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Off-Whiteの服を着ることをやめられない美少女キャラクターたちへ〜『屍人荘の殺人』を読んで〜

 ひょんなことから若い男女の集団が夏合宿と称してペンションで数日間、寝食を共にすることに。もちろん何も起こらないはずがなく……。こういう場合は大抵、密室状態の室内で誰かが殺されるか、ゾンビ達が襲いかかってきて誰かが殺される。『屍人荘の殺人』の場合だとその両方が起こる。新人のデビュー作がミステリランキング驚異の四冠を達成したりもする。歴代五頭目の牝馬三冠馬が満を持して有馬記念の舞台に立ったりもする。驚くべきことに、そのどれもがこの現実で本当に起こったことなのだ。そして、僕はその歴史的瞬間にようやく立ち会うことができた。
 何かが起こる兆しはいつだって、朝だ。連日のハードワークに疲れ果て、このままでは本当に死んでしまうとまわりに心配された結果、休みを取ることになったある金曜日の朝、それはやってきた。
 映画が……映画が、観たい……!
 映画が観たかった。
 それも、ただただひたすら面白いだけのエンターテインメント作品を。
 僕が自発的に映画を観たいと思うのは、数ヶ月前、吉祥寺によくわからない映画を観に行ったとき以来だった。その映画は本当につまらなく、しかも風邪ぎみでとにかく一刻も早くこの場を立ち去りたい衝動を千八百円という現実的な数字で必死に押し留め、ようやく上映が終わったと思ったら今度はこの後監督のトークショーがあると言われ、流石に我慢出来ず一人席を立ったら隣の席の女性に心底軽蔑するような目を向けられて、それがトラウマで僕はこの数年間、一度も映画館に足を運ぶことがなかったのだ。お前こそ上映中、寝てたやんけ!というツッコミを押しとどめ、入り口近くで自分の出番を待つ監督らしき人間の前をコソコソと抜け出すのはひどく惨めだった。その夜、目当てにしていたラーメン屋はなぜか閉まっていたのを覚えている。
 そんな過去も過ぎ去ってしまえば笑い話かと思ったが、今思い返しても普通に腹立つ。死ね。雑に人のことを軽蔑するアホ女も、つまらない映画を撮るアホ監督も、とにかく本当に死んでほしい。
 そんな僕が、今はなぜか無性に映画を観たかった。調べた。アナ雪……前作を観てない。ドクタースリープ……前作を観てない。スターウォーズ……一作も観てない。ジュマンジ……何??
 困り果てた。映画業界はいつの間に新規の客をバッサリ切り捨てるビジネスモデルを採用する様になったのか……。デートの時にしか映画館に足を運ばないカップルたちの行き場はどうなるのか……。僕の衝動はどこへ向かうのか……。と、絶望しかけたその時、よく見知ったタイトルが目に止まった。
 『屍人荘の殺人』
 噂によると、なんか、ミステリのランキングを総なめしただけでは飽き足らず、ジャンプ+で漫画化し普段ミステリを読まないオタク層の心すら鷲掴みにした、あの、『屍人荘の殺人』が、今度は過去作の続編ばかり量産する腐った映画業界に一石を投じようというのか。
 僕はすでにちょっと感動していた。
 いつの間に、そんな、立派な子に……。まだ読んでないけど。買ってすらないけど。
 だから、僕は本屋へ走り、表紙カバーが映画仕様になっている『屍人荘の殺人』を買った。これを読んで、その後映画も観ようと思った。読み始めた。読み始めたら映画の上映時間に間に合わず、かわりに『MANRIKI』を観た。白衣の斎藤工が笑顔で女の人の頭を万力で締め上げる画がカッコ良すぎて、これが永遠に観られるのか……なんて素晴らしい映画なんだ……と感動していたら中盤くらいで斎藤工、なんか汚い格好した指名手配犯になっててビックリした。せめて白シャツで蕎麦をすする斎藤工でいて欲しかった。映画自体は全体的にしょうもなくてとんでもなく面白かった。
 その後『屍人荘の殺人』も読んだ。
 『屍人荘の殺人』を読み終えた僕は、本格ミステリとゾンビの美しい融合を体験した僕は、この本を読み終えたすべての人たちがそうであったように「ひ、比留子たん萌え!萌えすぎwww比留子たんは俺の嫁!いや、俺のホームズ!www」と甲高い声で叫び、ニタニタと頬を吊り上げた。
 嘘。ごめん、どうしても自分の気持ちをうまく人に伝えられないんだ、僕は。
 でも、あなたにはちゃんと聞いてほしい。
 愛さえあれば、どんな不可能だって、可能になるってこと。
 互いを想う強い気持ちがあれば、どんな者たちだって必ず結ばれ合うことができるってこと。
 本格ミステリ×ゾンビという記号が凄いんじゃない。両者へ向けた作者の想いこそが凄いんだってこと。
 僕がみなさんに伝えたいのは、それだけです。

おわり

いとうくんのお洋服代になります。