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アイドルタイムいとぶろ

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いとうくんの楽しい日々2
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#小説

アイドルタイムいとぶろ⑥

アイドルタイムいとぶろ⑥

 パンダがいなくなって一週間が経った。その間、僕は仕事に行き、仕事に行き、仕事に行き、仕事に行き、そして、仕事に行った。週末になった。
 週末になっても五十嵐はやって来なかった。
 昼頃にのそのそと起き出し、歯を磨く。こんなに遅くまで眠ったのは久しぶりだった。身体のあちこちがバキバキに痛む。大阪での疲れがまだ残っている……どころか、ますます体調は酷くなるばかりだ。痛みは消えないのかもしれないとすら

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アイドルタイムいとぶろ⑤

アイドルタイムいとぶろ⑤

 カレーを食べた。牛のキーマと鷄のキーマと、二種類のカレーが盛り合わせられているカレーを食べた。ムシャムシャと食べた。バクバクと食べた。牛のキーマカレーには果物がゴロゴロと、鷄にはすり潰された豆腐がびっしりと、どちらも大袈裟にならない程度にスパイスで調合されていて、その、頭の悪い表現が許されるのであれば、身体に優しい味がした。
 僕にしてみれば珍しく時間をかけて咀嚼したつもりが、来店時にすでに席に

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アイドルタイムいとぶろ④

アイドルタイムいとぶろ④

 2020年5月6日(水)晴れ、滅入る。

     ✳︎

 目が覚める。目を擦ろうとして、手足が痺れて動かない……のではなく、存在しないことに気づく。左手も右手も左足も右足も、僕は全てを失い、眠っていたのだ。どれだけ経ったのだろう?時計を求めて視線を彷徨わせるが、それらしきものはどこにも見当たらない。僕の部屋だ。まさか、デジタル機器全盛期のこの時代に、アナログ時計を本気で必要とする日がやってく

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アイドルタイムいとぶろ③

アイドルタイムいとぶろ③

 僕がまだ大学生のころ、僕はあくびばかりしていた。とにかく眠たかった……かったるかった。何をしたってわけでもないのに、いつも疲れていた。いや、それは今もだ。身体が重たくて、楽しい気分になることなんか一年に数回あるか、みたいな感じがずっと続いている。
 大学生の少しのあいだ、僕は僕の住むアパートから二番目に近いスーパーでバイトをしていた。そのスーパーはパチンコ屋の隣にあった。店自体はそこそこ広くて、

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タイムパラドクス・ゴースト・ライターフォーエバー

タイムパラドクス・ゴースト・ライターフォーエバー

 2020年8月3日
 週間少年ジャンプ2020年35号、発売。『タイムパラドクスゴーストライター』11話掲載。

 2020年8月8日
 『アクタージュ』原作者・マツヤタツキ氏、逮捕。インターネットを中心に事件はすぐに世界中を駆け巡る。
 翌々日、事件の重さを受け、週間少年ジャンプ編集部は『アクタージュ』連載終了を発表。

 2020年8月11日
 週間少年ジャンプ2020年36・37号、発売。

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タイムパラドクス・ゴースト・ライター

タイムパラドクス・ゴースト・ライター

 少年が笑った。隅で。場所はなんてことのない教室。体育を終えた男子たちがグラウンドの土と自分の汗で汚れた体操着を脱ぎ、かわりに首元が黄ばんだカッターシャツに着替えていた。あちこちでシーブリーズの噴射音が鳴る。それでも教室中に充満する、干からびた野球ボールの臭いは濃いままだ。
 窓際の一番後ろの席を取り囲むようにして、男子たちがゲーム機のメモリーカードをやり取りしている。
「これ?」
 男子Aが、押

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霊、霊、書く

霊、霊、書く

「入っていいですか?」
「いいですよ」
 男が云う。
 僕は小さな声でお邪魔します、と呟いて、靴を脱ぐ。ひた、と、冷たい感触が靴下越しに伝わってくる。両隣をアパートに挟まれているせいか、家のなかは人工的なまでに薄暗かった。今どき珍しい平屋というのもあって、なんだろう、ここだけ死んだ場所みたいな、そんな感覚を覚える。
 すぐ近くにある谷中霊園の気配が、そんな雰囲気を助長させているのかもしれない。ちょ

