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風 「あの唄はもう唄わないのですか」その1

伊勢正三と大久保一久のフォークデュオ風の2枚めのシングルが「あの唄はもう唄わないのですか」です。

風のデビューシングルは「22才の別れ」ですが、この曲自体はかぐや姫のアルバム「三階建の詩」に収録されており、そういう意味では「あの唄はもう唄わないのですか」が風の実質的なデビューシングルと言えるかもしれないですね。

このシングルが発売された当時、私はお小遣いを握りしめ、坂の途中の小さなレコード屋さんまで買いに行ったものです。

曲の内容は、簡単にまとめると、あるミュージシャンと付き合っていた彼女ですが何らかの事情で別れた二人。別れてからも彼女はそのミュージシャンのことを忘れることが出来ず、リサイタルの広告を新聞でチェックする毎日。そしてそのミュージシャンのリサイタルの記事を見つけると、当時二人で歌っていた「あの唄」を聴くために今年も足を運ぶ、という曲です。

「あの唄はもう唄わないのですか」

正やんの詩には物語があるんですよね。

「今朝新聞の片隅に
ポツンと小さくでていました
あなたのリサイタルの記事です
もう一年経ったのですね」

新聞の広告欄に載るくらいには、彼は売れている状況がわかります。

そして、今現在から過去へと彼女は記憶を辿っていきます。

「去年も一人で誰にも知れずに一番後ろで見てました」

「あの唄もう一度聴きたくて
私のために作ってくれたと
今も信じてるあの唄を」

「あなたと初めて出会ったのは
坂の途中の小さな店」

「あなたはいつも唄っていた
安いギターをいたわるように」

まだ彼が売れていない頃の描写ですが、歌詞の最初の部分(新聞の広告)との対比が見事ですね。

「いつかあなたのポケットにあった あの店のマッチ箱ひとつ」

余談ですが、ブックマッチというタイプのお店の広告マッチ、この6月で生産終了するらしいです。

こういうやつです。

ブックマッチ

私も学生時代には格好良い付け方を練習しました。
このレコードのジャケットの正やんもマッチで煙草に火を付けていますね。どこか渋い雰囲気があって憧れました。今は煙草もやめたのでマッチはおろかライターとも無縁になりました。時代の流れですね。無煙の時代ってことでしょうか。

この表現で、彼と彼女は付き合い始めた事がわかります。こんなさり気ない表現ですが、凄いと思います。

「雨が降る日は近くの駅まで
一つの傘の中帰り道」

相合傘の中で、彼女は彼の上着のポケットに凍える手を入れたかもしれません。その時手に触れたのがマッチ箱だったかもしれませんよね。

個人的ですが、「傘の中」の語尾 と 「帰り道」の語頭 の「か」と正やんの声の雰囲気が大好きな部分です。

「そして二人で口ずさんだ」

最後に、再び現在の彼女の心情に戻ります。

「あの唄はもう唄わないのですか
私にとっては思い出なのに」

現在、過去、現在という描写が見事ですね。彼女の性格まで浮かび上がってきそうです。短編小説を読んだ後の様な味わいを残してくれる作品です。

この曲の余韻に浸りながら思ったものです。この彼女はこれからも彼のリサイタルを聴きにいったのだろうかと。この彼女に幸あれと。

私にとっては、色々と想いに浸れる名曲です。シングル版とアルバム版ではアレンジが違いますが、甲乙つけがたいと思います。

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