見出し画像

苦しくて辛い、それでも忘れられない心に刺さった映画

私には見た映画を教え合う友達がいる。
その頃はまだ動画配信サービスよりもDVDを借りて見る機会の方が多く、私たちはよくそれぞれ借りてきたDVDのジャケットの写真やタイトル、ちょっとした感想みたいなものを送り合ったりして最近自分が見た映画を共有し合っていた。

最近はそれもめっきり減り、やり取りも少なくなってしまったが、彼女とはその関係があったおかげで私がピンチになった時に助けてくれた思い出もある。


そんな彼女から教えてもらったある映画で、かなり印象に残っているものがある。
普段からよく映画や漫画などを見たり読んだりするのだが、それまで私は感動したり悲しいと思うことはあっても、泣いたことがなかった。
なぜ泣かない(泣けない?)のか明確にはわからないが、想像するに私はきっと「これは作品だ」と思ってしまう節があるのだと思う。

なんともひねくれていると言うか、もっと素直に見ればいいのに...という感じがしなくもないが、そういう感情が揺さぶられるようなシーンになると色々な気持ちは生まれるものの「そうか、ここが泣かせるシーンとして作られているんだな」みたいな心境になってしまい、実際に泣くまではいかない、というようなことが多い。
ドキュメンタリーだったり、実話が元になった話だとまた違うこともある。
はじめてのおつかいとか、めっちゃ泣く。


そんな私が初めてフィクションの作品で泣いたのが「偽りなき者」という映画だった。
かなり前に質問箱から頂いた質問に答えた時にもちょっとこの映画について書いたのだが、私はこれを深夜に1人で見ていてなんとも言えない気持ちになり「ふぎぃぃ〜」と1人悔し涙のような涙を流した。
私が初めて映画を見て泣いた理由は「せちがらい」みたいな感情だった。


偽りなき者は2012年に公開されたデンマークの映画だ。
ジャンルとしては、TUTAYAの棚でいうところの「ドラマ」というジャンルに入るのかなと思う。
青春でも宇宙でも冒険でもなく、誰にでも起こり得るような生活の中での、人間模様がもちゃもちゃする系。

主人公のマッツ・ミケルセン演じるルーカスは、小さな町の小学校の先生だった。しかし、勤めていた学校の閉鎖によって失業してしまう。
そんな中、妻との関係も悪化しついには離婚。一人息子であるマルクスは父のことを慕っていたが母親に引き取られたためなかなか会えないようになってしまう。
それでも、幼稚園の教師として再就職し幼い頃からの親友テオや趣味の狩猟仲間たちと狩りにでかけたり、穏やかな生活を送っていたルーカス。
しかし、テオの娘でありルーカスの職場である幼稚園に通う女の子、クララの小さな嘘によってその生活は一気に崩れていくことになる。

<ここからネタバレを含みます>

クララは自分に気を向けてほしくてルーカスに贈り物をしたり、幼稚園児ながらに頑張ってアタックするのだが、当然ながらルーカスはそれを傷つけないようにあしらうことしかできない。
そんなルーカスの態度が不服だったクララは何をしたか。
彼女は園長先生にルーカスが自分に性的虐待をしたかのような発言をしてしまうのだ。

話は一気に知れ渡り、変質者の烙印を押されてしまったルーカス。
小さな町でこの事件はたちまち広まり、ルーカスはそこから村八分のような扱いを受けることになる。親友だったテオでさえも、娘の言葉を信じルーカスの話を聞こうとしない。

仕事も友人も信頼も全て失いどん底の中、町の人の敵意や憎悪はどんどんエスカレートしていき、ルーカスの無実を唯一信じる息子マルクスにまでその悲劇は連鎖していく。


私が初めてこの映画を見た時に泣いたのは、このあたりだった。
もう、見ていられないのだ。
ルーカスは何も悪くないのに、どこに行っても色々な人から責められ、しまいには、例えば本当に変質者だったとしてもそんなことして許されるのかというような仕打ちにまであってしまう。

映画を見ながらこんなにも苦しい気持ちになり「もう、お願いだからやめたげて...」と思ったのは初めてだったかもしれない。
今思うと私はあの時、ある意味共感のような感情を抱いていたのかもしれない。

小さなコミュニティ、閉鎖的な世界で、身に覚えのないことで周囲から傷つけられたり、幼い頃から知っていた親友までもが敵になる。その悔しさや悲しみを向ける矛先もない、心が引き裂かれるような絶望と孤独。
映画のようなひどい仕打ちにはさすがに遭わなかったが、その環境や心境は私が中学校の時に味わったものとなんとなく近くて、より心が揺さぶられたのかもしれない。


そして私がこの映画を見て一番「うわぁ...」と思ったのは終わり方だった。
どうにか誤解が解け、終盤には町の人たちとも関係が修復するようにも思えるのだが、それでもすっきり平和なハッピーエンドという空気にはならないのだ。最後の最後で起こる出来事を、どういう解釈で見るのかもすごく考えさせられる。

人間は、そんなにすぐに切り替えができるものではない。
誤解が解けたからといって「はい仲直り。じゃあこれからもみんなで仲良くやっていこうね!わーい!」なんてことにはまぁならない。
それに「誤解だ」とわかっているこちら側から見ていると、様々な場面で色々な人に憤りを感じたりもするのだが、実際にルーカス以外の登場人物に自分がなったとしたら、何を思うだろうか。
そのあたりもとても繊細に描かれていて、それぞれの心境を想像するほどにまた違う苦しみや葛藤の気持ちが湧いた。


この映画、邦題は「偽りなき者」というタイトルだが、原題は「Jagten」という。Jagtenはデンマーク語で狩りという意味だ。
話の中で狩猟にまつわる場面も何度か出てくるのではあるが、この「狩り」が指している本当の意味。

これはフィクションの話だし、なかなかショッキングな内容も多いのだが、私たちのとても身近な社会でも、同じようなことがいくらでも起きているし、起こり得るなと感じた。
そういう意味で、心躍るような楽しい娯楽作品ではないが私の心に刺さった思い出深い映画だ。



ここから先は

0字

サポート、嬉しいです。小躍りして喜びます^^ いただいたサポートで銭湯と周辺にある居酒屋さんに行って、素敵なお店を紹介する記事を書きます。♨🍺♨