ハパ

どこにも言えないこと、誰にも共感してもらえないこと、でも大好きなこと。

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  • しみじみエッセイ

    半笑いの表情で書いています。

  • ショートショート

    1000文字程度の、短い小説を投稿していきます。

最近の記事

江戸川乱歩『人間椅子』をネタバレする

江戸川乱歩の短編『人間椅子』を読んでうわぁ!となったので記録しておきます。ネタバレしますよ。 ある日、作家の女性のもとに一通の手紙が届く。 そこには、椅子職人であるという差出人の男の、ある倒錯が告白されていた。 なんでも彼は、椅子をつくっているうちに、その椅子の中に入ろうと思い至ったのである。そんなこと思い至らないでほしい。 男は確かな腕を持った職人であり、件の椅子はホテルのロビーへ置かれることになっていた。そこで椅子から夜な夜な這い出しては盗みを働いたり、座る人のぬく

    • 物語は未来を忘れる為にある

      SF作家のテッド・チャンが繰り返し描く題材に「未来予知」がある。彼の物語ではしばしば、人が未来予知の術を手にする。そして、一般的な反応として人々は生きる気力を失う。 例えば、平日の朝と休日の朝を思い出してみてほしい。 どちらが希望に満ちているだろう。多くの人は、休日だと答えると思う。 なぜ休日の朝は輝かしいのか。それは、「何が起きるか分からないから」である。ラッキーなことがあるかもしれないし、逆に不運に見舞われることだってあるかもしれない。それでも、それらすべてを乗り越え

      • 心がふさぎこむことについて、少し分かったこと

        「あのね、心が回復してから出かけるんじゃなくて、出かけるから心が回復するのよ」 市役所へ私を連れて行く車中で、母がそんなことを言った。 外を流れる景色──白い壁の新しい家や、シャッターの降りたアンティーク家具のお店、町中の花壇を眺めながら、なんとなくそうなのかもしれないと思った。 障がい者手帳を使えば、出かけるための様々な支援がうけられるという。 入院中に、どれだけのことができるかを教えてもらった。 けれど自分には必要のないものな気がして、受取は後回しにしていた。 心と

        • 【ショートショート】『ハンナ、家を建てて』

          「ハンナ、家を建てて」 「はい、ヒトさまの情報に基づき候補を表示します」 ヒト・ダイチは正方形の画像が並んだイメージ画像を延々スワイプしていく。 「あ、ちょっと戻れる?いますっごい気になるのあった」 ヒト・ウミはダイチの手元をのぞきながら、お目当ての家を指示する。 「あった!」声が重なり、ダイチのスマートフォンは該当家屋の詳細ページへと遷移した。 「ハンナ」と名付けられたスマートデバイスに声をかけてから一週間後、二人は新居のリビングを見渡していた。 「なんだろう、

        江戸川乱歩『人間椅子』をネタバレする

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          好きな人に向ける視線

          「好きな人に撮られると、きれいに映る」なんて言葉をまことしやかに聞く。 そういうこともあるのかもしれないけど、私の感覚は真逆のところにある。 恋人に撮ってもらった写真は、どうしても好きになれない。 こんな顔をしていたのかと、恥ずかしくなるからだ。 それは恋する表情が恥ずかしいのではなく、自分の見た目に対するコンプレックスがなにか増長して感じられるのである。こんなに小さい目でごめんなさい、みたいな気持ちになるのだ。 私の恋人だった人のLINEのアイコンは、私が撮った写真であ

          好きな人に向ける視線

          それは公式が勝手にいっているだけ

          とつぜん要のない自己語りを許してもらえるなら、私は人と深く関わることが苦手である。 かわいそうな奴と思われるかもしれないけれど、案外そうでもなく、人について美しい妄想をするのは大得意なのである。あ、もっと可愛そうとか言わないで。 朝ゴミ捨て場に駆けていく人の、バスの停留所で待っている人の、ベビーカーを押して歩く人の、悲喜こもごもの、でも美しいであろう様子を思い浮かべるのはとても楽しい。そうして、誰とも話さずただニヤニヤしている人間が誕生するわけである。 人と深く関わると

          それは公式が勝手にいっているだけ

          道いっぱいのツツジ

          外に出れば、道いっぱいのツツジに出会う。 濃いピンクのものから、薄いピンク、それから真っ白なものまで。 私が小学生のころ、友達から「ツツジの蜜、あまいよ」と教えてもらってチューチューと吸っていた記憶がある。そのことを思い出して息子にも教えたのだけど、あとで調べたらツツジには毒がある種類のものもあるので、吸っては駄目なのだとか。あとから青ざめる、みたいな体験は子育てにはつきものなのかもしれない。 「ツツジの中には毒をもつものがあって、普通のひとは見分けがつかないから、吸わな

          道いっぱいのツツジ

          なにかに夢中になるだとか

          ちかごろはとても、とてもゆっくりと、静かに過ごしている。 それはきっと薬効のせいでもあるし、調子良くて上が90という低血圧のせいでもある。しずかぁに、まるで物音をたてないよう気をつけているかのような慎重さをもって、日々をやり過ごしている。 以前はもっと、何かに急かされるように生きていた。 腹の奥底から湧き上がってくる衝動に促されながら、人に「疲れない?」と心配されたりもしながら──でもそれを是としている自分がいたし、そのようにしか生きられないだろうと、なかば腹をくくってもい

