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短編小説

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140字数から2000字ほどの短編小説を集めたマガジンになっております。変わった小説が読みたい時に、立ち寄っていただければ幸いです。
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記事一覧

【毎週ショートショートnote】半分ろうそく

【毎週ショートショートnote】半分ろうそく

あと半分.......、あと半分.......。

雲ひとつない空の下、子どもたちが賑わう公園のベンチに一人の男が座っていた。
防風ストールを羽織った40代後半の川戸守は、燭台の上にある火の灯ったろうそくを大事そうに見守っていた。
そのろうそくは既に半分まで溶けており、八重咲きの雛菊のように全方位均等に蝋が垂れ下がっていた。

「おじさん何見てるの?」

頭に長いろうそくと燭台を乗せた少年が、ジャ

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【短編小説】月とシードラ

【短編小説】月とシードラ

壁はどこにでも存在する。
僕の中にも、僕の外にも存在する。
時に、壁は僕を外敵から守ってくれる。
時に、壁は僕を押し挟み、肺を圧迫する。
時に、壁は僕を他者から切り離し、孤独にする。

有馬は、長期休暇の申請書を提出するのに一年を要した。
もっともらしい理由が見つからなかったのと、自分だけ仕事を休むことにうしろめたさを感じていたからだ。
ついに痺れを切らした有馬は、最終的に「体調不良のため」という

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【短編小説】眼鏡のない世界

【短編小説】眼鏡のない世界

太陽が作りだす蜃気楼の下で、僕とは無関係に数多の蝉が団欒と鳴き合っている。

僕はなんとなしに家を出た。
行く当てもなく、ただ澱んだ川に沿って歩いていた。
アスファルトは舗装されているはずなのに、足を踏み出すたびにつまずいた。膝から滲み出た血液がグレーのスウェットに浸透し、アメーバのように広がっていく。それでも僕は歩くことをやめなかった。
僕の足は山に向かっているようで、北へ北へと進んでいった。代

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【毎週ショートショートnote】伝書鳩パーティー

【毎週ショートショートnote】伝書鳩パーティー

「週末のパーティー出席するよな?」

「もちろん。それにしても上は酷いことをする。今まで一緒に仕事してきたパートナーを俺たちに食わせるなんてさ」

「野生に放つのはよくないし、ただ殺処分するだけだと可哀想だからってことらしい」

「楽しいパーティーがお通夜みたいな空気になること間違いないな」

「まあICTが充実した世の中で、あいつらを使ってやるのは厳しいし。仕方ないさ」

「古いものや非合理なも

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【140字小説】彼の眼鏡

【140字小説】彼の眼鏡

夫の遺体は森の中で発見された。
そこに銀縁の眼鏡はなかった。

20年前、夫は近所の老舗で眼鏡を買った。吝嗇家の彼にとっては珍しくとても高価な眼鏡で、最後まで大事にしていた。

私は彼の眼鏡を捜した。
最後に彼が歩いた道を知りたかった。
彼に近づきたかった。
しかし、彼の眼鏡はどこにもなかった。

140字

【SS】人工的な悪魔

【SS】人工的な悪魔

その悪魔は僕の首根っこを鷲掴みにし、そのまま容赦なく地獄に引きずり下ろしていく。

何層にも重ねられた蜘蛛の巣が皮膚の裏側まではりついてくる。悪魔の手によって乗せられた巨大な鉄球は、僕の背中を貫通し、胃袋にもたれかかった。足を一歩踏み出すのにも、かなりのエネルギーを消費する。
悪魔はその様子を見て、声高らかに笑い出した。

その悪魔は定期的に僕のもとへやってくる。

罪のない僕に酷い仕打ちをしてく

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【#春ピリカ応募】チェンジ

【#春ピリカ応募】チェンジ

左の小指を180°回転させ、指の付け根から取り外す。
粘ついたドブ色のオイルが、車のマフラーのごとく空洞となった小指から垂れ落ちる。そこにスポイトを駆使して新しいオイルを注ぎ、蓋をするようにして新しい小指をはめ込んだ。

