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メルトメイズ

 雲の流れの背後で月にあるあかりが沼の右半分を照らし、左手には燃えるガス灯が城のような白い建築物にあかるみを与えている。沼には小舟が浮かんでいて、彼と彼女が乗るその後ろで、レースをまとった女性がオールで舵をとっている。

 小舟は泥のふちに向けて進んだ。みなもから赤みを帯びた蓮の花が顔をだしてふるえている。彼女が小舟から蓮の花を撫でると、ひらいた香りが鼻腔を打った。

 小舟の突端が沼のふちにめり込むと、漕ぎ手の女が表情の失せた顔で指先を陸へ向けた。陸地へとまたいだ彼女と彼は、そびえる城のような建物のまえに立ち、それを眺め廻す。逆さまの剣を頂きに掲げる入り口がガス灯にゆらめいている。

 仄白い石のアーチで固められた入り口に、鉄板が打たれていた。横文字で《メルトメイズ》と穿たれている。建物を眺めていると、ガス灯のあかりにゆれるそれは土台を失って宙に浮かんだそれに見え、こちらは鏡に映された月の上にいるような心地で、平衡感覚を失いかけてゆれる。

 いつもならすぐに端末をとりだして写真に収めるのに、彼女は両手をぶら下げて顔を上げている。彼が促して、仄白い石のアーチをくぐった。

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