          なにかに夢中になるだとか

          aluというサービスに改めて「よき」と思った話

          今日、オフ会をした。 いや、たぶんオフ会ではないのだけれど、お互いをXのアカウント名で呼び合う様子は、確かにオフ会のそれであった。私が店員なら頻繁に隣のテーブルを拭きながら少し耳をそばだてていただろう。 ライター同士の集まりであった。 もり氏さんをはじめ、みっちーさん、あまみんさん、それからたけのこさんとまわる まがりさんというメンバーだ。 つながりの発端はaluというマンガサービスの存在だ。 今は更新されなくなってしまったけれど、私のライター経験のうち、というより、人生

          aluというサービスに改めて「よき」と思った話

          深海と呼吸

          息を吐く。細く、長く。 体内の酸素を使い果たさないように、慎重に。 少しの目眩のあと、じわじわと過去が積み重なるのを感じる。 人のものさしでいうところの、過去。 じっさいには、どこにもないはずの、過去。 記憶を頼りに、思い出の横に線を引く。 「じつに滑稽なり」と。 眼の前がチリチリと点滅する。 狭まっていく視界に、確かに珊瑚が見えた気がした。 ベルトのバックル、ケーブル、床のホコリ。 私の世界が絨毯と鼻先だけになったとき、母が隣で泣いていた。 初めて海に潜ったとき、恐怖

          深海と呼吸

          【短編】夜風

          夜風を纏ったあの人は、玄関に入るなりワンピースを脱ぎ捨てて、僕の布団にもぐりこんだ。 知らないその人は、僕に警戒心を抱かせるにはあまりにも無防備で、そして僕は、この状況に頭を巡らせるには酔い過ぎていた。 「どうやってここへ?」 「あとをついてきた」 それからあとはもう寝息しか返ってこず、僕は考えるのをやめ、シャワーを浴びることにした。 朝起きたときには、その人の姿は消えていた。もしかしたらいたのかもしれないし、言葉も交わしたのかもしれない。けれど僕の記憶には、その人は消え

          【短編】夜風

          暗がりの中で本を読む

          罪悪感が伴うと、愉しみは一層つよくなる。 そしてそれは深夜に起きることが多い気がする。 ラーメンもプリンも、音楽も映画もタバコも、夜のほうが絶対ウマい。 私は本を読むのも、夜のほうが楽しいように思う。 それも暗がりの中で、少しの明かりを頼りに読むほうが。 目にも悪いし、昨今はスマホで明々と照らされた画面もあるものを、敢えて紙の本で「読みづらいなぁ」と思いながら読むのが好きだ。 ひっそりと隠れるように、ひたすらに行を目で追っていく。 全体として視認できないほど暗い紙面で、

          暗がりの中で本を読む

          【エッセイ】死に際に笑う

          今際のときになって、にやりと笑って消える。 そんな死に際に憧れる。ゴールド・D・ロジャーみたいな。 人には誰しも、表立っては言えないようなものがある。 やましさだったり、嫌悪だったり、願望だったり。 多くの共感を生むような言葉には、いつも反論がつきまとう。 そうした反論が怖くて黙ってみたり、勇ましく宣言してみたり、レトリックでごまかしてみたり、あるいは潔白のように振る舞ってみたり、どちらにしろ批判はずっとそこにいる。 けれど死んでしまった人には、そんなものは何も影響しない

          【エッセイ】死に際に笑う

          【エッセイ】忘れる日々の手記

          鼻先にREPLICAをひと吹きする。 十分には液体を含まない管から、やる気なく香りの粒がとんだ。 それぞれが花火の散り際のように机やパジャマや床に降りていく。 香りは記憶を呼び起こすというけれど、とくに何も感じない。 これは私の香り。 いつかDiorのソバージュの香りとすれ違ったら、私は立ち止まって振り返るのだろうか。 かすかに共有した日常の燃え殻には、もう火がつかないことを悟るのだろうか。 時が経って忘れるころには、忘れようとしていたことさえ忘れていく。 まるであの日の

          【エッセイ】忘れる日々の手記

          数的不利育児(遺書です)

          これを読んでいるころには、私はもうこの世にはいないもしれません。もがいて、がんばりましたが、やっぱり私はだめかもしれません。いちおう、がんばったのです。でもどうやら駄目な気がします。 まだ冷静なうちに、書けることを書いておこうと思います。 なぜ息子を愛してるのは私だけなのだろう。 そう思うときがありました。 パパとか、おじいちゃんとか、おばあちゃんとか、もっといろんな人に愛されてもいいはずなのに。 私が愚かなせいで、自分だけでなく息子も孤立させてしまっていないかと思うので

          数的不利育児(遺書です)

          死にたいのうた

          私はしにたい。 なんだかむずかしい言葉を連ねることもできそうだけど、 簡単にいうととにかくしにたい。 「おかあさんがいなくなったら、ひとりになっちゃうよ」 と、7さいの息子はいう。 「そんこといわない。お母さんはいなくならないから大丈夫」 とふんばるけど、私の背を支えるものは私しかいない。 私がいなくなったらと考える。 誰が息子の面倒をみれるだろうか。そんな人はいない。 だから私は死ねないし、死ぬわけにはいかない。 もっと私が強くあれば、息子も楽に暮らしていけたかもしれ

          死にたいのうた