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わたしをとりまくひとびと

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わたしの周りにいる大切なひとたち。 彼ら・彼女らについて書いた記事を集めました。 みなさんとのつながりはわたしの財産です。
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#家族の物語

あなたと生きるということ。

あなたと生きるということ。

まもなく、2022年にも別れを告げる時期ですが、今年は何度「激動の1年だな〜!」と呟いたことでしょう。

その激動の1年にも終わりがみえてきて、最後の1ヶ月くらいはゆっくりすごせるなぁ…と思っていたところ、数日前に実家の母から連絡がありました。

「Sばあちゃんが今朝、亡くなりました」

Sばあちゃんは伯母(母の長兄の妻)の母で、最近退院して自宅に戻ってきたばかりでした。
週明けに葬儀を行うとのこ

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最初のたからものは、姪っ子。

最初のたからものは、姪っ子。

ある日、ネイリストさんにこんなことを言われました。

「舞さんって、もしかしてお姉ちゃん(長女)ですか?」

「そうです」

「妹さんとふたり姉妹?」

「はい」

「妹さんって、ぜんぜんタイプの違う人ですか?」

「えっすごい、なんでわかるの?」

「でも仲良いんじゃないですか?」

「すごく」

「やっぱり…。なんかお互いに尊敬し合ってそうですよね」

妹のことは以前こちらの記事で書いたのです

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じいちゃんのハンバーグ

じいちゃんのハンバーグ

父方の祖父はよく言えば破天荒、悪くいえばどうしようもない人で、父と伯母、そして祖母は昔からたくさん苦労したそうだ。

母が父と結婚してからは、母もその苦労を(大いに)背負っていた。

とにかく遊ぶことが好きで、マメ。
楽しくなるとどんどんお金を使ってしまうタイプだったそう。

確かに、若い頃の祖父の写真を見ると、かなりのイケメンだ。

りゅうとした眉の下には、とろんとした二重瞼。
祖父は昭和10年

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いとこのお姉ちゃんが嫌いだった。

いとこのお姉ちゃんが嫌いだった。

わたしには親族がとても多く、さらにそれぞれとの関係がかなり密接でした。

まさに”一家眷族”という言葉が当てはまるような関係性で、孫世代のわたしたち全員が大人になった今でも(そしてそれぞれが全国に散り散りになった今でも)、正月には親族のほぼ全員が一堂に会します。

子どもの頃、寝る間も惜しんで働いていた母に代わり、幼かったわたしの面倒をみてくれていたのが母の兄嫁(わたしにとっての伯母)でした。

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お義父さんは一流シェフ。

お義父さんは一流シェフ。

先日義母のことを書いたので、今回は夫の父である義父について書いてみたいと思います。

▼義母について書いた記事はこちら▼

イタリア料理店のオーナーシェフ福岡市内にある小さなイタリアン・レストラン。
そこが義父の城です。

2人のシェフを雇って、メニューの考案と給仕は義父が担当しています。

富士山のお膝元で育った義父は、若い頃は製菓の勉強をし、東京都内でパティシエとして働いていました。

ある日

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