ゴルフ師匠「花粉をなめんなよ」~花粉シーズンに伊豆でゴルフ~
これは私のゴルフの師匠の話です。
師匠は私に平然と言い放しました。
「昔はよ、花粉症なんて、全然、平気だった。症状なんて、まるでねえ。世間がなんで騒いでんのか、さつぱり分からなかったさ」
私はさすが師匠と感心したもんです。
「へえ、ほんまでっか。そりゃ、珍しや」
「俺自身はな、世間の騒ぎを『大げさだよな、俺様には関係ねえ』って、思ってたさ。無視してたんだ」
「さっすが、師匠。太っ腹、幸せでんな」
師匠は本当に、お腹が太っ腹でございました。
「当然、春の花粉シーズンだって、ゴルフはやめねえ。マスクも薬もなし。ゴルフ命の俺だからな。花粉なんかで、ゴルフを自粛するもんかね。むしろ『花粉のメッカで、プレーしてやろうじゃねえか』って、江戸っ子の心意気よ」
「えっ、師匠、江戸っ子でしたっけ。初耳だあ」
「どこの出だって、いいじゃねえか。ゴルフのパターみたいに、細けえこと言うない。まっ、これも一つのノリさ。おいらのゴルフスタイルと同じだ」
「師匠。師匠の辞書に『花粉症は、なし』ですかね」
「まあな。おお、そんでよ、行ったのは伊豆の山の中。杉林のど真ん中で、ラウンドだ。おめえだって、伊豆は大好きだよな」
「はあ、たくさんボールを失くした伊豆は、大好きでんな。ゴルフ場以外は、楽しいとこで」
「そんでよ、俺、スタートで、珍しくドライバーショットを曲げちまった」
「えっ、師匠でも曲がること、あるんでっか。性格真っ直ぐ、ボールは七曲り、なんて。そんで、『ファー』ですか」
「おお、その『ファー』さ。久しぶりに、腹から、いい声出したさ。ドライバーで、300ヤードを狙えば、ボールのヘソだって曲がるもんだ」
「ボールにヘソがあるんでっか」
「今、作った」
「師匠はなんでもできるんで」
「ボールの行先は、ボールに訊けってな。こいつ、杉の林の中に、飛びこんじまった。目の前は広いフェアウェーなのによ、隅っこの杉林だ」
「やっぱりでんな。人生、裏街道」
「おう、そのやっぱりだ。おめえは、いっつもやるよなあ。裏街道一筋」
「へえ、おおきに」
「でよ、林の中にボールを探しに行ったさ。何しろ、新品のボールだ。失くしてたまるかってんだ。高いボールだぞ。もちろん、ボールは、すぐ見つかったさ。杉の木の真下に、お行儀よく転がってたさ」
「あちゃー、やはり。そうでっか」
「俺は、見上げたよ。これが天下の杉の木か。耳鼻咽喉科を儲けさせてる張本人かってな。幹を思いっきり、ポンと蹴っ飛ばしてやった。細めの杉の木さ。そしたら、杉の木が、でっかく揺れたよ。俺の蹴りが効いたみたいだ」
「だ、大丈夫でっか。師匠」
「大丈夫なわけ、ねえだろう。上から花粉が、どばって降ってきたさ。雨あられだ。お陰で、俺は全身まっ白け」
急に師匠は鼻をかみました。眼をこすりました。ちょっと、水を口に含み、薬を飲みました。
「以来、この様さ。もろに花粉症になっちまった」
師匠の話は、いつも教訓に満ち溢れております。蹴られた杉の木の気持ちも分かるような気がします。
降り注ぐ花粉の中に、真っ白な師匠のお姿が見えるようです。
私は、弱々しく、愚痴りました。
「思い出しました、・・・・今度、伊豆でコンペがありまして」
「なに、この春にコンペか。いい度胸だ。おう、このマスク持ってきな。ついでに、サングラス貸してやるぜ」
「あっ、ありがとうごぜえやす。マスクとサングラス、ありがたくかけてまいりやす。箱根の関所を抜けてまいります」
「時代劇やってんじゃねえよ。ボールより花粉だ。杉の神様を怒らすんんじゃねえぞ。合掌して、そろっと前を通るんだ」
「へえ、合点で」
こうして、伊豆山中のコンペに向かったのでした。箱根の関所を無事に通過して、遭難もせずに到着。
私は、もちろん、スコアにこだわりは、ありませんでした。
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