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アイドルタイムいとぶろ

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いとうくんの楽しい日々2
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アイドルタイムいとぶろ 虹

アイドルタイムいとぶろ 虹

 滅入る。
 
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 滅入る。
 
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 滅入る。
 
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 滅入る。
 土曜日、五十嵐がやってきた。
「よお、相変わらずだらしない面だな」
 久しぶりの再会だというのに、五十嵐はといえばそんなことを平然と云い、こちらの気分をゲンナリさせる。
 土曜日の朝だった。
「寝不足なんですよ」
 ふぅん、と、五十嵐がけだるそうに首をひねった。
 骨張った腕が僕の肩

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アイドルタイムいとぶろ⑥

アイドルタイムいとぶろ⑥

 パンダがいなくなって一週間が経った。その間、僕は仕事に行き、仕事に行き、仕事に行き、仕事に行き、そして、仕事に行った。週末になった。
 週末になっても五十嵐はやって来なかった。
 昼頃にのそのそと起き出し、歯を磨く。こんなに遅くまで眠ったのは久しぶりだった。身体のあちこちがバキバキに痛む。大阪での疲れがまだ残っている……どころか、ますます体調は酷くなるばかりだ。痛みは消えないのかもしれないとすら

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アイドルタイムいとぶろ⑤

アイドルタイムいとぶろ⑤

 カレーを食べた。牛のキーマと鷄のキーマと、二種類のカレーが盛り合わせられているカレーを食べた。ムシャムシャと食べた。バクバクと食べた。牛のキーマカレーには果物がゴロゴロと、鷄にはすり潰された豆腐がびっしりと、どちらも大袈裟にならない程度にスパイスで調合されていて、その、頭の悪い表現が許されるのであれば、身体に優しい味がした。
 僕にしてみれば珍しく時間をかけて咀嚼したつもりが、来店時にすでに席に

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アイドルタイムいとぶろ④

アイドルタイムいとぶろ④

 2020年5月6日(水)晴れ、滅入る。

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 目が覚める。目を擦ろうとして、手足が痺れて動かない……のではなく、存在しないことに気づく。左手も右手も左足も右足も、僕は全てを失い、眠っていたのだ。どれだけ経ったのだろう?時計を求めて視線を彷徨わせるが、それらしきものはどこにも見当たらない。僕の部屋だ。まさか、デジタル機器全盛期のこの時代に、アナログ時計を本気で必要とする日がやってく

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アイドルタイムいとぶろ③

アイドルタイムいとぶろ③

 僕がまだ大学生のころ、僕はあくびばかりしていた。とにかく眠たかった……かったるかった。何をしたってわけでもないのに、いつも疲れていた。いや、それは今もだ。身体が重たくて、楽しい気分になることなんか一年に数回あるか、みたいな感じがずっと続いている。
 大学生の少しのあいだ、僕は僕の住むアパートから二番目に近いスーパーでバイトをしていた。そのスーパーはパチンコ屋の隣にあった。店自体はそこそこ広くて、

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アイドルタイムいとぶろ②

アイドルタイムいとぶろ②

 2020年10月11日(日)曇り、滅入る。
 
 *
 
 人と喋ると疲れる。
 それが、見ず知らずの他人であれば尚更だ。
「誰、あれ?」
 冷蔵庫のうえでウトウトと微睡んでいたパンダが僕に訊く。パンダの目線の先には2メートルはあろうかという大男の姿がある。大男は年季の入ったレザージャケットを羽織ったまま、こちらに背を向け、僕の部屋の本棚を眺めていた。
「知らない」
 男に聞こえないよう、小声で

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アイドルタイムいとぶろ①

アイドルタイムいとぶろ①

 2020年9月26日(土)雨、滅入る。
 
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 永遠かと思われた夏が終わった。やがて冬が来るだなんてとても信じられなかったけど、そんな僕の不安を他所に、世界はきちんと時間を進めた。正しく季節は移ろった。
 色々な物事が恐ろしい速度で進んでいく。
 気がつけばもう一年が経とうとしていた。
 もちろん、世界は勝手にその速度を速めたり緩めたりしない。全部が全部、はじめからここまできちんと正しい

