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しみじみエッセイ

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半笑いの表情で書いています。
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江戸川乱歩『人間椅子』をネタバレする

江戸川乱歩『人間椅子』をネタバレする

江戸川乱歩の短編『人間椅子』を読んでうわぁ!となったので記録しておきます。ネタバレしますよ。

ある日、作家の女性のもとに一通の手紙が届く。
そこには、椅子職人であるという差出人の男の、ある倒錯が告白されていた。

なんでも彼は、椅子をつくっているうちに、その椅子の中に入ろうと思い至ったのである。そんなこと思い至らないでほしい。

男は確かな腕を持った職人であり、件の椅子はホテルのロビーへ置かれる

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物語は未来を忘れる為にある

物語は未来を忘れる為にある

SF作家のテッド・チャンが繰り返し描く題材に「未来予知」がある。彼の物語ではしばしば、人が未来予知の術を手にする。そして、一般的な反応として人々は生きる気力を失う。

例えば、平日の朝と休日の朝を思い出してみてほしい。
どちらが希望に満ちているだろう。多くの人は、休日だと答えると思う。

なぜ休日の朝は輝かしいのか。それは、「何が起きるか分からないから」である。ラッキーなことがあるかもしれないし、

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心がふさぎこむことについて、少し分かったこと

心がふさぎこむことについて、少し分かったこと

「あのね、心が回復してから出かけるんじゃなくて、出かけるから心が回復するのよ」

市役所へ私を連れて行く車中で、母がそんなことを言った。
外を流れる景色──白い壁の新しい家や、シャッターの降りたアンティーク家具のお店、町中の花壇を眺めながら、なんとなくそうなのかもしれないと思った。

障がい者手帳を使えば、出かけるための様々な支援がうけられるという。
入院中に、どれだけのことができるかを教えてもら

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道いっぱいのツツジ

道いっぱいのツツジ

外に出れば、道いっぱいのツツジに出会う。
濃いピンクのものから、薄いピンク、それから真っ白なものまで。

私が小学生のころ、友達から「ツツジの蜜、あまいよ」と教えてもらってチューチューと吸っていた記憶がある。そのことを思い出して息子にも教えたのだけど、あとで調べたらツツジには毒がある種類のものもあるので、吸っては駄目なのだとか。あとから青ざめる、みたいな体験は子育てにはつきものなのかもしれない。

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なにかに夢中になるだとか

なにかに夢中になるだとか

ちかごろはとても、とてもゆっくりと、静かに過ごしている。
それはきっと薬効のせいでもあるし、調子良くて上が90という低血圧のせいでもある。しずかぁに、まるで物音をたてないよう気をつけているかのような慎重さをもって、日々をやり過ごしている。

以前はもっと、何かに急かされるように生きていた。
腹の奥底から湧き上がってくる衝動に促されながら、人に「疲れない?」と心配されたりもしながら──でもそれを是と

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aluというサービスに改めて「よき」と思った話

aluというサービスに改めて「よき」と思った話

今日、オフ会をした。
いや、たぶんオフ会ではないのだけれど、お互いをXのアカウント名で呼び合う様子は、確かにオフ会のそれであった。私が店員なら頻繁に隣のテーブルを拭きながら少し耳をそばだてていただろう。

ライター同士の集まりであった。
もり氏さんをはじめ、みっちーさん、あまみんさん、それからたけのこさんとまわる まがりさんというメンバーだ。

つながりの発端はaluというマンガサービスの存在だ。

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深海と呼吸

深海と呼吸

息を吐く。細く、長く。
体内の酸素を使い果たさないように、慎重に。
少しの目眩のあと、じわじわと過去が積み重なるのを感じる。
人のものさしでいうところの、過去。
じっさいには、どこにもないはずの、過去。

