総務に行き一つ用事を済ませると、同僚が手招きした。え、また私何かした?と近づいていくと、彼女は小声で「風の…」と。そこまで聞いて全てを理解した。風の大久保一久さんが亡くなった。私達の青春だった。こんな話できるの御手洗さんくらいしかいないんだもん、と彼女。お昼休みはそれぞれで追悼。
大久保一久さん追悼として。70年代の匂いが沁みます。何かを残された人は、それが何時までも愛され、何度も甦る。自分も、何か一つでも、自分として納得し、どこかの誰かが仄かでも愛してくれる何かを残したい、という症候群にかかっており、いつまでももがいているのです。