山崎豊子

山崎豊子「運命の人」を読んで。

山崎豊子「運命の人」を読んで。

感銘した、とか、涙したとか、良い小説を読んだ後の感動は、自らの中に「よし!自分も頑張ろう」などという活力であり、新たな知識や知恵を得た喜びであり、心の琴線に触れた感動であり高揚感などだ。しかし、山崎豊子の小説を読んだあとの読後感はちょっと違う。考えさせられてしまう。自身の中に課題を突き付けられ、もっと知りたい、いや知らなければというような感覚だ。 「大地の子」や「不毛地帯」のときもそうだった。実際に起きた事件、史実をもとに独自の徹底した取材でストーリーを形成していく。身近な

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第112回 【筋トレ日誌 その他日々是】103(2021/7/20)▲▲沈まぬ太陽、不毛地帯、大地の子 から▲▲

第112回 【筋トレ日誌 その他日々是】103(2021/7/20)▲▲沈まぬ太陽、不毛地帯、大地の子 から▲▲

昨日の新聞テレビ欄に 『山崎豊子原作 大地の子 アンコール再放送』とあり、 久しぶりに本棚から大地の子を取り出してパラパラと読んでみました。 上川隆也さんの大地の子は20数年前に見た時も 世の中にこのような悲劇や不運があるものか、と 見入ったことを覚えていますが、 書籍版も、当時高校生の私は、 定期試験の勉強そっちのけで一気に読み切ったのを覚えています。 その位に、山崎豊子作品は グッと惹きつけられたら離されない魅力があるのだと思います。 山崎豊子作品は残念ながら全作を読

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もし華麗なる一族で高炉建設が成功したら

もし華麗なる一族で高炉建設が成功したら

WOWOWドラマ「華麗なる一族」先週でようやく完結しました。 華麗なる一族とは、山崎豊子さん原作の社会は財閥系ドラマです。 ネタバレになるので、簡単にしか書きませんが、 阪神銀行頭取の万俵大介とその長男との壮大な親子ゲンカです 舞台は昭和高度成長期となるので、 スマホではなく、黒電話 テレビも白黒で、情報ソースはほぼ新聞 トップ会談の場所も料亭(これは今も変わらないですかね) 物語の大きな分岐 この物語の主軸は、親子ゲンカと書きましたが、 物語には一つの大き

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ライチの子

ライチの子

母譲りというより外祖父譲りのライチ好き 小学生時代のちょうどこの時季、母方の祖父宅に遊びに行くと、神戸元町の中華街で買ったというライチを外祖父がよく食べさせてくれました。当時(今から約40年前)は台湾からの輸入品がほとんどで、収穫期が六月から七月に掛けて約1カ月ほどと短いだけでなく、悪くなるのも早いライチはとても珍しい果物だったと思います。 上海語しか話せなかった外祖父は、上海語が分からない私におそらく「今しか食べられないから、好きなだけお食べ」みたいなことを言っていたのでし

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『大地の子』について

『大地の子』について

山崎豊子さんの名作『大地の子』について話してみました。 お時間がございましたら、お付き合いください。 山崎豊子さんの肉声はこちらのaudible版から聴けます。

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『白い巨塔』が記録した風景

『白い巨塔』が記録した風景

古い大阪市内の風景が見られると期待して、山本薩夫監督の映画『白い巨塔』(公開:1966年、製作:大映)を見る人はそうそういないだろう。 「白い巨塔」という言葉を耳にすれば、たとえ一度も映画を鑑賞したことがない人であっても、白衣を着た男たち(医者)の壮絶な権力争い、というだいたいのあらすじが頭に浮かんでくる。そういう映画だから、舞台は一貫して「病院」であると思われている。 たしかに、主要な舞台が「病院」であることは間違いない。しかし、この映画が医師と患者の温かい交流を描いたヒュ

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華金おじさん⑦(好きな小説の話1)

華金おじさん⑦(好きな小説の話1)

おはようございます、華金おじさんです。 この2日間仕事があまりに立て込みすぎて投稿が空いてしまい久方ぶりです。 6月から上長が変わったのですが、人が変わるとやり方も変わるし、勿論その上長も移動して来て間もないので全てを把握している訳でもなく、暫くの間は【説明する】と言うことに時間を割くことになりそうです。 面白いのが今まで当たり前にまかり通っていた事でも、いざ人が変わりフラットな事で見ると【おかしくね?】となる事が意外とあるもんで、これを機に見直すことが多く新鮮な思いです

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王さまの本棚 63冊目

王さまの本棚 63冊目

『白い巨塔』山崎豊子作/村井正誠カバー/新潮文庫 山崎豊子は、すんごく男性脳ですよね。 と、単純な感想をごく素直に述べてみる。 子どもの本で女性的とか男性的とか、そういう性を思わせるような文体や描写は不要だと思っていて、ただただ無性に徹するべきだという過激な思想を持っているのですが、つまり、色恋の恋はいいけど色はダメ、みたいなことです。 概念としての恋はいいけど、生々しい性は児童文学には必要ないのです。それは、児童文学は生きることへの賛歌だからであって、生々しい性は大人の

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小説との出会い

小説との出会い

活字を見ることが好きじゃなかった。 漫画ですら、拒否していた。 本を読んで何になるのかわからなかった。 本への小さいころのつまずきもあった。 母親はよく読んでいる。今なら、よく読んでいることがわかる。 子供のころ、彼女が本を読んでいる姿はあまり記憶にはない。 だって、毎日が忙しくて、自分の時間はなかっただろうから。 今ならわかる。 母親から離れて、彼女を見てみると、文学少女であり、今があるようなことが見えてきた。 私は、浪人生という生活を1年送る。 寮にも入り、様

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熱と誠を失った人たち

熱と誠を失った人たち

令和3年5月14日の日記 浅田次郎さんの『憑神』を読んでいます。幕末の江戸、徳川家康公の時代から代々受け継がれている影武者用の鎧兜の安全を図り、見張り番をする御役を担うことになった別所彦四郎が、めちゃくちゃ真面目に仕事をこなすのを見て、呆れた疫病神が「鉄砲やら大砲やらを打ち合うこのご時世に影武者の使う防具の番を真面目にやってても仕方ない。こんな仕事は適当に手抜きしとけばいいのに」というようなことを言って諭すのですが、「わしがまちごうているのではあるまい。世間の仕組みとやらがま

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