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たべるのがおそい

たべるのがおそい

 もくもくとのぼる煙を眺めながらコーラを口に含むと、のどがシュワシュワした。炭酸は骨すらも溶かすと、昔お母さんが云っていたけど、あれは本当なのだろうか?燃え残ったおじいちゃんの骨にコーラをかけてみたい、なんて不謹慎でどうでもいいことを考えてしまう。大事な大事なおじいちゃんの骨。シュワシュワ。
 お父さんやお母さんに黙って、控室をこっそり抜け出してきた。行きの車内で「しゃきっとしなさい。しゃきっとし

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タイムパラドクス・ゴースト・ライターフォーエバー

タイムパラドクス・ゴースト・ライターフォーエバー

 2020年8月3日
 週間少年ジャンプ2020年35号、発売。『タイムパラドクスゴーストライター』11話掲載。

 2020年8月8日
 『アクタージュ』原作者・マツヤタツキ氏、逮捕。インターネットを中心に事件はすぐに世界中を駆け巡る。
 翌々日、事件の重さを受け、週間少年ジャンプ編集部は『アクタージュ』連載終了を発表。

 2020年8月11日
 週間少年ジャンプ2020年36・37号、発売。

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タイムパラドクス・ゴースト・ライター

タイムパラドクス・ゴースト・ライター

 少年が笑った。隅で。場所はなんてことのない教室。体育を終えた男子たちがグラウンドの土と自分の汗で汚れた体操着を脱ぎ、かわりに首元が黄ばんだカッターシャツに着替えていた。あちこちでシーブリーズの噴射音が鳴る。それでも教室中に充満する、干からびた野球ボールの臭いは濃いままだ。
 窓際の一番後ろの席を取り囲むようにして、男子たちがゲーム機のメモリーカードをやり取りしている。
「これ?」
 男子Aが、押

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霊、霊、書く

霊、霊、書く

「入っていいですか?」
「いいですよ」
 男が云う。
 僕は小さな声でお邪魔します、と呟いて、靴を脱ぐ。ひた、と、冷たい感触が靴下越しに伝わってくる。両隣をアパートに挟まれているせいか、家のなかは人工的なまでに薄暗かった。今どき珍しい平屋というのもあって、なんだろう、ここだけ死んだ場所みたいな、そんな感覚を覚える。
 すぐ近くにある谷中霊園の気配が、そんな雰囲気を助長させているのかもしれない。ちょ

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霊、書く

霊、書く

 25歳になったその日、僕は17歳の僕に出会った。17歳の僕は相変わらず孤独で、天才で、どこにも味方なんかいなくて、どこにも敵すらいなくて、一人戦争状態だった。自分vs世界。あの酩酊感の只中に、17歳の僕はいた。
 懐かしい、と思った。
 くらくらした。
 過去を振り返り、昔はよかったなぁ、なんて呟くのは老人の仕事だ。
 昔の杵柄を使い、自分の存在を誇示するのは終わった人間の仕事だ。
 僕は自分が

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俺はまだ子供がいい

俺はまだ子供がいい

 小五くらいまでの俺はとても人間じゃなかった。いや、もちろん、一応、生きてはいた。親がいて、帰る家があって、毎日飯食って、勉強して、たまに遊んで。そういう暮らしはあった。
 でも、価値なんて何もないような子供だった。いてもいなくても変わんないような、てきとーな存在だった。家やクラスに居場所がないわけじゃないが、別に俺じゃないといけないってわけでもなかった。誰でも変わらない。例えば、俺がある日突然転

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でも僕たちはまだ子供

でも僕たちはまだ子供

 千駄木に引っ越した。
 6月という、何かを始めるにはあまりに遅く、かと云って終わらせるには少しばかり早急な、そんな季節だった。
 こういう日は、大抵いつだって雨だ。
「あ、柳さん、そのダンボール濡らさないでくださいよ」
「ああ!?無茶だろ!」
 叫びながら、それでも柳さんはなるだけダンボールが濡れないよう、前屈みになり玄関へ小走りで向かってくれる。
 僕も柳さんを見習い、トラックの上に積み上げた

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