その夜


その男は
自分と向き合う女が情緒不安定になるのが面倒だと言った。

価値観が合わないからと別れたらしい。

この男は人と付き合うための根気が足りないと思った。

思えば
初対面からコミュニケーションが乏しい。

初めて会ってから
居酒屋へ入るまでの数分の距離
会話が少ないのだ。

笑顔が乏しく、
可愛げがない。
加えて何を考えているのか、わかりにくい。

ちょっとした無愛想さが人を遠ざけ
言葉の節々に自分のコンプレックスと人を見下すような視線が入り混じっているのを無意識に感じてしまう。

私より後輩だというのに
なんというか可愛がりにくいように思った。

まだ若い23歳
どことなく可愛げが足りない。


その子のおすすめだという居酒屋に入って
お酒を2杯頼む。

その子はビールをのみ、
私はチューハイをのむ。

少しずつ酒が入り
少しずつ酔っ払ってきた。
という体裁で、少しずつ会話が広がってくる。

居酒屋で2人でのむ酒の価値は
傷つかないように本音を話すためだ。

なにかをやらかしたとしても
後からすべて酒のせいにしたらいい。

ごめん、すこし酔ってたかも。
そんな一言で後から失敗の全部を帳消しにしたい。
そのような余裕で自分を守りながら
気になるあの子と距離を詰めたいからのんでいる。


俺の付き合う女はメンヘラ化するんだ、大体。
情緒不安定な女は面倒だ。


前の彼女はどんなだったの?

ラインが少ないとか、会える時間が少ないとか、
勝手にひとりで怒って面倒だった。
俺だって仕事があるのに。

そのこと、君はちゃんと話しあったの?

いや、そんな。
面倒に思ったから。

普段から会話してた?

うぅん、、
だって付き合いはじめたら考え方が合わないと思ったから。

別れた原因はなんだったと思ってるの?

価値観の違い、かな。

あーそれよく言うよね。
私全く分かんないわ。
価値観の違いってやつ。

そうかな?

人との距離を詰めるのが苦手そうな彼は
自分の等身大を刺されるような言葉にめっぽう弱そうだった。
彼の発言を否定すると、今までの澄ました態度が一変し、徐々に私を伺うような視線を向け会話を続けた。

だってさ、、
男と女、価値観、考え方、生き方、全部が全部合うような人間っていると思う?

私、思うんだけどさ、
君は明らかに会話が足りないと思っちゃう。
彼女も悪いところあったと思うよ、
それは君に対する伝え方が。
でもそうやって怒るくらい、君のこと好きだったんだと思うよ。

彼はびっくりしたような目でこちらを見た。

私は考え方が全部合う人間なんていないと思うの。
生まれたところも育った環境も全部みんな違う訳でしょ。
だから、価値観が合わない同士でどこまで擦り合わせていくかが大切だと思うの。
伝え方が頼りないその彼女に、君はちゃんと愛されていたと思う。
君はその思いを受け止めるほどの心が足りてた?

なんだかびっくりしたように、
こちらをみて、
確かに。みたいな顔をして黙った。

彼の心の隙に入るほど親しい子が少なそうだ、なんて思った。

今もその女の子のこと、好き?

いや、もう終わったから。

男は今までの元彼女のことを未練がましく話す割に
やり直す気はないのだという。

どんな子が好きなの?

背が高くて、すらっとして
喋り方が可愛い子。

散々これまでの女の話を聞いたうえで、
私の目をみて私の特徴を当てるように言った。

散々カウンセラーみたいに話を聞いたうえに
女なら誰でもいいと思ってるだろう、
なんて考えながら
私は首を傾けてふふっと笑った。

この子は横浜出身。
聞いてもないのにわざわざ神奈川県出身ではなく横浜という。
それに慶應卒業。
聞いてもないのにわざわざ慶應経済だと言った。

見栄と生きにくさが混じり合っている。

一度のったラットレースから脱落しらずの
ピカピカの経歴だった。

自分を守り固めるように壁をつくって生きている感じがした。

居酒屋の帰り、
まだ酒に酔っ払っているという体裁は続いている。

彼はビールを3杯のんだ。
私は2杯。

お酒のせいで、人肌恋しくなった。
そんな体裁を2人して続けている。

帰り際、
送ってあげるよ。
ついてきて。

私の前に、少しはやい歩幅で歩く君がいる。

人気の少ない暗い夜道に入ったところで
君の足はピタリと止まり、
急に後ろから抱きつかれる。

これは
くだらない酒のせい。

でも
本音は私のせい。

本心と建前を交差させながら、
夜道の暗闇のなかで
くだらない全てを葬りたい。

あやふやな位が丁度いい。

24歳の私。
特に気になる訳でもない彼、でも気持ちはなんとなくわかる。
惰性で生きている毎日。

あやふやに今日を終わらせたいと思った。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?