記憶を頼りに、思い出の横に線を引く。
「じつに滑稽なり」と。
眼の前がチリチリと点滅する。
狭まっていく視界に、確かに珊瑚が見えた気がした。

ベルトのバックル、ケーブル、床のホコリ。
私の世界

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暗がりの中で本を読む

罪悪感が伴うと、愉しみは一層つよくなる。
そしてそれは深夜に起きることが多い気がする。
ラーメンもプリンも、音楽も映画もタバコも、夜のほうが絶対ウマい。

私は本を読むのも、夜のほうが楽しいように思う。
それも暗がりの中で、少しの明かりを頼りに読むほうが。

目にも悪いし、昨今はスマホで明々と照らされた画面もあるものを、敢えて紙の本で「読みづらいなぁ」と思いながら読むのが好きだ。

ひっそりと隠れ

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【エッセイ】死に際に笑う

【エッセイ】死に際に笑う

今際のときになって、にやりと笑って消える。
そんな死に際に憧れる。ゴールド・D・ロジャーみたいな。

人には誰しも、表立っては言えないようなものがある。
やましさだったり、嫌悪だったり、願望だったり。
多くの共感を生むような言葉には、いつも反論がつきまとう。
そうした反論が怖くて黙ってみたり、勇ましく宣言してみたり、レトリックでごまかしてみたり、あるいは潔白のように振る舞ってみたり、どちらにしろ批

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【エッセイ】忘れる日々の手記

【エッセイ】忘れる日々の手記

鼻先にREPLICAをひと吹きする。
十分には液体を含まない管から、やる気なく香りの粒がとんだ。
それぞれが花火の散り際のように机やパジャマや床に降りていく。

香りは記憶を呼び起こすというけれど、とくに何も感じない。
これは私の香り。
いつかDiorのソバージュの香りとすれ違ったら、私は立ち止まって振り返るのだろうか。
かすかに共有した日常の燃え殻には、もう火がつかないことを悟るのだろうか。

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自分の限界がみえてきた

日進月歩という言葉が好きだ。
きっと明日は今日より何かしら良くなっているはずだし、
悪いことがあってもそれはそれで、何かの糧になるはず。

まず普通にならなければ。それは小さい頃からずっと思っていた感覚だ。日本語を5歳から学び始めた私にとって、「遅れをとっている」という感覚は常につきまとっていた。

生まれてから37年が経つ。ようやっと、普通の生活を送れるようになってきた。
今に満足している。

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おじいちゃんおばあちゃんがいっぱい

少子高齢化と言われて久しい。
右をみても左をみても、上から下からまんべんなくジジババに囲まれる。

ケイザイ的にはよろしくないけれど、ご近所単位でみると、これはこれでええやん、と思える。

昨日は地区の大掃除だった。息子と一緒に軍手をはめて、ホウキとチリトリ片手に、いざ向かうは裏手の芝生地区。

あらかじめ刈り取られた雑草やら木の枝やらを集めていく。
モコモコのくまさんパーカーを着た7歳児は、みる

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ちかごろ楽しいことを列挙する

ちかごろ楽しいことを列挙する

カーテンから差す朝日が優しい。

我が家のキッチンにある掃き出し窓では、レースカーテンを二重にしている。遮光カーテンon刺繍のレースカーテンである。
キッチンは暗くある必要がないし、レースonレースはオススメである。
たぶん寒いけどね。

さて、本日は機嫌がよいので、ちかごろ楽しいことを列挙していこうと思う。

・ゆる言語学ラジオシリーズこんなに字幕をつくるのが大変そうな動画もなかなかないと思う。

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名前のある家事なら機械にさせよ

名前のある家事なら機械にさせよ

メイクというのは非常に、非情に工程が多い。

まず肌を更地にする。それから土台作りがあり、基礎工事があり、
ようやっと装飾に着手できるのだ。

だがこれらは基本的に、職人の手作業によってしか成し得ない。
手と筆はオートメーション化されていない。今のところ。

名前のない家事、という言葉がある。
シンクの残飯受けに網をかけるやつだとか、干し終わったハンガーをしまう作業だとか、「足生えてます?」と言い

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