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母の状態変動 その真実

母の対応が出来なくなった。
それが何故なのかやっとわかった。

でもまたここがやられるとは思わなかった。

人格形成パターンにズレが生じてると思います。
その理由が恐怖です。

その恐怖とは俺が宗像病院院長長谷川浩二に暴言、言葉の暴力を浴びせられてる現場を見ているからです。
それも何度も見てるからです。

母にとってはそれは恐怖だったでしょう。

自分の子供が本来、信頼すべき医者に暴言、言葉の暴力を振るわれているのです。

悲しむべき事実だったでしょう。

でも何故、恐怖で人格がズレたとわかったのか?

これが二度目だからです。

一度目は昔、脳出血を起こした時に母が自生を取り戻した時にその前の母とは違う母が現れた事実があるからです。

脳出血です。

脳に損傷も負っているし、病気発症の恐怖を見る事で死ぬを実感したでしょう。

死の恐怖は計りしれなかったと思います。

あきらかに病気、前の母とは違う母が現れました。

人格が変わるという事は医学的な定義から見ても起こりにくいと思いますがありゆる事ではあります。

例えで言えば脳に損傷を起こしたら今まで優しかった人が怒りっぽくなったの事例はあります。

それを踏まえて考えても母も脳出血で脳に損傷をおって、そして見た恐怖で人格に影響を及ぼさなかったとは言えないのです。

影響はあったと思います。

自分という心理を見る事が出来る人間にとっては微妙な変化も見逃さないでしょう。

ただ微妙の誤差ではなかったから見逃す訳ありません。

変化は急激でした。

自分が自生して来た母の対応を今までやってた通りに今は出来なくなったのです。

だから今回、母との関係が急激におかしくなった時、長谷川の俺への攻撃を間近で見たからだろうとは思っていました。

でもそれ人格ではなく認知と記憶にも障害が出てきてたので人格のズレとは思いませんでした。

でも違和感はありました。

認知と記憶だけで摩擦が生じるのかと?

でもそうじゃなかったのです。

そもそもが人格までに影響が出てたと考えると納得いきます。

恐怖でしょう。

母が精神病を発病した原因は人です。

脳出血事態は酷いものじゃなかったのです。

でも出血した場所が悪かったのです。

かなり後遺症に苦しむ事になるのです。
どちらかと言えば後遺症が恐怖だったと思います。

医者にも後遺症は二度と治らないと言われた時から母の希望は絶望に変わりました。

俺に眠剤を持って来いとは言わなくて父に大量の眠剤を持って来るように俺にお願いしてました。
自分はそんな眠剤は父さんは手に入れる事も出来ないし父さん自殺補助になるよ。

その眠剤を持っているのは家族では俺だけだよ。

俺のをやろうか
俺が捕まるよ
でも今の眠剤は致死量にはならないとずっと訴えてました。

その時に人間の闇を見ました。

それが母の知り合いが母に病院で「ここの病院にいたら殺されれる」と吹聴していたのです。
その時はまだ自分もその理由を知らなくて母の精神状態が何故、急激に変化したのかわかりませんでした。

精神的に異常を來してその当時の宗像病院の俺の担当医に診てもらえないかと言って引き受けてもらいました。

だから母を助けたのは宗像病院のおかげでもあるのです。

母は宗像病院を信頼してたでしょう。

信頼してたから今回、俺が長谷川に受けた攻撃を目の当たりにした時は衝撃を受けたと思います。

母にとっては混乱でしょう。

すでに年齢をとっている母にとっては理解出来る範疇ではなかったでしょう。

医者は優しい人、私を助けてくれた
その医者が子供を苦しめている
考えられないでしょう

今、自分が感じてるストレスを母も感じたでしょう。

それにずれた母に対応出来ない自分に感情的になられ自分から言葉を浴びせられる事もストレスでしょう。
自分も分析出来ていながら母に対応出来ないでいます。
それが自分にかかっているストレスにまた自分も対応出来てないからです。

どうにか悪循環を切らなくてはいけません。

だからまずは自分の療養と安静を目的にフォトグラファーを一時、辞めると言ったのです。

機材まで売ると言ったのは機材があればどうしても撮影に出てしまうからです。

だからまずは療養と安静をすべきです。

それに撮影だけが今の自分の仕事じゃありません。

引き伸ばし機を購入した、自分はプリント技術も覚えなければいけません。

やる事は限りなくあります。

また自分の状態を追う為に本も読まなくてはいけません。

あらゆる仕事は残されています。

やるべき事が進んで状態の回復が行われればまた宗像病院に対応すればいいと思います。

俺だけじゃなく母まで苦しめて山川家を同士討ちさせとうとしている宗像病院を許さない。
院長長谷川浩二を許さない。

何故、未だにマスメディアが動かないのかを考察した時に思いました。

証拠がない。

マスメディアを動かす決定的な証拠がないのです。

でもその証拠の作り方がわかりました。

それを実行して証拠を掴みマスコミにリークすればいいのです。

やり方は伏せときます。

宗像病院のゲスが俺のSNSを見張っている節があるからです。

自分の状態が戻り次第に宗像病院の対応はとります。

母が変化したといってもまだ母との生活は残されています。

対応出来なくても対応しなきゃ後悔するでしょう。

昨日、母に洋服を買って帰ったら喜んでました。
ただ自分は母の洋服を選ぶ時にコーデネイトを考えません。
センスはあると思っているのに真面目に服を選ばないのか考えてたら納得しました。

結局、母は寒がりなので重ね着して自分が買って来た洋服がどこにいったのかというぐらいに重ね着をするのです
だから真面目にコーデネイトしないのかと思いました。

コーデネイトのセンスはとっておきます。

いつか自分と共に歩いてくれる人が現れるまで

でも洋服を買って帰ったので母は喜んでました。

俺はサプライズ好きです

でも洋服はじぶんのセンスがあるので共に歩む人でも受け入れてくれないかも知れません笑

母だから受け入れているのでしょう。

親だからと思います。

親だから悔しかったと思います。

俺が長谷川に暴言、言葉の暴力、そしてありとあらゆスタッフに対応ミスをやらているのを見ているのは辛かったでしょう。

母からしたら医療スタッフにはものも申せないだろうし、すでに発言するだけの能力は脳出血を発症した時に喪失してしまったと思います。

もともと母は優しすぎるのでなかなか言えた義理じゃないでしょう。

だからそれを知っている宗像病院の人間だから、俺に態度をとって来たのです。

確信犯です

俺の預けてた命を宗像病院の人間は永久にこの世から抹消させようとしたのです。

これから自分は療養と安静に入ります。

もう一度、母との関係性を作らなければなりません。

それが後悔しない生き方になると思います

追記
ただ自分にも自負があります。
自分はこの何十年、苦悩して自分を作り上げて来ました。
ある程度なら人の対応は今の自分なら可能だと想っています。

でもここまで作り込んだ自分が母の対応が出来ないのならば母の人格はズレてると認識した方がいいと思います。

脳出血を起こした時、対応出来なかった状況に似すぎてます。

今、現状、自分の状態も悪いのを考えると難しいのかも知れません。

早く対応しなければ凄惨さがます。

自分を信じる事でしょう。

母への想いが伝われば局面は打開できると思います。

後悔なきように

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