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大好きな蕎麦屋の話

今から25年近く前、入社2年目に赴任先の神戸で出会った一軒のお蕎麦屋さんがあります。

西元町にある「公楽」。

かつての当社の事務所がそのお蕎麦屋さんのある小さな商店街の近くにあり、移転先の事務所からは若干距離はあったものの、久々に来神した上司がそこの味を忘れられなくて連れられて行ったのが最初でした。

当時はまだ20代前半。決してそれほど蕎麦好きというわけではなかったですが、とにかくそこのお蕎麦と丼にはハマりました。

週に3日以上は通っていたと思います。毎日食べても飽きないとはあのことです。

ところが、小さいながらも安くて旨いと近所では評判で、私なんかよりもはるかに昔からの常連さんが沢山いらっしゃいました。

当時から、お父さんが蕎麦を茹でて、息子さんが丼物を担当。お母さんがお客さんのオーダーをとって配膳をしていました。

お客さんと唯一かかわるのがお母さんです。

ところが、このお母さん、もともとは大分出身の方なのですが、江戸っ子のようなキレッキレの啖呵を切るというか、まあ結構口が悪いのですよね。

そして、見ていて気持ちが良いくらいのひいきをします(笑)

常連さんが頼むものは全て頭の中に入っており、それぞれが「いつもの」と言えば、ひとつとして違わず出てきます。

それもただメニューに書いてある内容だけではなく、ワサビ抜きだの少なめだの、お餅一個乗せだのエビちゃん(海老の天ぷら)1本乗せだのといった細かなアレンジまで全て記憶されていました。

私も直ぐに常連の仲間入りをして、当時は鴨なんばにお餅一個乗せたものと玉子丼を「いつもの」として頼んでいました。

手持ち無沙汰にしていると、サッと新聞や雑誌を渡してきてくれて「お勉強」と、また、後のお客さんとの兼ね合いで、まだ食べ物が出てきていなければ、こっちに行ってあっちに行ってと席を移るよう指示されます。

常連さんは、笑いながら「はいはい」と素直に移動しますが、一見さんで「我こそが客だ」みたいなスタンスの人が来ると、ぞんざいに感じる客あしらいに当然怒り出しますが、お母さんは何のその。

「嫌なら帰れ」みたいなことを平気で言われて、実際に出ていった方も多く見てきました。

そして、我々常連の耳元で「もう常連さんだけでいいんだけどな、帰れ帰れ」とコソッとボヤいてきます。

また、テキパキと動くお母さんの仕事の妨害をしても叱られます。

机を拭こうとしたり、前のお客さんの食器を動かそうとしたりしようものなら、「余計なことはしない」とピシャリ。

行儀悪く足を投げ出すように座っている客も注意されます。「この足邪魔だからちょん切るで。おばちゃん転んだら、もうあんたらに出せんくなるで、店閉めるで。」という感じです。

おばちゃんとのやり取りと、そして何よりも蕎麦と丼の味が忘れられなくて足繁く通っていました。

一度、おばちゃんの調子が悪くなって、それでもお店を開いたことがあるのですが、とにかく来るお客さんは、皆「いつもの」という客ばかり。

丼担当の息子さんが、その日ばかりは丼ものは止めて客対応をするのですが、とにかく不慣れでオペレーションが全然回らなく、時間もかかる。よく分からない一見さんは、店を覗くも不安を感じて立ち去っていきます。

しまいには、奥で蕎麦を湯がくお父さんから、「今日は蕎麦だけや。その代わりもう今日はお代はいただかん。」と言い出す始末。

これが関東であれば、おそらくはそれでも常連さんは遠慮がちにお代を置いていくのだと思いますが、ところがここは関西。常連さんはいつも通り一人で小ぶりの冷たい蕎麦と温かい蕎麦と2杯を平らげて、これだけは大変だからと器は重ねて厨房前まできちんと下げて「ご馳走さん」といった具合です。

私もしっかりと2杯食べて後にした覚えがあります。

神戸から離れる際に一番残念だったのは、実はこのお蕎麦屋さんに行けなくなることでした。

そして、今から8年ほど前に再び神戸に赴任することが決まった際に、最初に思ったのが「またあそこの味に出会える」ということでした。

久しぶりに出向いて、昔ずっと通っていたことをおばちゃんに話すと、第一声が「知らんわ!!そんなヤツばっかりや!!」と何とも気持ちの良い啖呵でした。

以来、また通い詰めた結果、常連に戻れましたし、お母さんたちの故郷の大分の担当をしていたことも話したりして、おそらくは今度は忘れられてはいないと思っています。

小ぶりなお蕎麦と丼なので、ほとんどの人がセットで頼んでいますし、冷たいお蕎麦と温かいお蕎麦と2杯食べる人もざらにいます。

独特の澄んだ出汁に山椒がちょいと効いた鴨なんばは550円。丼ものは玉子丼も親子丼も全て350円。親子丼にも鴨肉が使われています。天ぷらは注文毎に揚げてくれます。

創業以来変わらぬ味と値段。

人を選ぶ店かもしれませんが、ハマれば一生忘れない味になること請け合いです。

お母さんたちが元気なうちに、せめてもう一度訪れたいと思っています。

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