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-小説- ミモザからはじまる 【5.ギンヨウアカシア】 (最終話)
フェスを翌日に控え、亮の運転で会場へと向かう。助手席の若葉が、後部座席をのぞくと、シンの頬にまつ毛の影が揺れていた。
「シンさん、寝ちゃいましたね」
「喋りすぎのはしゃぎすぎや」
シンはあれこれ調べてきたという、フェスに出演する他のアーティストのこと、会場のこと、フードのことなど、運転しながら喋り倒していた。亮と運転を変わると、車内はすっかりと静かになった。
「はしゃぎたくなります。私もはしゃいで
-小説- ミモザからはじまる 【4.つゆくさ】
低い音でスマホが震える。明るい窓が亮からの着信を知らせる。
「もしもし」
「今いいか?」
「大丈夫ですよ。バイト終わって、ちょうどカラオケに来たとこです。ちょっと練習しに」
若葉は、重い扉を開いて、小さな部屋に入る。
「そうか」
「何かありました」
「ああ。メール送ったんやけど。そこに付いとるURL開いて」
若葉は電話をスピーカーに切り替えて、メールを開く。
「はい。これですね。何ですか」
メール
-小説- ミモザからはじまる 【3.桜】
懐かしい気持ちがした。安堵したとも言える。
「うたたね」の前に立つ亮は、坂道を登ってくる若葉の姿を見つけた。駆け出しそうになる足を抑え、うつむいたまま近づく足音を待つ。
見上げる若葉の顔が視界に入る。
「こんにちは」
何を言おうかためらっていたが、若葉の明るい声を聞いて、亮はまっすぐに言った。
「この前は、すまんかった」
「いえ」
「来てくれて、よかった」
「来ますよ、もちろん」
若葉が笑った。
-小説- ミモザからはじまる 【2.菜の花】
坂道を上りながら、若葉は昨日の自分の言葉を思い出し、照れくささが湧き上がってきた。「うたたね」の前で一瞬ためらっていたが、ほのかなミモザの香りに深呼吸したような気持ちになり、思い切って戸を開いた。
「こんにちは」
「いらっしゃい。お待ちかねだよ」
「おう」
「すみません。お待たせしました」
「ほな、行こうか。何も頼まんとごめん」
「いえいえ。いってらっしゃい」
シンは手を振って送り出した。
店を
-小説- ミモザからはじまる 【1.ミモザ】
歩く時はイヤホンをしない。自分の中を流れる音に、風が鳴り、草木がそよぎ、鳥が歌い、そうした音と混ざりあってできあがる音楽をふさいでしまうのがもったいないから。
と、かっこつけて言ってみても、ある曲の受け売りなのだ。
「イヤホン外せば聞こえる
世界と混ざる 混ぜる音楽
そよぐ木々 すべる水面
すれ違う自転車の車輪
君の声が聞こえたらなんて」
BRIGHT DAYというバンドの『イヤホン』
『ミモザからはじまる』 3rd Anniversary
2021年3月1日に連作短編小説『ミモザからはじまる』をリトルプレスで発行してから、3年が経ちました。
『ミモザからはじまる』を通じて、新しい出会いやたくさんのうれしいできごとがありました。
発行3年を記念して、『ミモザからはじまる』をnoteで公開します。
新しい出会いがありますように。
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ミモザからはじまる
目次
1. ミモザ
文学フリマ大阪 初参加しました
初めて参加した文学フリマ。昨日、無事終了しました。
こういった対面のイベントは初めてでしたが、みなさんがとても温かくてすてきな時間を過ごせました。
700以上ものブースが並ぶ、すごい空間でした。こんなにたくさんの方が、魅力的な本を作られているのを知ることができて、とても刺激になりましたし、これからもがんばってみようと励まされました。
ブースでドキドキしながらお待ちしていると、SNSで見ていただ
-小説- うたたねのこぼれ種【9.あんず】
「はじめまして」
「はじめまして。ニーナデザインの新野彩と申します。よろしくお願いします」
「佐久間創(さくまつくる)です。よろしくお願いします」
お互いに名刺を受け取ると、その文字を見てはっとした。
-小説- うたたねのこぼれ種【8.栗】
「森下さん、バイト辞めるんだって?」
「はい。今日で最後です。最近、たくさんシフト変わってもらってありがとうございました」
「別に。私は、バイトの他にすることもないからさ」
「お世話になりました」
若葉のバイト先の百円均一ショップのロッカールームで、同じくバイトの土屋茉子(つちやまこ)に声をかけられた。同じくらいの年齢だが、挨拶をするくらいで特に話をすることもなかったから、若葉は少し驚いた。
-小説- うたたねのこぼれ種【7.桃】
「店、ここやで」
「ここか。例のウーロン茶のうまい店は」
大介の後に続いて亮が「居酒屋 ぐるり」と書かれたのれんをくぐると、威勢のいい声が響いた。
「いらっしゃい。おー、来たな、亮」
「おい、拓海か。ここで働いてんのか」
「俺の店や。店長さんやで」
続いて、カウンターに座る客が亮に声をかけた。
「亮、久しぶり。俺らわかるか?」
「おー、光樹と聡や。久しぶりやな」
-小説- うたたねのこぼれ種【6.りんご】
俺は、バンドを始めることにした。
暇そうにしていた大介(だいすけ)、光樹(こうき)、拓海(たくみ)を誘ってみたら、意外にもあっさりOKしてくれた。それから、音楽のことがわかる奴もいた方がいいと思って、ほとんど喋ったことはないが、中学の時に吹奏楽部でトランペットをしていた聡(さとる)にも声をかけると、「僕でよければ」という控えめな言葉と共に入ってくれた。
-小説- うたたねのこぼれ種【5.メロン】
UNBIRTHDAY FESのステージで、シンはRound Scapeとしてピアノを弾いた。自分の演奏が明るく響きわたる感覚は久しぶりだった。Round Scapeの音を聞いて笑顔が揺れる景色は忘れられない。
ぴったりとくるものは見ればわかる。亮と若葉が並ぶ姿を見て、シンは一歩踏み出すことができた。今となっては、不器用でまっすぐな二人をそばで見ているのが楽しいとすら感じている。
-小説- うたたねのこぼれ種【4.ぶどう】
夏の定番となった数々の大型フェスの中、小規模・中規模のフェスもまた勢いを増している。小規模から中規模フェスへの過渡期にある「UNBIRTHDAY FES」から目が離せない。
このフェスを仕掛けるのは、岩瀬(いわせ)アリス。彼女の歌声に励まされてきた人も多いはずだ。
今回のインタビューでは、「UNBIRTHDAY FES」に込めた思いや、魅力について話を聞いた。「UNBIRTHDAY FES」につい
-小説- うたたねのこぼれ種 【3.ヤマモモ】
昨日一日来なかっただけで、店には静寂がしっかりと詰まっている。昨日は、父親の病院への付き添いがあったため、シンは店を休みにしていた。シンは、どこかよそよそしい雰囲気を取り払うように、窓を開け、空気を入れ替えて、テーブルを丁寧に拭いて、店の前の掃き掃除をして回る。
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