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霊、書く

霊、書く

 25歳になったその日、僕は17歳の僕に出会った。17歳の僕は相変わらず孤独で、天才で、どこにも味方なんかいなくて、どこにも敵すらいなくて、一人戦争状態だった。自分vs世界。あの酩酊感の只中に、17歳の僕はいた。
 懐かしい、と思った。
 くらくらした。
 過去を振り返り、昔はよかったなぁ、なんて呟くのは老人の仕事だ。
 昔の杵柄を使い、自分の存在を誇示するのは終わった人間の仕事だ。
 僕は自分が

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俺はまだ子供がいい

俺はまだ子供がいい

 小五くらいまでの俺はとても人間じゃなかった。いや、もちろん、一応、生きてはいた。親がいて、帰る家があって、毎日飯食って、勉強して、たまに遊んで。そういう暮らしはあった。
 でも、価値なんて何もないような子供だった。いてもいなくても変わんないような、てきとーな存在だった。家やクラスに居場所がないわけじゃないが、別に俺じゃないといけないってわけでもなかった。誰でも変わらない。例えば、俺がある日突然転

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でも僕たちはまだ子供

でも僕たちはまだ子供

 千駄木に引っ越した。
 6月という、何かを始めるにはあまりに遅く、かと云って終わらせるには少しばかり早急な、そんな季節だった。
 こういう日は、大抵いつだって雨だ。
「あ、柳さん、そのダンボール濡らさないでくださいよ」
「ああ!?無茶だろ!」
 叫びながら、それでも柳さんはなるだけダンボールが濡れないよう、前屈みになり玄関へ小走りで向かってくれる。
 僕も柳さんを見習い、トラックの上に積み上げた

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いつまでぼくらは子供

いつまでぼくらは子供

 母親が部屋に飛び込んできて「お父さん、刺しちゃった……」と泣き叫んだとき、ぼくはPUBGをやっていて、PUBGは楽しいので、だから、今、この瞬間の楽しい時間を邪魔してほしくないという気持ちになった。
 それにお母さんがお父さんを刺すなんて、そんなの母親がお父さんのスマホから知らない女の子(ぼくと同い年くらい?)の裸の写真を見つけてそれに逆上した父親がお母さんを思い切り殴りつけてそのせいでお母さん

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葉桜が散った

葉桜が散った

 17歳になってはじめて小説を書くことができた。それは同時に、今まで書いてきたものは全て小説ではなかったということでもあるが、しかし、そんなことは最早些事だ。これこそが小説。これでこそ小説。単純な僕は、これで就職も大学受験もしなくてよくなると、本気でそう信じた。僕は選ばれたのだ、僕は夢を掴む側の人間なのだと確かに実感した。
 だから、25歳の僕が、
「え、今?会社で働いてるけど?」
 と云ったとき

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Off-Whiteの服を着ることをやめられない美少女キャラクターたちへ〜『屍人荘の殺人』を読んで〜

Off-Whiteの服を着ることをやめられない美少女キャラクターたちへ〜『屍人荘の殺人』を読んで〜

 ひょんなことから若い男女の集団が夏合宿と称してペンションで数日間、寝食を共にすることに。もちろん何も起こらないはずがなく……。こういう場合は大抵、密室状態の室内で誰かが殺されるか、ゾンビ達が襲いかかってきて誰かが殺される。『屍人荘の殺人』の場合だとその両方が起こる。新人のデビュー作がミステリランキング驚異の四冠を達成したりもする。歴代五頭目の牝馬三冠馬が満を持して有馬記念の舞台に立ったりもする。

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晴れの日の日曜日(2019/12/02)

晴れの日の日曜日(2019/12/02)

 そのパンダはあるアパートの一室の、ロフトの上で暮らしている。元々の家主は死んだ。腐敗臭が下から漂ってきて不快だ、とパンダは思う。誰か早くあれを処理してくれ。しかし、死体が処理されるとこの部屋も同時に引き払われてしまうため、パンダは複雑な心境だった。パンダには、まだ耐えられないほどではない、と自分に言い聞かせ、家主の腐敗が少しでも遅れるよう祈ることしかできない。
 ロフトの上には、漫画本や、漫画本

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