鵜飼い

外人はうがいが出来ない?

普通の人は毎朝ちゃんとうがいしてますよね? まれに「私はうがいなんて下品なことはしません」て人もいるけど、ほとんどの人はやってるはず。実はあれ、日本人独自の習慣なんだって。だから外人は日本人がガラガラペッって水を吐き出すのを見ると「はしたない」とびっくりするんだってよ。風邪の予防にも、その効果の科学的根拠はほとんどないんだとか。

 ちなみに「うがい」の語源は「鵜飼」からきてるそうだ。ほら、鵜に魚

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(* ´艸`)クスクス 照れちゃうなー
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岩村城。最後の城主は秋山虎繁。織田家との取り次ぎを担った。永禄11年、織田信忠と松姫の婚約の使者として岐阜城を訪れる。信長は長良川の鵜飼いでもてなし自ら取った鮎を渡すなどして歓待した。7年後、秋山は信長と敵対、長良川で逆さ磔にされる。

こんな時だから少しでも旅行気分を!!

第14回目は山口・岩国に行った時の事を書きたいと思います。行ったのは秋の紅葉が最高の時でした。飛行機で岩国に行ったのですが、上空からは富士山が綺麗に見え、天気も良かったので最高のフライトでした。

日本が誇る富士山!!中々、ここまで綺麗に雪が掛かっている富士山が見れることはないみたいですよ。

岩国着いてからは、錦帯橋、岩国城と行きました。どちらも初めて行ったのですが、錦帯橋は本当に変わった橋でま

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ありがとうございます!次回の投稿をお楽しみに!
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実は公務員だった鵜匠/岐阜市は江戸期の二つの街が合体/岐阜市

★都道府県 岐阜県
★城郭 岐阜城、加納城

 長良川の鵜飼をご存知の方は多いだろう。しかしこの地の鵜飼を司る鵜匠が、宮内庁式部職という国家公務員であることはどれほどの人が知っているだろうか?
 手法が異なるものの、鵜飼は日本と中国にあり、どちらがルーツかははっきりしない。1500年前の埴輪に鵜飼をかたどったものがあり、少し後の中国の史書にも日本の鵜飼の記述がある。このように古代から行われていた鵜

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作家・江戸歩き案内人の黒田涼です。気にいっていただき嬉しいです。
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道路を走っちゃアブナイよ 川鵜ちゃん

この宇田川河口(淀江町 鳥取県米子市)と周辺の淀江海岸に集まる川鵜達。

 宇田川ではアユの放流や養殖もなく、鉄砲の使用は厳禁なため、川鵜達は安心して魚獲りができます。
 難を言えば、宇田川は2級河川で川幅も狭く水量も少ないため、魚の数も豊富とは言えません。

 そのためこのあたりをテリトリーにする川鵜の数は7羽程度。
その中の4羽は私に懐いていて、手から魚を食べます。
 でも、川鵜の寿命は10年

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嬉しいです。
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お前さあ、オイラの指噛んじゃダメだよ

ウォーキングで海岸道路(山陰・淀江町)を歩いていると、顔のすぐ横で羽ばたきが(汗)。
 いつの間にか、ウミネコ達に取り囲まれています。

 ウミネコってカモメと誤解する人が大多数。目つきが悪い?のであまり好かれていませんね。

 海岸道路のウォーキング時には、少しだけですがエサを持参しています。

 
 このあたりは日常の出来事です。正式なエサやり時刻は夕方の4時過ぎですけどね。

 特に慣れたウ

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「岐阜県」といえば? 柚@アンケート

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このアンケートに寄せられた返信をまとめました。
コメントしてくれたみなさん、ありがとうございます!

                                                      以下、ツイッターより引用
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夜の川で

数年前、今働いているお店にお客さんとして来ていた頃。

イベントとして開催された『鵜飼』に参加したときの話です。

聞いたことはあったけど、特に興味はなかった『鵜飼』。
正直お年寄りとかツアーの方が参加するイメージでした。

誘われたらとりあえず行ってみるという習性が発動したおかげで、九月の終わりの涼しさが感じられる頃に初めての『鵜飼』へ。

まずは10名乗りの小舟で出発。

用意してもらったお弁

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当たり🎯
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