そして、僕はユニフォームに着替え、玄関の扉を開けた。

試合終了のホイッスルと同時に、チームメイトが一斉に僕のもとへ集まってきた。

「おまえすごすぎ。またハットトリックかよ。本

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【毎週ショートショートnote】心お弁当

【毎週ショートショートnote】心お弁当

妻が作ってくれたお弁当は、すっかり冷えきっていた。
縦9cm、横14cm、高さ5cmのチタン製の箱は、保温性・保冷性に優れており、熱伝導率も低い。それにもかかわらず、表面は氷塊のようにひんやりとしていた。

月と街灯が照らし出す公園には人っ子一人おらず、閑散としていた。無駄に広い空間のわりに遊具はなく、点々とベンチが置いてあるだけだった。地面には、砂に混じって雪がカビのように繁殖していた。
僕は年

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【140字小説】生きる

【140字小説】生きる

生きるために働くのではなく、働くために生きてしまっている。

不眠が続き、そのことに気づいた。
では、何のために生きればいいだろうか。

今日は無理に寝ようとするのはやめよう。

最近は聞けていなかったバッハをステレオから流す。
四畳半の部屋がG線上のアリアで満たされる。

私は今を生きているんだ。

140字

【短編小説】流れ星

【短編小説】流れ星

月明かりで照らされた冷蔵庫からオレンジジュースとイチゴジャムを取り出す。

「何で夜に食パンなんだよ」

「さっき起きたんだ。俺にとっちゃ朝だよ」

2階のバルコニーにあるラタン調のテーブルには、こんがり焼けたトーストと空のコップが2つずつ配置されている。ミツルは、持ってきたオレンジジュースを2人分注ぐと、ため息をつきながら着席した。

「ミツルまで朝食にする必要はなかったんだぞ」

「いいんだ。

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【SS】アーティチョーク

【SS】アーティチョーク

私は芸術家である以上、いついかなる時も芸術家でいなければならない。
それは朝食をとる時も、歯磨きをする時も、もちろん用を足す時もである。
そして、今、まさに芸術家として生きるための試練が待ち受けていた。

リビングテーブルの上には、見慣れない野菜が6本置かれている。若いつぼみを食用とするキク科の植物「アーティチョーク」だ。ゴツゴツしたグリーンのガクに包まれた丸いつぼみの下には、6cmほどでカットさ

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【毎週ショートショートnote】ブーメラン発言道

【毎週ショートショートnote】ブーメラン発言道

「赤コーナー吉田ミヨコ、青コーナー吉田タカシ、レディーファイッ!」

鬼の形相で対峙する夫婦の間には、10mほどの一本道が引かれている。
赤い円の上に立つミヨコは、力いっぱい息を吸い込むと、熱した貝殻のように開眼した。

「昨日の夜どこ行ってたんじゃー」

ミヨコが発した言葉がそのまま具現化し、コンクリートのように固まっていく。その言葉の塊(コトダマン)は、青い円の上に立つタカシの元へ一直線に飛ん

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【SS】しがないハトの使命

【SS】しがないハトの使命

あなたはこの手を見て、どう思うだろうか。
何を考えるだろうか。
どんな声が聞こえて、何を語るだろうか。

ボクから見たら、人間の手なんてどれも同じに見える。その手の持ち主が、どこでどんな生活をしていて、なぜ死んだのかは知る由もない。

ボクはただ、人間の手を遠くに運ぶという使命が与えられているだけだ。その行為自体にある意味も、誰から与えられた使命なのかも知らない。知る必要もない。考えるだけ無駄なこ

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【超短篇小説】週末の終末

【超短篇小説】週末の終末

また朝が来た。

白かったはずの掛け布団が赤黒く染っている。また鼻血が出たのだろう。
顔を洗い、用を足し、傷んだスーツに着替える。

ふと目にしたカレンダーによると、どうやら今日は土曜日らしい。これは確か「休日出勤」というのではなかっただろうか。そもそも私は、「休日」というものが何だったのかを忘れてしまっていた。

乱立したビル群の中をゾンビのように肩を落としたサラリーマンが徘徊している。
私以外

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