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読書記録(09)山崎豊子『花紋』

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『花のれん』と併せて買った本著。非常に面白かった。

『白い巨塔』『沈まぬ太陽』『大地の子』等と比べてあまり有名でないが、ご存知でない方には是非おすすめしたい。

ストーリーは概ね次のとおり。

ある大地主の家に生まれた「葛城郁子」は、富裕な一族ゆえの息苦しさに辟易しながら生きていた。広大な敷地内に設えた庵を象牙の塔として、短歌に明け暮れる毎日。すると、作品を投稿した歌壇誌で、ある国文学者の目に留まる。その学者との恋は見通しが明るくないものと知りながら、郁子は、歌人名である「御室みやじ」として、捨て身の執念を燃やしていく。

※モデルとなったと言われている実在の歌人がいるが、著者も言うとおり、脚色が多い

『白い巨塔』さながら、打算と欲望にまみれた人々のオンパレード。上流階級らしい典雅な言葉遣いの底で、鉛のように重くて黒い感情が渦を巻く。

これを、著者目線で描くのではなく、「葛城郁子」に仕えつづけた老年の女中が、過去を回想するという設定で叙述する。その回想を、一応の主人公である「私」(女子学生)が聴く。読者は、「私」と同じく、その後どうなったのかを早く知りたい衝動に駆られ、ページを繰ることになる。

冒頭では、現在の話として、「私」が、葛城郁子と女中の住む邸宅へ赴くシーンが描かれる。そこからとあるいきさつを経て、老年女中が過去を語り出す。このように、先に現在を示してから過去を明かしていく、いわば倒叙形式が採られている。過去が明らかになるに連れて、冒頭で描かれた現在のシーンの輪郭がはっきりしてくる。女中の回想を、現在と結び付けて聴く(読む)ことになるので、さまざまな想像が働き、没入感を味わえる。

葛城郁子(=御室みやじ)は、その出自ならではの抗うことのできない因習に翻弄され、相次ぐ欺瞞や計略で八つ裂きにされていく。柳眉を逆立てること枚挙に暇がないが、そうした末にも、臈たけた気品と孤高ぶりを失わない。この芯ある強さに、静かな感動を覚えずにいられない。

一方、本作に出てくる男たちは、どいつもこいつも腰砕けだ。葛城郁子の一族だけでなく、彼女の愛した国文学者すら。ゆえに、これほどの才覚と美貌に恵まれた深窓の令嬢が、赤子の手をひねるようにころっと恋心を抱いてしまう相手として、この学者はあまりにも弱く感じた。短歌を通して目が曇ったのも分からなくはないが、「もっと他に誰かいるでしょう」と、郁子の親族でなくとも思うは思う。屋敷育ちを根拠に、朝菌は晦朔を知らずと言えばそれまでだが。

いずれにしても、葛城郁子(=御室みやじ)の波乱の一生と節を枉げない矜持は読み応えがあり、倒叙法ゆえの面白さも備えた秀作だと思う。非常におすすめ。

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