは、意外にも自分の専門性を高めて現場で働くことだと言います。仕事では、研修講師などを務めていることを知り納得。自分がやりたい仕事にこだわり、マイペースで老後まで仕事をしたいと、穏やかな笑顔で語ります。そんなあこがれる人も多そうな人生についてお聞きしました。
2019年夏、”いわみんプ
人類全員が著者になれる! そんな信念で邁進する出版プロデューサー
私が社長になった理由-城村 典子さん-
「高学歴だけどフーテンな父に育てられたからなんでしょうか、世の中というものに、ものすごく不自由な感覚を持った子ども時代でした」と語る城村さん。出版プロデューサーとして会社を経営する城村さん。やりたいことにまっしぐらな性格は、きっと小さいころからだったんだろう、と感じられるほどです。目標に向かって突き進むそのヒケツを教えてもらいました。
2019年夏、”いわ
悩み続けた20代。回り道をしてたどり着いた先は、学生時代に大好きだった動画制作
僕が社長になった理由-川原 司さん-
小さいころから「夢は東京で社長になることだった」という川原さん。都会にあこがれる青森県の田舎の少年だったと言います。現在、動画制作の会社を経営する川原さんのキャリア形成は、かなり印象的でした。やりたいことにたどりつくまでの遠回りぐあいがハンパない(笑)。それでも、圧倒的な優しさにあふれた川原さんらしいエピソード満載のお話です。
2019年夏、”いわみんプロジ
人前に立つタイプじゃなかった僕が社長になったのは、みんなの居場所を作るため
僕が社長になった理由-駒井 匠さん-
SES(システムエンジニアを紹介するサービス)の会社を経営している駒井さん。穏やかな物腰でお話してくださいましたが、内容は果てしなくユーモアたっぷり。自分のつらかった過去を悔しい思い出ではなく、笑い話にしてしまったり、乗り越えられたものとしてとらえ直していました。そんなステキな考え方ができるようになるまでの道のりを教えていただきました。
2019年夏、”いわ
保育士からIT企業の社長へ。自分が認められない引きこもりの暗黒時代も…
僕が社長になった理由-広瀬 信一さん-
保育士からIT業界にきて起業家という異色の経歴を持った広瀬さん。お会いしてみると、すごくリズミカルな話し方が印象でした。質問してみたところ、もともとラッパーだったと言います。つまり、保育士時代はラッパーでボーダーだったそう。現在は鉄人競技のトライアスロンなどもやっているといいます。なるほど、いろいろな要素が混ざった方のようです。社長になるまでの凸凹な道のりを